第52幕 RESTART 4

時刻は20時。


サンクパレスで休暇を楽しむウィルソンたち。

食堂での夕食の時間も終わり、各自、自室や共有ラウンジでくつろいでいる。

「ルシアちゃんお風呂入ろ~」

「はい、シエルさん」

「私も~」

この短時間でずいぶん仲良くなったシエル、リオン、ルシア。

ルシアにはシエルとリオンが必ず付いて、3人で行動している。

ウィルソンはまだルシアと直接的な会話が出来ないでいる。

親御さんのことや頭の中でお互いの声が分かること、磁石のように反発する感覚も。

気になることばかりだ。


「な、なぁ…ウィルソン…」

たどたどしくネルソンが話し掛けてきた。

「どうかした?」

「ペペロンチーノって…どうやって作るんだ?」

「え?」

まさか、ネルソンが僕に料理を教わりにくるなんて思わなかった。

「ライアンは教えてくれねぇし、アイラさんはもう寝ちまったから、頼めるのお前しか居ないんだ!頼む、ルシアに美味しいって喜ばれたいんだ!」

顔を真っ赤にして僕に頼み込むネルソン。

「良いよ。僕で良ければね」

ネルソンがルシアさんを喜ばせたいって気持ちは良く分かる。

「じゃぁ、キッチンに移動しよう」

「おぅ」


____________


~脳内BGMはお料理系で~


ウ「ネルソンはパスタは茹でれるんだっけ?」

ネ「まぁ、茹でた麺にレトルトのソースかけるぐらいなら…」

ウ「わかった、分りやすく教えるからね」

ネ「おう」


~ウィルソンが教える!

     くせになるペペロンチーノの作り方~


用意する材料は、


•乾燥パスタ麺 ゆで時間6分~8分 200g(2人分)

•お湯   2L

•食塩   20g

•にんにく 2片

•オリーブオイル 150cc

•パンチェッタ(ベーコン) 60g

•アンチョビ缶 10g

•ハラペーニョ(とうがらし) 1ヶ

•イタリアパセリ乾燥 2g

•ブラックペッパー 適量

•フライパン •レードル

•菜箸    •ザル  •キッチンタイマー


•それじゃあ、まずは鍋にお湯を沸かそう。

お湯は2L、沸騰したら食塩を20g入れるよ。

•鍋のお湯が沸くまでの間に材料を切って行こう。

•パンチェッタを5mmほどの細切りにする。

•にんにくを2片、細かくみじん切りにする。

•アンチョビ10gを細かく刻む。

•ハラペーニョ1ヶは横に二等分する。

•沸騰して食塩を入れた鍋にパスタ麺を茹でる。

包装袋に表示されているゆで時間より1分早くお湯から上げるよ。

•パスタ麺を茹でている間に、フライパンにオリーブオイル150ccをひき、にんにくとパンチェッタを入れ中火にかける。

•オリーブオイルが温まり、ふつふつと泡が立ってきたところでハラペーニョを入れる。

•オリーブオイルが沸騰し、にんにくにもパンチェッタにも良い焼き目が付いたら、ハラペーニョを取り出し、アンチョビを入れる。

 ネ「ハラペーニョは香り付けってことか」

 ウ「そうだね」

•パスタを茹でているお湯をレードル1杯掬いフライパンに入れオリーブオイルを乳化させる。

(麺のでんぷん質と油分が混ざり白くなること)

