第50幕 RESTART 2

13時20分。

昼食の時間が終わり、後片付けをする。

ライアン、ルシア、シエルはテーブルの下膳、

ウィルソン、アイラ、リオンは調理器具、皿洗いを担当している。

「はい、お願いリオン」

積み重なった食器がシエルから渡される。

ここの厨房には食洗機は無いので、皿洗いは全て手洗いになる。

「はいよ~」

二層シンクの左側。

リオンがシンクに浸け置きした食器の汚れをスポンジで落とす。

リオンからアイラに手渡された食器を右側のシンクですすぎ洗いをする。

アイラからウィルソンに、手渡された食器を布巾で水気を拭き取り食器棚に戻す一連の作業。

「その腕時計良いナ!自分で買ったのか?」

ウィルソンの左手首の腕時計に気が付いたアイラ。

「あぁこれ?カリーナから貰ったんだ。"誕生日のプレゼント"にって」

「へぇ~、カリーナにねぇ…」

何やら意味あり気は反応をするアイラさん。

「で?左手小指のリングは何だョ」

「これはアリシアとお揃いのピンキーリング…だけど?」

「どっちかにしろよぉ!悪い男ダネェまったくぅ」

濡れた手で肩をパシッと叩かれた。

「え…だって…」

「リオンはどう思う?はっきり決めて欲しいよナ?彼女の立場なら」

「え?わたし?。わたしだったらぁ」

ズゥーンと空気が重くなる。

「二度と指輪が外れないように小指と薬指縫い付けちゃうかなぁ」

…ゴクリ。 生唾を飲む。

「えぇ…何それ怖い…」

「…ほらな?指輪を贈るってことは、それぐらい本気じゃないといけないってことダゾ?」

2人してリオンの発言に少し引いてしまった。

「なんてね!カリーナの旦那さんが許しているから、別に良いんじゃない?」

にぱっと表情が戻ったリオン。

「お願いします」

ルシアも下膳した食器をリオンに渡す。

「ありがと~」

「イイネ~癒しダネェ~」

ルシアの背中を温かい目で見守るアイラおばちゃん…。

「そういえばさ、ルシアさんって1人でここに訪ねて来たの?親子さんと一緒にとか?」

「1人で来たのョ~、朝6時なんて早い時間にさ。ご飯作ってあげたヨネ、お腹空いてたみたいだったし」

「そう…なんだ…」

ネルソン助けられて5年も経ってから、1人で恩返しに…ってこと?


