終章 ファミリー

ディリオン・マークレイという青年が目を覚ましたのは、あの夜から四日後の事だった。

(……生きて……るのか……)

 ぼやけた視界の中に感じた太陽の眩しい光が彼にそれを自覚させる。

「目を覚ましたので?」

 そしてそんな不思議な感覚に包まれたなか、真横から声が聞こえてくる。

「……メムか……」

「そうなので」

 か細い声で放ったその言葉にすぐに返答が飛んできた。

「よくお眠りだったようで」

 体を起こそうとして上半身に力を込めるが、どうやら胸に大怪我を負っているようで、少し動いただけなのに尋常ではない激痛が襲い掛かってくる。

「動いちゃダメなので。っていうか、生きていることが不思議なので」

 メムはどこか呆れた口調で。

「グロックの銃弾を胸に五発、自分で撃ち込んで(、、、、、、、、)生きているなんて奇跡以外のなにものでもないので」

「そうか…………」

 そしてあの夜のことを思い出した。

「至近距離で何をやっているので……。ディリオン。なぜそんなことを……?」

 彼は動けないと分かった体を、もう一度柔らかいベッドに横たわらせると天井を見上げた。

 白で統一されたその空間を見るに、ここはおそらく病院なのだろう。

「俺は自分の罪を償いたかっただけだ……」

「何を言っているので……」

 しかし、静かに告げたその理由をメムは一蹴する。

「なぜ相談しないので? ディリオンと私は友達なんじゃないので?」

「それは……」

「それは……? なんなので」

「俺の問題だ……」

 その返答に病室にわずかな沈黙が流れるが、

「だからこそ、一緒になって考えるので。それが友達なので」

「そっか……」

 メムの凛とした声にディリオンは胸に痛みを感じながらも小さく笑った。

 しかし、それと同時に気がついたのだ。

「なぁ、メム。メリッサはどこだ……」

 首だけを動かして病室をグルリと一周見回してもメム以外に人の姿はなく、どこか寂しい感じがする。

「なんなので? 私だけだったら物足りないとでも?」

「いいや、そうじゃない」

 ディリオンが考えているのは、四日前の夜に明らかになった真実についてのことであった。

 もちろん、彼がこうして生きているのはあの場でメリッサが最終目的である「妹を殺したギャングをその手で消す」という行為を実行することなく、こうして病院に運ばれたからである。

 だから、余計に彼女のその後が気になった。

 現在で判断できる事といえば、妹を殺したギャングがディリオンだと判明したことにより、彼女の一番の核であった心の中に潜むソレを実行しなかったということだけ。

 いや、だからこそ。

 今、メリッサというこの街の『ギャング狩り』はどうしているのだろう、と。

 だけど、そんな彼の心中を読む様にして、


「目が覚めたか?」


 病室のドアがゆっくりと横にスライドされた。

 その声にディリオンは痛む体など無視して、ベッドの上から飛びのこうとするが、

「何をしているんだ……。病人は病人らしく寝ていろ……」

 呆れた様子で声の主はこちらに近づいてくる。


 綺麗な赤色の髪が————ストレートにして腰辺りまで下げられている。


 腕には物騒な自動小銃『AKM』は握られておらず、大きな花束が抱えられている。


「ああ。これか?」

 そして彼女はディリオンの視線に気付く様にして、

「もうそろそろ目を覚ますかと思ってな。タイミングが完璧すぎたようだが……」

 頬を人差し指でポリポリと掻きながらディリオンが体を預けるベッドの横の小さな丸椅子に腰掛けた。そのあまりにも自然な様子にディリオンは思わず彼女を見つめてしまう。

「なんだ……?」

「メリッサ……」

 そして、彼はその名を呼んだ。

「どうした? 改まって……」

 しかし、彼女はディリオンの心境など知らないのか、という具合にさっぱりとした口調で返す。

「どうした、じゃなくて……。俺は、その…………」

「ああ。聞いたさ……」

 そして彼女は語る。

「ディリオンが自分の胸を撃った後に、ブレイクっていう兄からな……」

 何かを思い出す様にして、

「お前にもいろいろあったんだろう。それはよく、理解しているよ」

「…………」

「でも、俺は…………」

「ああ。そうだな。過去に犯した事は変えられない……」

「だったら……」

「だったら、なんなんだ?」

 彼女は問いかけると同時に鋭い目でこちらを見て、

「だったら、また自分を撃ってそれで罪滅ぼしでもするつもりか? 違うだろう。『私』が妹を愛していた様に、ディリオンの兄もディリオンのことを愛していたんだ……」

 そしてその目は徐々に優しさを含んだものになり、

「だから、そんな罪の償い方は間違っている。誰かを悲しませるなら、それもまた罪だ……」

 彼女は花束を水を張った花瓶に入れると、

「でも、俺は許されないことをしたんだ……、だから……」

「そうだな……。ディリオンは許されないことをした……」

 メリッサはそこで席から立ち上がると、顔を窓の外に向けた。


「————だから『私』は許すんじゃない。ディリオンは許されるんじゃない……」


 太陽の光が溢れ出しそうなくらいに差し込んで、彼女の赤色の髪を綺麗に魅せる。


「その罪を一緒に歩いて、償っていくんだ」


 そして彼女の肩口に巻かれている白い白い包帯がゆっくりと解かれる。


「————それはどういう……?」

 彼の疑問に答えるように、そこに記されているのは。

 ————Stella————ステラ


 そして。


 ————Dillion————ディリオン


 それが示すのは『組織(ファミリー)』ではなく『家族(ファミリー)』。


「————さぁ。」


 伸ばされた腕はどこまでも綺麗で。

 

 ここから、もう一度歩いていけるんだ。

 もう一度、人生を始められるんだ。

 そう感じさせてくれて。


 その手はとても暖かい。


「その罪を共に背負って、あの子に今の『私』を見せるために————」


「————一緒に歩いて行ってくれないか?」


 返事なんて決まっていた。


 ————ああ。


 青年が答えたその瞬間。新しい人生が幕を開ける。

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ブレイクダンス・ザ・ギャング @nihai

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