第51幕 RESTART 3

ネルソンの母親の墓石のある仏教宗派の区画から戻ってきたアイラとライアン。

「ぁ、アイラさん。どこに居たの?」

「久しぶりに来たから、景色を観てたんだ」

ウィルソンの問いに答えるアイラ。

「ほら、次、ライアンの番だよ」

シエルからライアンに梅酒が渡される。

「ありがとうシエル」

アイラはキースとリーガルに目線を送って小さく頷いた。

キースとリーガルは"あぁ、なるほどな…"と察しが付いた。

「団長みたいな猛獣使い…なれるかな…」

「十分上手くやってるぜ?ライアンは」

「そうかなぁ…はい、次アイラさん」

「あいよ」

梅酒がライアンからアイラに渡される。

「う~ん、懐かしい匂いダネ」

おちょこに梅酒を注いで匂ってくる梅酒の芳醇な香り、昔の楽しかった日々を思い出す。

(もうじき…あんたそっくりになるさ)

アイラは口には出さず、心の中でゴードンに語りかけた。

墓石の角におちょこ軽くを当て、梅酒を振り撒いた。

「ウィルソンはもう済んだの?」

「僕はもう終わったよ。あとはネルソンだけ」

「じゃぁ、ほらネルソン」

「ありがとうアイラさ―」

「ネルソンは、目標掲げないのか?」

「え?…俺?」

アイラからの不意な質問に戸惑ったネルソン。

「お前ウィルソンのばっかり目標言わせて自分は言わないつもりか?それは虫がよすぎるぜ」

キースがネルソンに今後の目標を発言するよう促す。

「俺の掲げる…目標…」

「ここ、大事だぞネルソン」

「私たちはウィルの目標に協力する側だけど、リズワルド楽団の団長はネルソンなんだからね」

双子姉弟がネルソンを励ます。

「ほら、ぐいっとあんたも飲んで、誓いの言葉を言うんダヨ」

おちょこに梅酒を注ぎ、ネルソンに渡す。

「え…良いのかよ、俺が飲んで…」

「あんたの親父さんが好きだった酒の味だ。それを理解して、これからを生きて、越えてみせろ」

ネルソンの左隣に立っていたルシアがネルソンの手を静かに握って優しく微笑んだ。


…俺が目指す…これからの目標。


ネルソンはおちょこに注がれた梅酒をみつめ、意を決し一口で飲み干した。


「全世界にリズワルド楽団の名を轟かせ、世界各地に笑顔を届けて、リズワルド支部を作るぞ!」


ネルソンは目標を掲げ、父親の墓石の角におちょこを軽く当てた。

不意にネルソンと墓石の間に冷たい風が通り抜け、ネルソンは顔を上げた。

すると目の前に…。


「見ていてください、父さん」


墓石の上にあぐらをかいて座るゴードンの姿があった。

ゴードンは歯を見せニカッと笑って見せた。

ネルソンも父親の真似をして、歯を見せ笑って見せた。

"それ"はネルソンだけに見えたのか、周りに居る皆にも見えたのか、ゴードンはおちょこに注がれた梅酒をぐいっと飲み干した後、静かに消えて行った。


「よし!これで皆済んだ―」

しゃがんでいたネルソンはパンっと膝を叩き立ち上がり、皆の方を振り返った。

皆の顔がにやけていた。

「…なんだよ…」

「お前もそんなふうに笑えるんだな。初めて見たぞ」

「その笑顔で世界中周れれば、夢は叶うかもね」

キースに続いてリオンがネルソンの笑顔を見た感想を言った。

「期待してるぞ団長!」

リーガルがネルソンの背中をバンと叩く。

「おう!まかせろ!」

皆に励まされ、勢いまかせて声高らかに決意を言葉にする。


「それじゃぁ、広場でレジャーシート広げてお茶にしましょう!ルシアちゃんもありがとうね」

「はい!」

シエルがルシアの手を引き先頭をきって歩いて行く。

「姉さん食べることばっかりかよ…」

「なに?マイルが買ったスコーンも食べてあげても良いけどぉ?」

「は?ダメだし俺のだし!ネルソンのドーナツなら食べても良いぞ」

「は?ふざけろマイル!」

「はいはい、わかったから落ち着けネルソン」

双子姉弟が場の空気を和ませる。


ウィルソンがもう一度ゴードン団長の墓石の方を振り向く。


「見ていてください、団長」


墓参りを済ませた一同は霊園をあとにし、隣接する市民広場でティータイムを過ごした。


_____________



時刻は17時40分。


"Near, far, where ever you are

I believe that the heart does go on."