「どうしたの?ウィルソン。やけにルシアちゃんのこと気にするね。やっぱりあれか?ロリコン魂に火が着いちゃう感じか?」

「…ロリコンじゃないってば」


…ロリコンなのか?僕…。


「ルシアちゃ~ん。ウィルソンが"ルシアちゃん大好き"だってぇ!」

布巾でテーブルを拭いているルシアにリオンは呼び掛ける。

「え…あ、あの…」

「なにぃ!?浮気者ロリコンピエロめ!ルシアは私が守るわよ!」

「僕も手伝うよ姉さん!」

何やらヒーローごっこを始めたシエルとライアン。

ルシアを隠す様に並んで立ち、指の拳銃を向けられた。

とりあえず乗ることにする。

「ふははは、そんな拳銃私には効かぬわ。行け!我同志たちよ」

持っていた食器で片目だけ隠してシエルとライアンを睨んでみる。

両隣のリオンとアイラさんに目配せする。

「いつから仲間だと錯覚シテイタ?」

「観念しろロリコンピエロ!」

首筋に銃口が向けられていた…。

「なに!?……まさか…裏切ったの―」


「何遊んでんだお前ら!墓参り行くんだろうが!」

「なんだ?盛り上がってんなぁ」

墓参りに行く準備を済ませたネルソンとマイルが食堂に顔を出した。


「今ロリコンピエロを倒しに行くところよ。片付けはだいたい終わったわ。すぐ出発できるわよ」

「こっちも拭いた食器、棚に戻したら終わりだから、みんな先に玄関で待ってて良いよ」

シンクの中に皿が無いことを確認し、貯めていた水を抜く。

「おっけ~、あとよろしくウィルソン」

「頼りになるネ大将!」

リオン、アイラが身に付けていたエプロンを外し厨房を出ていく。

「あとよろしくねウィル~、行こっかルシアちゃん」

「ぁ、はい」

シエルがルシアの手を引いて食堂を出ていく。

「ありがとうウィルソン、手伝ってくれて。

すごく助かったよ」

テーブルを拭いた布巾を厨房に持ってきて、シンクで水洗いをするライアン。

「いいんだよ。僕がやりたくてやってるんだから。ライアンもお疲れ様」


「それよりさ…」

ライアンが顔を近づけ耳打ちをする。

「ルシアちゃんが気になるんでしょ?動物の声が分かる者同士だから」

サーカス団の猛獣遣いを任されているライアンには、僕が動物と話が出来ることは話している。


「なんか…違和感を感じるんだ」

「違和感?僕には動物の声は聞こえないけどさ、頭の中に入ってくるんだったっけ?」

「ルシアちゃんと頭の中で会話…出来るみたいなんだ、動物の声が分かるみたいに」

「言葉で交わさなくても会話できちゃうってこと?!すごいじゃんウィルソンたち!」

自分には無い能力を持った二人の話は、僕にとっては憧れであり、羨ましい。

「でも、"近づいちゃいけない"みたいな反発する感覚があるんだ、ルシアさんと目が合うと…」

「いいじゃん近づけなくて、ウィルソンにはアリシアちゃんって子が居るでしょ。3股はダメだよ?」

水気を絞った布巾をハンガーラックに掛けるライアン。

「3股って…」

「モテる男はツラいねぇ~、ってね。

ほら、僕たちも出かける準備するよ」

「…うん」

ルシアさんのことは気になるってだけで、アリシアのことを想っていないわけじゃないんだけどな…。


ウィルソン、ライアンも食堂をあとにして、お墓参りに行く準備をするため部屋に戻った。


_____________


時刻は14時。

黒やグレーのおとなしめなジャケットやガウンコートに身を包んだリズワルド楽団一同。

ゴードン団長の葬儀後、メンバー全員で墓地を訪れるのは4年ぶりになる。

宿舎から20分ほどの距離にある共同墓地に歩いて向かうことにした。


「たまには良いだろ、皆で歩いても。新しい店とかも増えてるんだろ?」

「"スターレックスコーヒー"のお店増えたなぁ、俺は甘ったるいチョコドリンク苦手だけど」

キースがライザにサンクパレスの近況について聞いていた。

「リザベートにもあるよな、スターレックスコーヒー。ウィルは好きだろ?チョコドリンク」

「あるね、常に行列出来てるみたいで、僕はまだ行ったことないけどね」

「じゃぁお墓参りの帰りにスタレ寄ろう!さっきのマカロン屋さんもっかい行きたいかも!」

「中の甘酸っぱいソースが美味しかったですね」

シエルとルシアがマカロンの感想を話している。


「レジャーシート持って来たし、今からスタレでコーヒーとかケーキとか買って、霊園でゆっくりしようぜ。皆で集まる時間なんてめったに無いからな。その方が団長もレオンも喜ぶだろ?」

マイルがネルソンに提案する。

「まぁ、他の参拝者に迷惑掛けなければ大丈夫だろうけどな」

「まじ!?じゃぁわたしキャラメルモカにする!」

シエルがスマホでスタレのメニューを検索していた。

「これでウィルもスタレデビュー出来るな」

「そうだね」

「お前ら…さっき昼飯食ったばっかだぞ…」

つい30分前に昼食を済ませたばかりの腹にまだ詰め込めるのか…、とキース嘆く。

「甘いものは別腹よ。ねぇルシアちゃん」

「わ、私はホットココアにします」

ルシアもシエルのスマホを一緒に見て欲しい物を決めているようだ。


「他にどこか寄る予定あるか?」

ネルソンがウィルソンに尋ねる。

「お花屋さんに行ってカーネーション買わないとね」

お墓参りの際、墓石には白色のカーネーションやユリの花をお供えする習慣がある。

「レオンには羊乳を買って行こうよ」

ライアンがレオンの墓石に供えるための羊乳を買いに行くことを要求した。


「うん、わかった」

ゴードン団長の墓石とレオンの墓石は隣り合わせに建てられている。

「あとこれも、せっかくだから団長のお墓にかけてあげよう」

と言ってリオンがショルダーバッグから取り出した物。

「ネルソンなら分かるでしょ?」

「これ…父さんが好きだった…お酒か」

リオンが持って来たのはリザベートの酒屋で買った"梅酒"だった。

「わたしとシエルでめちゃんこ探し回ってさぁ、やっと見つけたんだよぉ。団長が飲んでたのと同じ梅酒だぞ!」

「おぉ!その酒、俺っも好きだったぜ」

「懐カシイわねぇ、私も好きだったワ、その梅酒!」

リーガル、アイラさんが梅酒の瓶のラベルを見て反応する。

ゴードン団長は団長室の本棚に梅酒の瓶を隠していたつもりかも知れないけど、メンバー全員この梅酒の存在を知らない者は居ないのだ。



花屋で白カーネーションを買い、チーズ屋で羊乳を買い、スターレックスコーヒーでそれぞれドリンクとサイドメニューを買い霊園へ向かう。


各国からの移民が多いサンクパレスの霊園は、

仏教、カトリック教、道教など様々な宗教や供養方針に対応している国際的な霊園となっている。

小高い丘の上にある霊園は、ライラックやツツジの花が咲き乱れる、穏やかで落ち着きのある場所だ。


「久しぶり、父さん」

"Forever in Our Hearts Gordon Gilga"

