3つ星ピエロ 第5章

悠山 優

第49幕 RESTART 1

時刻は11時35分。

キースの運転するワンボックスカーでサンクパレスに到着し、リズワルド本部の宿舎に荷物を運び入れるウィルソンとマイル。

「その様子だと、心配要らないみたいだな?」

「僕一人じゃ何にも出来ないよ…、皆が助けてくれるおかげだから」

「そうか…、元気そうで何よりだ」

ネルソンが玄関先で出迎えてくれた。

2年前までの弱々しい雰囲気は薄れ、若干"ゴードン団長"の顔付きに似て来ているようだ。

「ウィルには俺たちが居るから大丈夫だ。

ネルソンこそ、泣きべそ掻いてないみたいだな?」

にやついた笑みを浮かべ、ネルソンをからかうマイル。

「は?べ、別に泣きべそ掻いてないし…」

ムスッとした顔で答えるネルソン。

「まぁ、いいや。今まで通り、お前たちの部屋は残してあるから、好きに休んでくれて良いぞ」

「おぅ」

「分かった、ありがとう」


「運転お疲れさまだな、キース。

車の運転なんて俺っちには分からんけどな」

「まぁ、慣れるにはもう少し練習が要るけどな…」

リーガルが車を運転してサンクパレスまで帰ってきたキースを労っている。

リーガルはキースから受け取った荷物を玄関に投げ入れている。


先に自分の荷物だけ持って宿舎に入ったシエルとリオンが階段を降りて玄関にやってきた。

シエルとリオンの間には見覚えの無い女の子が立っている。

「ネルソンってば、なんで新人が入ったこと教えてくれないのよぉ…」

「ねぇねぇ、この子"ルシアちゃん"って言うんだって!キース覚えてる?ネルソンが昔助けた女の子だよ?」

リオンがキースにその少女に見覚えが無いが聞く。

「え?あ~、ネルソンが蛇に噛まれた時の…、で?ネルソンが誘拐してきたってか?」

キースが思い出した様子でネルソンに聞いた。

「誘拐じゃねぇよ!ルシアが入団したいって志願してきたんだよ!」

「"ルシア•ハーベスタ-"です…。5年前、森の中で迷っていた時にネルソンさんに助けた頂いたので、恩返しにと思って、去年の秋にサーカス団に志願しました。よろしくお願いします」

ルシアはこくん、と小さくお辞儀をして挨拶をする。

「助けた女の子が恩返しに来るなんて、どこかのおとぎ話みたいだよな?でも本当なんだ、ルシアはリズワルド本部の歌姫担当なんだ」

ネルソンが自慢気に話す。

「歌姫なんだね。よろしくルシアさ―ん?」

「ぁ…」

僕がルシアさんの目を見て話し掛けようとした時だった。

僕とルシアさんの間に、磁石が反発するような…、ふわふわとした違和感を覚えた…。

その違和感はルシアさんも感じ取ったようで…。

「ん?どうかした?2人とも固まって…」

異変に気付いたシエルがウィルソンとルシアの顔を交互に見る。

「いや…なんでも…ないよ?」

「はい…、大丈夫です…」

メンバー一同、大丈夫じゃないだろ…、な空気が流れる。

5年前。僕はリーガルから後日話を聞いただけで、実際は会ったことは無い、ネルソンが森で助けたという銀髪ストレートヘアの小柄な10歳くらいの女の子。

どことなくアリシアに似ているような気がする。


「なんだよ。目と目が合う~、か?」

変な空気を断ち切るようにマイルが割って入る。

「なんだ?…それ」

ネルソンが聞く。

「姉さんのスマホからよく流れてるやつ…だろ?」

「あぁ…最近流行ってるわね」

「まぁ、いいや。玄関先でいつまでも話してないで荷物置いて来いよ。少し休んだら、後で墓参り、行くんだろ?」

ネルソンがしびれを切らして、別の話題を提案してきた。

「あぁ、ごめんごめん…。お墓参りは行くよ、お供え物も買いに行かないと」

と言ってウィルソンは荷物を背負い直す。

「私たちはルシアちゃんとお散歩してくるから~」

リオン、シエル、ルシアが階段を降りて来る。

「わかった。まだあとで―ね」

ウィルソンの前を横切る3人。

…やっぱり、反発するようなふわっとした感覚が伝わる。

(…やっと会えたね……お兄ちゃん)