優しい春の風に歌声を乗せ、静かな時間が流れる、夕日傾き始める午後。

「ぁ…もう、そんなに早く出たいの~」

お腹の中の赤ちゃんに優しい話し掛けるカリーナはキッチンで夕食の準備をしていた。

ダーリンが帰ってきて、すぐ食べられるように、ダイニングテーブルに食器を並べていく。

臨月に入りいつ陣痛が来てもおかしくないとは産婦人科の先生からは言われている。

「ふふ…ありがとう、ぽんぽん」

お腹の中で、一生懸命足を動かしているのが分かる。

生命というものに直に触れ、愛おしい気持ちになる。

夕食の準備が終わり、カリーナは椅子に腰掛ける。

エコー検査の画像では、この子の性別は女の子だということが判明している。

ダーリンには生まれてくるまでナイショなの。

名前も私が決めて良いみたい。

「あなたのお名前ねぇ…どんな名前が良い?」

とカリーナはお腹の中の赤ちゃんに話し掛ける。


"Once more, you open the door

and you're here in my heart and

my heart will go on and on."


お腹の中に居る時から歌声を聴かせると赤ちゃんもリラックスするんだって、先生が言ってた。


花壇のハイビスカスが風そよぐ、白を基調としたスクエア型の建物。

ここはシンクローズにある、カリーナが夫"グラジス"と一緒に住む別荘。

玄関の扉が開く音がして、カリーナは玄関に向かった。

「おかえりなさいダーリン」

「ただいまカリーナ、…うーん、いい匂いだね」

カリーナがグラジスからカバンを受け取る。

キッチンから漂ってくる料理の匂いに気が付いた。

「今夜の夕食はラタトゥイユにしてみたの!荷物お部屋に置いてきたら夕食にしましょ!」

「そうだね、ありがとうカリーナ」

グラジスはカリーナの頭をぽんぽんと撫でる。

カリーナはにこっと笑った。


ダーリンは私より6歳年上で、いつも優しく接してくれて落ち着きがあるの。

髪はダークブラウンな色で大人びているが、雰囲気も言葉遣いもウィルソンにそっくりになんだよね。

ダーリンの笑顔を見る度、ウィルソンとの楽しかった日々を思い出してしまう。

私の脳内でだけ美化されているだけかも知れないけれど…。

"この人が本当にウィルソンだったらな…"なんて考えてしまう時があるの。

悪い事なのは分かってるし、ダーリンのことは好きなのは間違い無いけど。

でも…、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけないよ。

ホテルのフロントで再会したあの日、ウィルソンに会えた事が本当に嬉しかった。

リズワルドで一緒に居た時と同じ接し方をしても、全く変わらないウィルソンの対応が嬉しかった。

一度は諦めて、忘れようとしていた恋心に、再び光が灯ったのを覚えてる。


去年の夏にダーリンとの子供を授かって、もうすぐ出産を迎えるのは不安でちょっぴり怖いけど、とっても嬉しいの。

ウィルソンもアリシアちゃんもシエルやリオンも、みんなが祝福してくれて、嬉しかった。


でも、私がウィルソンの事を頭に思い浮かべたり、リザベートのお屋敷に行こうとする度、お腹の中の赤ちゃんに、お腹の中をつねられているように痛みが走るの。

それはまるで、お腹の中の赤ちゃんが、"もうウィルソンに会わないで!忘れて!"って言っているみたいに…。


この子が産まれて私が母親になったら、今まで通りの日常は、戻って来ないかもしれない。


どうしよう…、決心が着かないよ…。
































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