三章 7
数十秒も膂力同士をぶつけ合っていれば必ず隙が生まれてくる。
「————————————フンッ‼︎」
そのタイミングを見逃すことなく、ディリオンは体を無理やりに反転させるようにして交錯していたブレイクの腕を振り解くと、猛烈なスピードで自らの腰に手を回す。
そして金属製の握り慣れた感触をその肌で感じとる。
(触れた……)
あとは腰から得物を引き抜いて目の前の兄に突きつけるだけだ。それでチェックメイト。
……のはずだった。
「何をしている‼︎」
しかし、そこで声を張り上げたのは彼の兄、ブレイクだった。そして何よりもディリオンがそれを不思議に感じた理由はブレイクが見ている視線の先がこちらではなかったのだ。
それは右横に『ただ倒れていただけのように見えていた椅子』。
疑問を感じながらもチャンスを逃してはならない、とディリオンがグロックを手に握りしめた瞬間だった。
「————なッ⁉︎」
真横から椅子が吹き飛んできた。
もちろん避けることなど叶わないが、移動式の椅子だったようでそこまで重みは感じることなく直撃したとしても少し態勢を崩したくらいだった。だからなんてことなく、ディリオンはグロックをブレイクに向けるが、
「————————‼︎‼︎‼︎‼︎」
今度こそ、器官の全てが急速に乾燥していくかのような感覚を味わった。
真横から飛んできた椅子を払い除けたほんの一秒後。
「ディリオン・マークレイ……。それは立派な反逆だ‼︎」
椅子の影から伸びてきたのは真っ黒なスーツの影だった。
そしてその男はスーツの裏側に手をかけると、ギラリと不気味に光る何かを取り出してこちらに迷うことなく突撃してくる。
もちろん常時であればそれを弾き返すことなど容易いだろう。が、目の前にはブレイクという男がいるという今の状態、椅子を投げつけられてバランスを崩しているという今の状態が、彼に自由に対処することを許さない。
(……なんだ? 銃か……)
スーツの男がその裏側から取り出したモノにディリオンはそう予想を立てる。なにせ、ギャングだ。その社会での武器といったらもちろんそうなるだろう。
が、それが裏目に出た。よく考えれば答えは出る。
『なぜ、遠距離武器の銃を取り出しているのに、突進してくるのだろう?』と。
「————違う‼︎」
気がついた時にはもう遅い。彼の胸(、)が横一線に引き裂かれる。
ギラリと光ったものの正体はナイフ。だからこその突撃だった。
それによって、彼の半袖のシャツの胸元はズタボロに破け(、、、、、、、、、、、、、、、、)、その奥が顕になる(、、、、、、、、)。
ニグレイ・マークレイは麻薬取引会談を行っていた部屋から転がるようにして逃げ出した。部下をつけている時や、武器を保有している時であれば対処はもちろん変わっていただろうが、丸腰の今、所詮はただの人間であるニグレイに出来ることは危険と判明した場所から逃走することくらいだ。
幸いなことに自動小銃を抱えて会談途中の部屋に突撃してきた少女は『rk』のトップであるザクセスにしか興味がないようで、ニグレイの逃走をまるでアリを取り逃してしまった、みたいな目でしか見ることがなく、攻撃してくることもなかった。
しかし、これは十分に緊急事態である。周囲に配置しておいた駒を動かす必要がある。
四階を慌てて走りながらニグレイは携帯画面を操作して一気に指示を飛ばす。
「お前ら‼︎ 今すぐ来い‼︎‼︎‼︎」
スーツの男は刃物がディリオンの身に触れた、という感触は明確に感じたが、それと同時に切り口が浅いことにも気がついた。もちろん普段から戦闘を経験している『MH』のギャングメンバーとは違い、彼はニグレイという男の側近である。
が、この状況では反逆者を排除する。という行動が一番正しいと感じ、独自の判断で行動をしたのだが、それが傷を与える攻撃として届いただけでも十分だっただろう。しかし、
「……グ……ッ‼︎ ……⁉︎」
次の瞬間に彼の体は真横に二メートル吹き飛んでいた。
歪む視界の中で確認出来たことは、自分の体が横向けになって地面に倒れていること、ナイフで斬りつけたディリオンも地面に膝をついていること、横に赤髪の少女がいること。
だから『ギャング狩り』にやられた————と感じたが……。何かがおかしい。だって彼は二メートル吹き飛ばされたのだ。だったらなんで赤髪の少女が隣にいるという意味不明な事態が起こっているのか。頭の回転が早い彼だからこそ理解に苦しむ状態だが、
「————何をしているんだ……。テメェは……」
そこに飛び込んできた声は予想だにしないものだった。
声に反応してそちら側を即座に振り向くが、やはり理解が出来ない。だって、
「…………ブレイクさん…………?」
視界に収められた光景は仲間であるはずの『MH』のトップ、ブレイクが拳を握っている姿だった。そして彼との距離はちょうど二メートルほどだった。
つまり。スーツの男を殴り飛ばしたのはブレイクだった。
アヴェリー達警察官は嫌な予感、いいや、明確に嫌な『音』を感じた。それは例えるならば嵐本番前に締め切ったシャッターにぶち当たる強風のようなものだろうか。
そしてその予感は最悪なる形で的中していた。
「「バリケードを張れ‼︎ 臨戦態勢だ‼︎」」
司令室と現場隊長の声が同時に飛ぶ。直後のことだ。
————ニグレイによって配置された大量の『MH』のギャングが現れた。
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