(!…え?…)

突然耳に届いた声に驚いて、身体が固まった。

今の声は…、ルシアさんから…。

シエルとリオンの間に居る1人の少女は、ウィルソンを横目で見ながらクスッと静かに微笑む。

3人は外へ出て行った…。


____________


各自、部屋に荷物を置き、宿舎での久々の休暇を取る。


2階、ライザの部屋のドアを開けるキース。

「おぅライザ、元気そうだな」

「あ!おかえりキース兄、待ってたよ!」

両手にダンベルを持つライザがキースに近寄る。

「相変わらず汗臭せぇ部屋…、換気しろよ…、新しい女の子に嫌われるぞ?」

ライザの部屋の中には、ベンチプレスやランニングマシンなどの筋力を維持するための器具が置いてある。

「え!あ、臭かったか?わりぃ今窓開けるから」

ダンベルをベッドに放り投げ、窓を開ける。

「新しい女の子ってルシアのことだろ?普通に喋ってるよ、すごい物静かな子だけどさ」

「へぇ~、意外だな」

「リーガルよりは話し掛けやすいってことじゃね?知らんけど」

「ん?なんだ、俺っちがなんだって?」

部屋の前を通り掛かったリーガルが部屋を覗き込む。

「え!?いや、なんでもねぇよ?」

「俺運転して頭使ったから、腹減ったぜ。食堂行こうぜ?もうすぐ昼食だろ」

「はい」「うい~す」


ウィルソンは食堂に顔を出していた。

厨房には昼食の準備をするアイラさんとライアンの姿があった。

「おはよ-、久しぶりライアン、アイラさん」

カウンター越しに厨房を覗き込み2人に声を掛ける。

「ウィルソ~ン!久しぶり元気そうだね!」

「おぉ、おはよ!また一段と男らしい顔になったネ!」

「え~、そうかなぁ」

アイラからの意外な褒め言葉に少し照れるウィルソン。

「そういえば、もうルシアちゃんには会った?」

ライアンが聞く。

「さっき玄関先で会って挨拶した…よ?」

「そっか、あの子もウィルソンみたいに動物の声が分かるんだってさ。シロナともすぐ打ち解けたみたいだよ?」

"シロナ"はライアンの新しい相棒。

サーカス団を本部と支部に分けた際、新しく加入したホッキョクオオカミだ。


「そうなんだ…、あの子も…」


僕の他に動物の声が分かる人に今まで会ったことが無いけど…、あの違和感は…、何なんだろう…。……やっと会えたって…。


「ん?どうかした?」

「あ…いや…。ありがとう教えてくれて。

昼食のあと、皆でお墓参り行く予定しているから、2人にも先に言っておこうと思ってね」

「そか、分かったぁ」

「久しぶりに皆集まるカラ、今日のメニューは"イズミル•キュフテ"と"ローストターキー"と"バクラヴァ"だヨ!」

アイラさんはコンロで煮込んでいたキュフテの深鍋の取っ手を持ち、僕に見せてくれた。

「アイラさんの作るキュフテ、僕大好きなんだぁ、楽しみだよ。後で"バクラヴァ"のレシピ教えて欲しいな、うちのお店のメニューの参考にしたいからね」

「おう、それは嬉しいな!了解シタヨ!それじゃぁ、皆を呼んできてくれ、あとは盛り付けるだけだからさ」

「分かった、皆を呼んでくる」


ウィルソンは皆を呼びに行くため、食堂をあとにした。

____________


「たっだいまぁ!!」

「ただいま…帰りました…」

「お土産のマカロン!買ってきたぞ~」

外に散歩に行っていたシエル、リオン、ルシアも宿舎に戻ってきた。

「おかえり、さっき調べていた専門店の?」

「そうそう、めっちゃ綺麗なお店だった!」

「人気の"フランボワーズ"と"ピスタチオ"買ってきたから、1人1個選んでね」

リオンはお店のロゴの描かれた紙袋から個包装になったマカロンを1つ取り出して見せてくれた。

「ありがとう。昼食の準備は出来てるから、食堂に来てね」

「は~ぃ、OK~」

「じゃぁ手洗いに行こっか、ルシアちゃん」

「はい」

シエルはルシアと手を繋いでいる。

女性メンバーは打ち解けるスピードが早い。

シエルの"頼れるお姉さん"の雰囲気は、年下メンバーにとっては心強いんだろうと思う。