"In Loving Memory   León"

ゴードン団長とレオンの墓石の前にやって来たメンバー一同。

ネルソンがカーネーションの花束をゴードンの墓石の上に手向ける。

「元気に走り回っているかなレオン」

羊乳の小瓶をレオンの墓石の上に置くウィルソン。


ネルソン、ウィルソンが墓石にお供え物を置いた後、一歩下がり距離を置く。

メンバー全員墓石を囲うように並んで立ち、目をつぶる。

胸の前で十字架を作り、心臓の位置で拳を握り、

1分間の黙祷を捧げる。


「よし!黙祷も済んだな。リオン。持ってきた梅酒出してくれ」

「はいは~い」

とキースに言われたリオンがショルダーバッグから梅酒とおちょこを取り出しキースに渡した。

バレンタインデーのチョコレート作りに使った梅酒は、まだ瓶の7分目ほどまで入っている。

「おちょこで一杯ずつ、墓石に掛けてこうぜ」

先にキースが手本を見せるように、おちょこ並々に梅酒を注ぎ、ゴードン団長の墓石に梅酒を振り撒いた。

「ほい、リーガル」

「あいよ」

キースからリーガルに梅酒とおちょこが渡される。

「全員で酒を酌み交わすことも出来なかったからな。せめて一緒に飲んでるフリだけでもしとかねぇとな。ライザ」

リーガルからライザに梅酒が渡される。

「どこの酒が美味いとか、辛口が良いとか、語り合う楽しみもあったかもなぁ。次アイラさ―ってあれ?アイラさん居なくね?」

梅酒を渡そうとしたライザがアイラが居ないことに気付いた。

「ほんとだ…居ないね」

「一緒に霊園入って来たよね?てかさっきまで居たよね?」

黙祷をしている時は、確かに隣に居たけど…、と首を傾げるシエル。

「トイレか?」

「ぼく探して来るから、皆先にやってて」

「わかった、ありがとうライアン」

ライアンはアイラを探しに行くため、その場を離れた。

ライアンとアイラの番を飛ばしてリオンに梅酒が渡された。


________________


アイラを探して霊園を歩くライアン。

ゴードン団長とレオンの墓石のあるキリスト教の宗派の区画から少し離れた仏教宗派の区画。

小さな墓石の前でしゃがんで合掌をするアイラの姿があった。

「居たアイラさん。…このお墓は…」

「あぁライアン。これは私の親友のお墓ダョ」

アイラさんは首から下げていたネックレスを外して僕に見せてくれた。

ゴールドの楕円形の写真付きのペンダントだ。

写真には3人の人物が写っていた。

アイラさんとアイラさんと同じ背格好の金髪の女性と…ゴードン団長の3人が写る…。

「団長も写ってる!?すごい若い!隣の女の人がアイラさんの親友?」

「そう、私の親友で、ネルソンのお母さんダョ」

「ぇ…」

昔を懐かしむように、寂しげにはにかんで見せたアイラさん。

「この写真はネルソンが生まれるもっと前に撮った…、最後の写真ダヨ…」

アイラさんともう1人の女性は歯を見せてにっこり笑っている。

二人の後ろで恥ずかしそうな表情で腕組みをする団長が写った写真。

「このお墓がお母さんのお墓だってネルソンに教えないの?」

「まだ、"その時"じゃないナ。まだ中途半端ダロ?ネルソンは」

「まだ具体的な目標も掲げてないからね…」

確かに…、ゴードン団長なら、"まだ早い!"って怒鳴るかもしれないな…。

「だから私が両親に代わって、あいつを見届けないといけないんダヨ」

そう言ってアイラさんはペンダントを首に着け直した。

するとアイラさんは肩掛けていたポシェットから小さなガラス瓶を取り出した。

「それは?」

「私とメイシンが使ってたお揃いの香水さ」

"林 美星"と彫られた墓石の文字。

ぼくにはその文字の読み方が分からなかった。

でも、ネルソンのお母さんのお墓なんだね。


アイラさんは墓石の角に香水の瓶をコチンとぶつげ音を響かせた後、香水を墓石にひと振した。

甘いバニラのような匂いが鼻に届いた。

「戻ろう、皆のところに」

「…うん」


香水をポシェットにしまい、アイラとライアンはウィルソン達の元へ戻ることにした。




















































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