第54幕 心の灯~ともしび~ 1


個室の病室に1人残されたカリーナ。

ゆっくり足を持ち上げ、ベッドに横になる。

「"もう少しで会えるねぇ、私たちはあなたに会えるの楽しみにしてるからね~"」

陣痛の波が収まったお腹を擦りながら、お腹の中の赤ちゃんに話し掛ける。

私とダーリンだけじゃないの。

アリシアちゃんも、ウィルソンも、マリーさんやシエルたちも、あなたに会えることを楽しみに待っているよ。

「幸せ者だね~。いっぱい遊んでもらおうね~」

 "Love was when I loved you,

        one true time I hold to"

この子にも、歌うことを好きになって欲しいなぁ。

ソプラノちゃん…とか?ハミングちゃん…とか?

「どうしようね~」

お腹の擦りながら子守唄のように口ずさむ。

「"In my life we'll alwa―ぁ…」

下に降りようとする胎動とキューっと子宮が搾られているような痛みが下腹部全体に広がる。

「ぅう…さっきより…」

さっき来た陣痛より痛みが増している…。

…ダーリン…早く帰ってきて…。

「ぅ…ふ…ぅ…」

息が吸えない…。深呼吸…しなきゃ…。

頭の上にあるナースコールのリモコンに手を伸ばす。

ヒュルルルルル―と壁のスピーカーから呼び出し音が鳴る。

「"はい、今行きますね~"」

「お願い…します…」

重くのしかかる腹部の痛み、頭が真っ白になり視界がかすむ…。


―"絶対!約束だからね!離さないでよ"―

―"わかったよ。約束だね"―


不意に頭を過る彼と交わした言葉…、

彼との思い出…。


……ウィルソン…。


_____________


目的地変更し、サリスキンという街を目指すことにしたキースとウィルソン。

街灯煌めく夜の街を離れて山道に差し掛かる。


「じゃぁなに?ルシアっていうカリーナの子供の幽霊がウィルソンに会いに来たってことか?」

「分からないけど…、目の前から一瞬にして消えてしまったから…、実体が無いってことかも」

ルシアという少女の事をキースに打ち明けているウィルソン。

「シエルたちも俺みたいに、ルシアのことを忘れているかもしれない訳だな…」

「シエル、リオン、アイラさんは特にルシアさんを可愛がっていたから…。今、他の皆はどういう状態なんだろう…。僕にだけ記憶が残っているなんて…」

ルシアさんの言っていることを信じるなら、母親であるカリーナの死を目の当たりにしたルシアさんが、母親の死を避けるために、過去に戻って僕に会いに来た。

そしてこれからの未来では、ルシアさんとアリシアも仲良くなっていて、僕とアリシアの結婚の話も進んでいる、ということ。

「お前にも"動物の言葉が分かる"っていう超能力みたいなもんがあるだろ?幽霊が見えても不思議じゃねぇよ」

「それと幽霊が見えるの一緒にして良いのかな…」

動物たちが息を引き取る時にも最後の遺言のように言葉が聞こえてくるけれど…。

「そのおかげでカリーナは今でも元気で顔を見せに来てくれるんだぞ?ウィルソンの能力のおかげだろ」

「そういえばカリーナに初めて会ったのも森の中だった…よね?」

「まぁ、行けば分かるさ」


______________


「カリーナ!」

「分娩室に移動しましょうね~」

廊下で鉢合わせしたグラジスと看護師が病室に駆けつけた。

「さっきより…痛くて…」

「大丈夫か…ゆっくり横になるんだ」

背中に腕を回し、カリーナの身体を支えて寝かせる。

「ベッドのままで、このまま移動しましょう」

「はい、お願いします」

看護師は慣れた手つきでベッドを固定していた治具を外し、カリーナの横たわるベッドを廊下へ移動させる。

カリーナの額には汗が流れ、弱々しい呼吸になっている。

「もう少しですよ~、頑張りましょうお母さん」

「…はい」

「カリーナ、しっかり!」


―"大丈夫?安心して、僕がそばにいるから"―


ウィル…ソン…


•••••••••••••••••―



「よーし!皆乗ったか~」

「「おー!」」

「よし!リズワルド楽団、出発だぁ!」

「「おー!」」

ゴードン団長の掛け声に答え元気に返事をする。

ゴードン団長が操縦する馬車に乗り、サンクパレスの宿舎を出る。

ウィルソンがリズワルド楽団に入団してから2年が経つ夏の終わり。

今回の遠征メンバーは、ゴードン団長、キース、リーガル、リオン、ウィルソン、クロヒョウレオン。

「最初に行く街が"ビースノック"…だったっけ?」

「"ビースノック"は2番目だろ?最初に行くのはサリ…なんだっけ?」

「覚えてないのー?」

「団長さんに後で聞いてみよう?」

客車の中では、リーガルとキースが最初に行く目的地について話している。

リオンもウィルソンも先輩2人の気の緩さには、安心感と信頼感が芽生え初めている。

「また"おめぇらしっかりしろ!"って怒られちまうだろ…」

「"先輩として格好つかねぇだろ!"ってな…」

「「はぁ…」」

出発して早々、2人して深いため息をつく。

「大丈夫ですよ…、団長さんは怖くありませんよ?」