「「いただきまーす!」」

12時30分。

リズワルド楽団のメンバー全員、食堂に集まり昼食を取る。

厨房カウンターを正面にして、縦2列に長テーブルが並ぶ。

左窓側の長テーブルに、出来立ての料理とリザベートの街の特産のワインやチーズ、先ほどシエル達が買ってきたマカロンなどで彩りを飾る。


大皿にこんもりと盛られたキュフテをアイラとウィルソンが一人一人の小皿に取り分けて配っている。

「働き者だな…ウィルソン」

ネルソンが横目でウィルソンの手際の良さを見ていつぶやいている。

「え?あ、なんかね…、ここで飯炊きしてた時の癖が抜けなくて…」

キュフテをよそった皿をネルソンの前に置く。

「私は良いゾ。そのままで居てくれても」

アイラさんが誇らしげに笑っている。

アイラさんはルシアちゃんの分のキュフテを皿によそう。

「どうぞ、お食べ~」

末っ子を可愛がるおばあちゃんみたいにデレデレなアイラさん。

「ありがとう…ございます」

こくん、とお辞儀をするルシア。


「ネルソンも見習って飯炊きやってみたら?」

ネルソンの向かいの席に座るリオンが、フライパンで炒め物をするジェスチャーをしながら言う。

「ネルソンが出来るのは、鍋でお湯沸かすぐらいだよな?みんなが寝静まった後、1人でカップ麺食べてるんだぜ?なぁ、ネルソン」

ネルソンの右隣に座るライザが言い触らす。

「ぅ…知ってたのかよ…。パスタぐらいは茹でれるぞ?俺でも」

自信はないけど、自慢してみた。

「じゃぁ、明日の朝食はネルソンの作る"ペペロンチーノ"で決まりね!」

リオンの隣に座るシエルがキュフテを突き刺したフォークでくるくると円を描きながら言う。

「なにぃ!なんでだよ!」

「1人前じゃないからな?全員分だぞ?よろしくなシェフ」

キースが追撃する。

「ルシアちゃんも食べたいって!ねぇルシアちゃん?」

「え!?…あ…、はい…食べてみたいです」

シエルの隣に座るルシア。

急に話を振られびっくりしたが返事をした。

「マジかよ…アイラさんもい―」

「団長の作るパスタ、楽しみだナ~」

ネルソンの語りかけを遮ったアイラは窓の外を遠い目をして眺める。

「ぅ…、じゃぁライアンでもいいから…な?」

「"じゃぁ"ってなんだよぉ!僕が手伝ったら意味無いだろ、ネルソンのパスタが食べたいんだぞ」

ネルソンと同い年のライアンは少し強気に話せる仲だ。

世界中を旅して食べた料理を参考にしている宿舎の料理はどれも美味しい。

アイラさんの料理の指導は本格的だから、ライアンも今では料理の腕が一段と上達したのだろう。

ライアンが調理を担当したローストターキーは、香辛料の味付けも、パリパリの皮と旨味の凝縮した肉の焼き加減も抜群の出来映えだ。

「このローストターキーはライアンが担当したんだって」

「マジか…、すげぇ上達したじゃんライアン」

キースがローストターキーの出来映えを誉める。

「そ、そうかなぁ…。アイラさんの教え方が上手いからだよ」

「ライアンが遠征先で作る飯も美味いんだ。ライアンの料理の腕が上達したのは確かだぞ」

「そっか…、よかった」

リーガルがライアンの料理の腕を誉める。

「ってことで、明日の朝食担当はネルソンで決まりね」

「…分かったよ…、やるよ…明日だけな」


…ルシアも食べたいって言ってるみたいだし…、

仲間の絆を深めるには必要かもな…。


「ところでウィルソン」

「うん?」

「今後の目標とか、あんのか?」

ネルソンが急に話を切り替えた。

「目標か…、借金の返済じゃなく?」

「親父さんの借金を返済しないといけないのは分かってる。ただ、それだけが目標じゃ、いつか押し潰される時が来る…。父さんみたいに…」

「お?マジモードネルソンだな?」

キースが感じ取った話の切り替わり。

メンバー一同食べる手を止める。

19歳とはいえサーカス団の現団長。

ネルソンが真面目な話をする時は皆、静かに聞き入る。

