第53幕 RESTART 5


車での移動中も10秒程の陣痛が2回あり、その度にカリーナは後部座席で悲痛な声を漏らす。

「大丈夫、大丈夫。カリーナは強い子だから」

「…うん」

車を走らせること15分。

シンクローズ総合病院の正面入口に付いた。

「ゆっくりで良いからな。身体起こせるか?」

「痛みにも慣れてきたから…、歩いてみるね」

「…そうか」

カリーナの額に汗が流れる。

"無理するなよ"や"頑張れ"のような励ましの言葉は、これから出産を迎えるカリーナを不安に追い込んでしまう。

手を引いて、傍に居てやることしか出来ない不甲斐なさに駆られる。


時計の針は21時47分を指していた。

昼間の様子とは違い閑散とした院内をゆっくり歩く。

総合案内窓口で受け付けをして、エレベーターで3階に上がり、産婦人科のナースステーション前のベンチにカリーナを座らせる。

「入院手続きしてくるからな」

「うん…、ありがとう」


 "必ず…来てくれるよね…

     待ってるからね…ウィルソン…"


_____________


「ここからシンクローズまで何㎞あるんだ」

「286㎞ってナビには出てるよ。シンクローズ到着まで5時間50分だって」

「おぉ…出産なんて良く分かんねぇけど、着いた頃にはもう生まれてんじゃねぇか?」

「そう…かもね」

車も疎らな夜の国道を走る。

移動距離や時間をナビで改めて記されると、気が遠くなるような気分になる。

馬車使って移動していた時は、街から街まで短距離の移動だけで済んだため、距離や時間を意識したことがなかった。

「ごめんねキース、無理を言って運転してもらってるんだから、休みながらで良いからね」

「まぁ、200㎞以上走るんだから燃料も足りねぇよ。給油のタイミングで少し休憩するさ」

扇形のアナログメーターのメモリの針は2/4辺りを示している。


「シエルはあぁ言ってたけどな、決めるのはお前だからな。カリーナとこれからどういう付き合いをしていくかは」

ウィルソンとカリーナが昔から仲が良いのは、サーカス団の全員承知の上だ。

だから、第三者の俺たちが"もう会うの辞めろ"と止める訳には行かないんだ。

「これさ…、僕ひとりで決めて良い問題じゃないと思うんだよ…」

「ケジメが着けられないからズルズルと今もこうしてウィルソンに会いに来る、カリーナが悪いって?」

ウィルソンとキースしか居ない車内。

ウィルソンの沈黙で暗く静まり返る。

「そうじゃなくてさ…」

「カリーナもリズワルドの仲間であり、"家族"だって言いたいんだろ?お前は」

ずっとゴードン団長の傍に居たウィルソンはしっかりゴードン団長の意思を継いでいる。


"どんなに離れていようが忘れない限り俺たちゃぁ家族だ"