•1分早く茹でて上がった麺はザルに流し、水気を切り、フライパンのソースと絡ませる。

 ウ「1分早く上げて、にんにくやパンチェッタ      の旨みを麺に吸わせるんだよ」

 ネ「すげぇ旨そうだな…」

•最後にブラックペッパーとイタリアパセリをお好みで振り、深みをプラスして軽く和える。

お皿に盛り付けて完成だよ。

 マ「うわぁすげぇ旨そうな匂い!」 

 リー「ペペロンチーノか!どれ味見を…」

 マ「俺も!」

 マ•リー「「!!うめぇ!うめぇぞ!」」

 ウ「よかった」ネ「よっしゃ!」


そうして、出来上がった2人前のペペロンチーノをマイル、リーガル、ネルソン、ウィルソンの4人で分けて食べた。

キッチンに広がったにんにくの匂いがシエル達にバレないように換気をして、ネルソンの料理の練習は無事終了した。


___________


21時50分。

少しだけ開けた窓の隙間から涼しい風が入ってくる。

ウィルソンは自室の机に向かい、アイラに貰ったバクラヴァのレシピに目を通していた。

部屋の照明は着けていない。

机に置いてあるスタンドライトの灯りだけ。


コンコン…、と扉をノックする音。


「…どうぞ?」

ご丁寧にノックをしてから部屋に入ろうとする人なんて、うちのサーカス団に居たかなぁ…。

と僕は戸惑いながら返事をした。


「まだ、起きていますか?」


扉を少しだけ開けて部屋の中を覗き込んできたのはルシアさんだった。

「…うん、もう少し起きているけど…、どうしたの?」

ルシアさんと対面で会話をするのは初めてだ。

座っている椅子の向きを変え、ルシアさんの方に身体を向ける。

ルシアさんが静かに部屋の中に入り扉を閉めた。


「"お兄ちゃん"と…お話しがしたくて」

「お兄ちゃんって…僕のこと?あ、ごめん。暗いよね。照明着けるね」

「このままで、大丈夫だよ」

「…そう?」

窓から差し込む月明かりとスタンドライトの明かりだけ。

僕はルシアさんとは初対面のはずだけど、お兄ちゃんなんて呼ばれるような接し方もしていない。

「僕のこと、知ってたの?」

「うん、ずっと前から知ってるよ。私が生まれる前から…」

「それって…、どういうことなんだろうか…」

話がよく見えてこない。

生まれる前から知ってるって…。

「君のお母さんは…誰なの?」

ルシアさんは椅子に座る僕にゆっくり近づいてくる。

磁石のように反発する感覚はもう無い。

けど、こめかみの辺りがジリジリと痛む。

「私のお母さんの名前は、カリーナっていうの」

「……ぇ…」

何を言っているのか理解が出来なかった。

確かに今は妊娠中でもうすぐ出産予定だ。

でも、こんなに大きな子どもが居るなんて、あり得ない。

「私が、未来から来たって言ったら、信じる?」

「みら…い?」

信じがたい話しではあるけれど…。

「私のお母さん…、私が4歳の時に死んじゃうんだ~、私ね、お母さんのこと大好きだから、死んで欲しく無いの。だからウィルソンお兄ちゃんに助けて欲しくて」

「僕が…助ける?」

目の前の10歳ほどの少女の、子どもの様な無邪気な笑顔には、悲しみと哀れみが交差する。


ルシアさんが未来から来たと言うなら、僕にこれから起きることも、知っているってことなの…かな?