「じゃぁ、借金完済した後は?"パイユ•ド•ピエロ"は閉店してサーカス団に戻るか?アリシアとの生活はどうする?」

「それは…」

確かに、借金完済のためのお店の立ち上げだったけど、その後の生活のことを考えていなかった。

「マリーさんや新しく入ったスージーって子だって、屋敷で生活出来なかったらどうする?」


「あんまりウィルを追い込まないでよ?ウィルだって考えながらやってるわよ…」

「俺たちは客寄せをしているだけの居候みたいなもんだけど、俺たちだってあの屋敷で生活出来ることは感謝してるぞ」

シエルとマイルがウィルソンを気遣う。


「別に追い込みたいわけじゃねぇよ。ウィルソンが"楽しく取り組めるような目標"を立てろってことだよ」

「楽しく取り組める…目標か…」

美味しい料理を提供してお客様を笑顔にするのはとてもやりがいを感じられるけど…。


「"半年後にはこうなりたい"、"2年後にはここまで知名度を上げたい"、とか近々の目標さ」

「それはそうかもな。ウィルソンは、自分の気持ちを後回しにしがちだからな」


「要するに、ネルソンが言いたいのは"自分のための夢を叶えろ"ってことだ」

リーガルがネルソンの言いたい事をまとめる。

「俺っちたちも2年前から少しずつやり方を変えてな。各地で開催されるフェスティバルに参加する方向に変えたんだ。その方が知名度が上がる」


「今までのように、初めて訪れた街で客寄せから始める必要が無くなったってことだ。メンバーも半分に減ったわけだしな」

世界中を旅して、新聞や雑誌に取り上げられるようになったという"実績"があるから出来たことなのだ。

今までの仲間たちと活躍のが無ければ、成し得なかったこと。


「ウィルソンは"ミシュラン"って聞いたことアルカ?」

「聞いたことは…あるよ?料理を評価する格付け…でしょ?」

「ウィルソンの料理の腕は確かダヨ。私が教えなくても充分目指せる目標だと思うゾ」


「ミシュランか…」


「"パイユ•ド•ピエロ"はまだオープンして2年でそんなに知名度も無い。だが"ミシュランガイド"に掲載されるようになれば、世界的に有名になるかも知れないってことだな」

「確かに…、せっかく綺麗なお屋敷でお店をしているのだから、挑戦しなきゃ勿体ないわね」

シエルはスマホを取り出しミシュランについて調べる。

「スージーみたいに、ウィルに弟子入りしたいって志願してくるヤツも増えるんじゃね?」

「客寄せ希望の子とか来てくれるかもね」

マイル、リオンもミシュランを獲得した先の未来を想像し、意欲を見せる。


ただ闇雲に借金返済のためのお店の経営だけでは、行き詰まる時が来るかも知れない。

ネルソンはお店のことも、僕の心身のことも、心配してくれている。


「そうだね、目指してみるよ。ミシュラン」

「おぅ!その意気だウィル。俺たちも付いてるからな!」

ウィルソンの左隣に座るマイルが肩を組む。


「ただ隣で見ているだけじゃ居られないからな。俺たちは"チーム"なんだから」

話題の踏ん切りが着いたところでキースが自分の皿に乗るローストターキーをフォークに刺しながら言う。


「ウィルソンなら出来るって、僕信じているからね!」

「私たちも協力するゾ!これから教える"バクラヴァ"だって、盛り付けを工夫すればミシュラン狙えるようになるゾ」

ライアン、アイラさんも応援してくれる。

「頑張ってください、ウィルソンさん」

ウィルソンの向かいに座るルシアも、優しく微笑んで言葉を掛けてくれる。

「俺っちたちはこれからも家族なんだ。いつでも頼りに来いよ」

「そうだ。ただ本部と支部に分けただけの話だからな」

リーガル、ライザも温かい言葉をくれる。

「これで父さんにも、良い報告出来そうだな」


「ありがとう、みんな」


前向きな仲間たちの言葉に励まされる。

心から思う。頼もしいチームだ。本当に。



































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