三章 10
「外でもいろいろと騒ぎが起きているらしいな……」
拳を交錯させる最中(さなか)、建物の外から幾重(いくえ)にも重なる銃声が響いてくる。
おそらくメムが呼んだであろう味方というやつとディリオンとメリッサが暴れたことにより周囲に配置されていた『MH』のギャング達が集まり、ぶつかり合って争っているのだろう。
お互いの口の中は血の味で滲んでいるが、それでも殴り合いは止まらない。
「…………」「…………」
スーツの男はメリッサに自分が調べ上げたことを話していた。
男自身もこの様な形で本人に対して話すことになるとは思ってもいなかったが、その言葉が彼女にどのような感情を宿らせるのか。
「ステラ・オルソン……。お前の双子の妹は十三歳で命を落とした————」
彼の視線は目の前で暴力の嵐を巻き起こす二人の男のうち、その弟を捉えていた。
「————その元凶がディリオン・マークレイという当時十三歳の少年だったのだよ」
ディリオンとブレイクは激しい殴り合いをしながらも、なぜか背後から聞こえたその小さな呟きを耳の中にしっかりと受け止めていた。
つい数瞬前までは互いの拳が交錯していたはずなのに、それを耳に入れた瞬間にディリオンの拳は止まっていた。
「……今、……なんて…………」
彼は悪夢となって毎晩魘されてしまうほどにその記憶を自分自身に刻んでいる。
そして、彼は当時十三歳ということもあり保護施設に送られたため、その事件の全貌(被害者の名前すら)知る事は出来ていなかった。もちろん被害者の家族だって知らない。
だからこそ、背後からねっとりとした調子で耳の中に飛び込んできたその言葉は、ディリオンの動きを拘束して、心までも縛り上げる。
そしてそれはディリオンだけに起こされたものではなかった。
対面して殴り合っていたいたはずの兄、ブレイクすらもその言葉に拳の動きを止めていた。
「…………」「………………」
一〇の死体と四の生が転がっている大広間が静寂に包まれる。
「メリッサ・オルソン。お前の妹は……、お前の現在の仲間に殺されていたんだよ‼︎」
メリッサはその言葉を受けて、一瞬息が止まるかと思った。
が、なんとなく彼の胸に刻まれた大きな悪魔(タトゥー)が見えた瞬間にその真実は予想していた。
ただ、事実を知ったところでどうしようもなかった。
彼女がこの場所に訪れた最終目的は自分の妹を殺したギャングをその手で消すことにある。
だが、その願いはどの様な形で叶えればいいのか。
(…………ディリオン…………)
彼女はその腕に重たい弾が二発装填されている自動小銃『AKM』を保有しているのに、それを彼に向ける事はできなかった。
最終的な目的を達成するための過程が、最悪過ぎる。
(……………………ディリオン…………)
自分の口でその名前を呼ぶことすら叶わない。
ただ心の中でその事実と青年の名前を反芻する。
「……………………」
見つめる先には争いを一時的に停止させる二人の男。
時が止まっていた。
完全にその時間は地獄の中で停止している。
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