三章 6

弾の装填が残り二発しかないが、ディリオンの方は大丈夫か?」

「ああ。俺の方はまだ余裕がある……」

 メリッサとディリオンの二人は大広間で『rk』と思われる十人というギャングの殲滅に成功した。が、この場にいるはずの『MH』のギャングが一人たりとも見当たらない。

 それを不自然に感じながらも大広間に展開されたその災害を横目に見据え、二人は会話する。

「おそらくボクらが今殺したのは『rk』のギャング達、か……。『MH』もいるという予想だっのだが……」メリッサは息を一つ吐くと、腕に抱える『AKM』を軽く叩いて肩に担ぎ直す。「これから先は『rk』本拠地に潜んでいるであろう『MH』のギャングを探すことにしよう」

 そうしてこれからやるべき事を決めて、ディリオンが一つ返事をしようとした時だった。

「探す必要はないぞ」

 背後から、まるで囁くような声がフワリと空気を伝わって聞こえてきた。

 そしてそれは懐かしさを感じさせる声だった。つまり————。

「————グッッッ‼︎‼︎⁉︎」

 声に反応して振り向いた瞬間、まるで大槌で横殴りにされたかのような衝撃が右肩に襲い掛かってきた。そして視界の端に捉えることができたのは自分とよく似た灰色の髪だった。

「久しぶりだな…………」

 つまりそれはディリオン・マークレイの兄、————『ブレイク・マークレイ』。その名が示すモノは『MH』をまとめ上げる現役のトップの名前。権力こそ父であるニグレイが有しているが、その名だけでそこらのギャングに対しては十分すぎる程の効力を持つ。

 そして、そんな人物とディリオンは拳三つ分ほどの距離で対峙していた。

「久しぶりだな……兄貴……」

 ディリオンとしては病弱だったはずの兄がどうしてこれだけの暴力を奮うことが出来るのか理解できない。だが、それ以前にこの場に兄がいるという事実が噂伝いに聞いていたことを現実なのだと理解させる。

「受け止めたか……」

 互いの腕は十字を組むように交錯していて、肩に大きな衝撃こそ与えられたが、完全な不意打ちとまではいかなかった。無論、一切声を上げずに攻撃されていれば一発でディリオンの意識は吹き飛んでいたのかもしれないが。

「本当に、『MH』のギャングとして活動しているようだな……」

「そりゃ、そうだ……。俺はニグレイ・マークレイの息子だからな……」

 ディリオンは腰に仕舞い直したグロックに意識を向けるが、少しでも全身の力をブレイクからの攻撃を抑えることから逸らしてしまえば一気に体勢が崩れてしまいそうだ。

「俺もそうだが……。もう『MH』なんかとは離れているぞ……」

「知ってるさ……」

 兄弟同士の争いが始まった。

 しかしそれは兄弟喧嘩の範疇に収まらない。


 メリッサは残り二発という銃弾(敵がいない状態になれば弾倉(マガジン)を交換して銃弾を補充できるが、敵を目の前にしてはその時間がない)を使用するべきか検討して、コンマ数秒で「使用する」という答えを出したのだが、ディリオンともう一人の男は腕を交錯させ合い、ジリジリとその場でまるで鍔迫り合いをするようにして動いている。

 つまり、無闇に発砲してしまえばディリオンを巻き込んでしまう可能性が出てくる。

(どうすればいいんだ……)

 腕に抱える自動小銃が彼女の迷いを体現するかのように揺れている。


『rk』本拠地の地上四階の廊下を歩くメムはやけに静かなその空間の中に懐かしい部屋を発見した。本来であれば彼女の目的(麻薬取引会談中の父親を発見する)のために寄り道などしている暇ではないのだが、……かといって、ある意味ではその部屋も取引に使うには防音性能面などでは優れているので「もしかしたら……」という気がして立ち寄ることを決心した。


 その防音性が悲劇の幕開け(ひきがね)となったのか。

 ザクセスという『rk』のトップは気がついた時には肩口から鮮血を綺麗な床に溢れさせていた。もちろんその事象にテーブルの対面に座るニグレイも反応するが、互いに会談中ということもあり、武器は携帯していなかった。つまり、襲撃者には無防備な状態だった。

「何を、……、どこで……しているので…………」

 そして部屋の入り口からは青い髪の死神が顔を覗かせている。


 それはなんと皮肉なことなのだろうか。「場所が悪かった」そんな言葉では片付けられない。

 メムという少女は母親がザクセスに殺されなければならなかった理由を確かめるためにこの地に赴いた。が、その父親を発見したのは昔家族で食事をとっていた部屋だった。

 つまり、———母親が殺された部屋だった(、、、、、、、、、、、、)。

「何を、……どこで……しているので…………」

 彼女の抱えている銃は自分自身でも気がつかない内に煙を立ち込めさせていた。そして銃口から一直線に放出された弾は自分の父親である————すなわち『rk』のトップであるザクセスの肩を貫通する形で貫いていた。

 メムにはなぜ母親が殺されたのか理由を確かめる、という最終的な目的があったはずだが、今となってはその目的よりも彷彿した感情が優先されている。

 それは明らかな「怒り」の感情だった。

「人の墓場でなにをやっているので」

 一般人が聞けば肩を震え上がらせて全身をできる限り小さくして縮こまっただろう。どこかに一目散に逃げただろう。床の上を這いずるように距離を取ろうとしただろう。

 それほどに冷徹な声が防音性を秘めた……言い換えればその部屋の中だけの音は確実に閉じ込める「檻」の中に響き渡らせる。ニグレイには理解出来ないだろうが、ザクセスには彼女が何を思ってその行動を引き起こしたか十分に予想ができた。

「帰ってきた……という訳ではないようだな…………」

「当たり前なので」

 肩口からダムが決壊したように溢れ出る血液をもう片方の腕で必死に押さえつけながら、それでいて声ははっきりとした調子でザクセスは部屋の入り口付近に立っているメムを見つめる。

「心当たりはあるので……?」

 地上三階では『MH』が、四階では『rk』が。それぞれの戦いを展開している。


 

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