不意に団長の言葉を思い出す。


「ルシアさんが言っていたんだ。僕の言葉でカリーナの運命が変わるって…」

「ルシアさん?…誰それ」

「え…」

再び車内に沈黙が流れる…。



_______________


その頃、リズワルド宿舎のラウンジでは…。

「どうした?お前らぽけーっとして…」

「キースは居ねぇの?晩酌してたんだろ?」

ネルソンとマイルがラウンジに顔を出し、ソファーに座るシエルとリオンに話し掛けた。

「カリーナに陣痛が来たから、シンクローズの病院までキースがウィルソンを送って行っちゃったよ」

右手に持ったお酒の入ったグラスは結露して汗をかいている。

リオンが天井に目線を向けたまま、無気力な話し方をする。

「ねぇマイル。私たち。今日1日…誰かと一緒に居た?」

リオンに続いてシエルも上の空でボソッとマイルに聞いた。

「誰かって何?昼飯食って、スタレ行って、墓参りしただけ…だろ?」

「本当に、それだけだった?」

「どうした姉さんもリオンも…」

「そういや俺もさ…」

ネルソンもソファーに座りテーブルの上のサラミを一枚取り、口に入れ話し出した。

「明日の朝ペペロンチーノ作る約束してた…よな?」

「そう…だったわね」

「さっきウィルに教わってたペペロンチーノは旨かったぞ」

マイルもネルソンの横に座りサラミを手に取った。

L字型のソファーは4人が座り、埋まった。

「俺さ…、何であんなに料理したいって思ったんだろうな…」

「"団長として決意した証に"じゃなかったっけ?」

マイル以外の3人は、何か心に穴が空いたような、ついさっきまでの温かい気持ちが急に冷め切ったような、頭の片隅にも残っていない、思い出せない虚無感にさらされていた。

「さっきシエルと一緒にお風呂入った時…、他に誰か…居た?」

「やめてよ…。2人だけ…だったでしょ…」

本当に、ついさっきまで…。

「墓参りなんて慣れないことしたから疲れたんだろ?寝ろよ。晩酌終わり!…な?」

3人の落ち込みようは普通じゃないのはマイルにも分かった。

が、マイルの心にも引っ掛かる、忘れてしまった思い出せない何か…。

「…うん。片付けようリオン…」

「そうだね…。明日のペペロンチーノ楽しみにしてるね、ネルソン」

「ぉ…おぅ」


_____________


「ネルソンが森の中で助けた女の子だよ。リズワルドに入団したいって志願しに来たでしょ?」

「今日1日そんな奴居たか?墓参りの時は?」

「…そんな…」

信じられないキースの言葉に動揺してしまう。

ルシアさんの事を覚えていない?

まだ生まれていない存在だからなのか?

じゃぁ5年前にネルソンが助けたのって…。

「ネルソンもアイラさんも可愛がってた小さな女の子だよ…。キースも会ったんでしょ?5年前に…」

キースとリオンとネルソンは同じ遠征組だったから、会っているなら今の時代に生きているんじゃないのか?

「5年前の話だろ?ネルソンが蛇に噛まれたの。

なんでその子が今になってリズワルドに来るんだよ。宿舎の場所なんて教えないだろ、ネルソンだぞ」

信号機が赤に変わりブレーキを踏む、前方の車との車間距離が縮む。

「…そうだね」

じゃぁ、カリーナをお母さんと呼ぶあの子はいったい何なのか…。

「ちょっと寄り道してみるか?車で移動してるんだから時間かからねぇだろ?」

「寄り道?どこに?」

「"サリスキン"って街だ。ネルソンが女の子を助けた森がある。ナビで調べてくれ」

「分かった」

キースに言われた通り、"サリスキンまで"と検索をかける。

「今居る地点から122㎞、2時間18分だって」

「よし!決まりだな」


___________


入院手続きが終わり、個室の病室に案内される。

「次の陣痛までの間隔が短くなって来ますので、5分間隔で長く痛みが続くようになったら、分娩室に移動しましょうね」

「はい、宜しくお願いします。座ろう、ゆっくりな」

「うん」

ベッドにカリーナを座らせる。

「急変や破水が起きた場合でも、慌てずに、ナースコールで呼んでくださいね。余裕があれば食事を取っても構いませんよ。出産は体力勝負ですから、一緒に頑張りましょうね」

「ありがとうございます」

優しく寄り添ってくれる看護師の言葉に励まされる。

看護師が軽いお辞儀をして退室した後、病室に2人だけの緊張と恐怖の混じった空気が流れる。

「…売店で何か買ってくるから、何か食べたい物はある?」

「もうちょっとだけ…、傍に居て…」

ベッドに座ったカリーナが不安げな上目遣いで顔を覗く。

「うん」

カリーナの横に座り、腰を擦る。

「名前、何にするか決めた?」

「まだ…、顔見てから決めようかな…なんて」

これから出産を迎えるカリーナを少しでもリラックスさせるための他愛もない会話。

「あ、トライフル!」

急に何か思い出したかのように声を上げるカリーナ。

「トライフルちゃん…って名前?」

「ぁ、違う違う…。今食べたい物だよ…。無いならプリンでもゼリーでも良いよ?」

なんだ…、そんなことか。

と安心して少し笑みがこぼれる。

「分かった。買ってくるから、横になって待ってな」

「うん、ありがとう」

カリーナの頭をポンポンと手を乗せ、顔の輪郭に合わせ頬を親指で撫でる。

緊張がほぐれたのか、柔らかい微笑みを浮かべ見送るカリーナに小さく手を振って、病室のスライドドアをゆっくり閉めた。


カリーナを病室に1人残してしまうから、ナースステーションの看護師に数分ほど抜けることを伝え、1階の売店に向かった。



















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