「じゃぁ…どうしてカリーナは死ぬことになるのかな?」

今は実際、ちゃんと生きているカリーナの、亡くなる時の話なんて、正直聞きたくないけれど…。

「お母さんが死を決意したのは、ウィルソンお兄ちゃんとアリシアお姉ちゃんの結婚が決まったから…かな」

「アリシア…と」

ルシアさんにはアリシアのことなど話していないはずなのに、"アリシアお姉ちゃん"と親しげに呼んだ。

僕とアリシアが結婚することは、カリーナにとっては死を選んでしまうような、絶望的な…こと。

「私は…、ウィルソンお兄ちゃんが、お母さんを助けてあげられなかった未来から来たの」

「僕の行動で…カリーナが死なないで済むってことなの?」

ルシアさんは何も言わず、こくりと頷いただけだった。

僕にしか伝わらない頭の中での会話。

磁石のような反発は、決して交わることの無い世界線の存在だからなのか…。

はっきりした答えなんて分かる訳もなく…。


「ほら…、もうすぐお母さんから着信が来るよ」

「…え?」


と優しい笑みを浮かべ、机の上の僕の携帯電話を指差したルシアさんの身体は、白い光に包まれみるみる薄れていく…。

ピリリリリリリ―、と着信が鳴る。

着信画面にはカリーナの名前と電話番号が記されていた。

「…また後でね。ウィルソンお兄ちゃん」

「ちょっと待っ―」

蛍が飛び立つように無数の光が天井まで舞い上がり、にっこり笑ったルシアさんは、そのまま姿を消した。

鳴り続ける着信音。

本当にカリーナから着信が来た。

「もしもし?カリーナ?」

「"ぁ…、ウィルソン…出て…くれた…"」

聞き慣れたカリーナの声。

でもその声は息が荒く苦しそうな弱々しい声で。

「どうしたの?苦しそうだけど…」

「じ、陣痛…来た、みたいなの…。はぁ…ぅ、ウィルソンに…傍に居て欲しいなぁ…なんて…ね」

「カリーナ!しっかり!今どこに居るの?!」

「シンクローズの…総合…病院…に来て…欲しいなぁ…、っ!…お願い…します…」

「わかった!」

カリーナに一言そう告げて、僕は部屋を飛び出した。


__________


「カリーナ!車の準備は出来たからな!もうすぐだからな!しっかり!」

カリーナの最初の陣痛が始まり30分が経つ。

産婦人科の先生から聞いた予定日より、6日も早く陣痛が始まった。


病院へ向かうため、ガレージから車を出してすぐ移動出来るように、玄関の前に駐車したグラジス。

「ごめんね…ありがとう…ダーリン…」

カリーナはスマホを片手にお腹を擦りながら深呼吸をする。

陣痛には波があると聞いた。

会話をする余裕が出て、カリーナの表情は和らいでいる。

初めての出産、初めての陣痛。

産婦人科の先生の話で聞いただけで、想像も付かない。

ダメだ。カリーナが陣痛の痛みに耐えているのに、俺がしっかりしないでどうする!

「歩けそうか?」

「ちょっと…怖いかも」

引きつった笑顔のカリーナ…。

無理はさせない方が良い。

椅子に腰掛けた状態のカリーナの横に膝立ちになり太ももの下と背中の下に腕を入れ身体を密着させる。

「ゆっくり、深呼吸してろ」

「…うん」

カリーナの身体に負担を掛けないよう、ゆっくり身体を持ち上げお姫さま抱っこをする。

「ごめんね」

「謝るなよ。当たり前だろ夫なんだから」

玄関の扉を開け、車の後部座席に仰向けに寝かせ、ブランケットを掛けた。

「ありがと、ダーリン」

「大丈夫だ。俺がついてる」

カリーナの頬にキスをして、運転席に乗り込んで車を走らせる。


____________


ウィルソンは2階の自室から1階のラウンジに顔を出した。

お風呂から上がり、髪を乾かし終わったであろうシエルとリオン、そしてキースがサラミを肴に晩酌を始めようというところだった。

「キース!お願いがあって!」

「どうしたウィルソン。そんなに慌てて…」

「カリーナが陣痛来たって…。シンクローズまで来て欲しいって!」

「え!カリーナが!?ついに出産かぁ」

「マジかよ…」

「そうなんだ。キース、運転頼めないかな…」

「うっ…。しょうがねぇか、急用だからな」

酒の入ったグラスに口を付けようとしていたところをなんとか踏みとどまったキース。

「私たちも行こうよシエル!」

リオンが催促する。

「ダメよ。私たちが付いて行っても…邪魔なだけでしょ」

「なんでよシエル~」

「カリーナには私たちの連絡先も教えてる。でもウィルソンにしか連絡が来ていないってことは…、そういうことでしょ?」

「まぁ、カリーナならあり得るな」

「お願いねキース。シンクローズまで!」

「おう!ナビは頼んだぞウィルソン」

「わかった。ありがとうキース」

キースがソファーから立ち上がり、二人でラウンジを離れようとした時だった。

「ウィル!」

シエルに呼び止められた。

「うん?」

「あんたには、アリシアちゃんが居るんだからね。しっかりしなよ!」

冗談気の無い、真剣な表情でシエルは言った。

「…わかった!」

シエルからの言葉の意味は"ケジメを付けろ"ということだと分かった。


ウィルソンとキースは宿舎を出て、車に乗り込んだ。

カリーナが待つ、シンクローズを目指して夜道を進む。














 










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