ウィルソンが先輩2人を慰める。

「お前すげぇな…。あの団長の稽古を受けて怖くないだなんて…」

ウィルソンは団長のお気に入りだ。

団長が俺たちに稽古を付けていた時と、言葉使いもスパルタ加減も一緒なのに、8歳のウィルソンが団長の稽古に付いて行けている。

「俺っちがお前と同じ8歳なら、泣き喚いてるぞ?」

「"俺っち"が?」

「俺っちが」

リーガルの俺っち呼びが気になるリオン。

「わたしはバイオリンの演奏だから、綱渡りとかしないけど、難しいの?」

ウィルソンと遠征で一緒になるのは今回が初めてのリオン。

「ん~、慣れたら簡単…かもです」

2歳年上のお姉さんであるリオンは、楽器の演奏をしたことがないウィルソンにとっては尊敬出来る後輩だ。


1年前の冬に、遠征で訪れた小さな村で、団長が衰弱していたリオンを助け出して、入団させることが決まった。

サーカス団の皆ともすぐに打ち解けて、シエルを本当の姉のように慕うようになった。

シエル、マイル、リオンの3人で稽古部屋の客席から僕の稽古する姿をよく眺めている。

「レオン兄貴さんも優しいよ?」

「そういやウィルソンはレオンのことを兄貴って呼ぶな。誰かに呼べって言われたのか?」

とキースがウィルソンに聞く。

「オオカミさんたちの兄貴だから、レオン兄貴なんだって」

「オオカミさん?」

「そういや入団決まった時言ってたな。白いオオカミに連れてきて貰ったって…」

リーガルは2年前の宿舎前でウィルソンに会った時のことを思い出していた。

「ぼくレオン兄貴さんとお話出来るから。優しいオオカミさんだったよ?」

「またまた…、ほんとかよ…」

動物の言葉が分かるだなんて信じられない。

「すごいねウィルソン!」

「今もレオンと会話出来るのか?」

リーガルが聞く。

「出来るよ」

ウィルソンは客車の壁をコンコンとノックする。

後方の道具庫兼飼育小屋に居るレオンに合図を送る。

(面倒くさい…寝かせてくれ)

頭の中に聞こえてくるレオン兄貴さんの声。

どうやら客車内の会話の内容が聞こえていたようだ。

「面倒くさいって。レオン兄貴さん…」

頭の中に聞こえてきた言葉を他の皆にも伝えてみた。

「なんだよそれ…」

「見た目通りな性格してんのか?レオン」

「優しいの?」

「眠いんだって。優しいよ?」


「おいおめぇら、しっかり掴まってろよ~」

団長が操縦席から声をかける。

「「はーい」」、「「ういーす」」

すると客車の車輪が横にスリップしているような蛇行をする。

連日続いた豪雨の影響か地面がぬかるんでいるようだ。

団長は先頭の馬の手綱を引き、速さを緩めるよう指示をする。

「揺れてるね」

「揺れてるな」

「大丈夫だ。団長の操縦だから」

水位の増した渓谷沿いを走る馬車は、山道を抜け草原に差し掛かる。

土を踏み固めたような畦道を抜け、アスファルトで舗装された地面に変わる。

「いいぞ、おつかれさん」

団長は優しい声で馬を労う。

次の村まで1.2kmと木製の看板が建っている。

「おめぇら、もう少しで"モンズビレッジ"に着くぞ」

「はーい」「ういーす」

団長に聞こえるように外に向かい返事をする。

「モンズビレッジだって」

「全然違うね」

「全然違うな」

「いやお前も分かってなかっただろ!」

キースがリーガルにつっこむ。


「…ん?」

道具庫兼飼育小屋に居たレオンが何やら胸騒ぎを嗅ぎ付け、小窓の外を眺める。

「この臭い…、4匹か…」


____________



リズワルド楽団が最初の目的地として訪れたモンズビレッジ。

渓谷を下った麓の鉱山産業が盛んな小さな村。

七色に輝くオパール鉱石やローズクォーツの採石場として有名な村だ。

町の宿屋前に馬車を停めたサーカス団一行。

見慣れない乗り物が町にやってきたことにより、町の人々たちの視線を惹き付ける。

「はぁ~、着いた着いたぁ」

客車から降りたキースが背伸びをする。

「キラキラしてるね、この町で公演するの?」

「あぁそうだ」

リオンの問いに団長が答える。

採石の歴史資料館の建物は全面ガラス張りであり、建物入口の太陽と月のオブジェにも鉱石の装飾が施されている。

「鉱石で作られた装飾品の店が至る所に建っているんだろうな。良いもんあっかなぁ」

コレクター癖のある団長は目を光らせる。

「高そうっすよ?鉱石なんて…」

リーガルが団長の熱を覚ます。

「何も手に入れずにこの町を出るのはもったいねぇだろ?なぁウィルソン」

「え?…はい、良いもの見つかると良いですね」

飼育小屋からレオンと一緒に降りてきたウィルソンに団長が聞く。

(先に客の笑顔だろうが…)

レオンの呆れた声が頭の中に聞こえてきた。

「ふふ…」

思わず笑ってしまうウィルソン。

「俺ぁ宿屋の受け付け済ませてくるから、おめぇら、町の散策でもしてな」

「はい」「ういーす」


(…なに騒いでやがる…)

「?どうかしたの」

レオンが山の上に視線を向ける。



















 




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