三章 5
メムと階段で別れたディリオンとメリッサは三階の大広間へ突撃する前に予めの動きを決めておいた。それは一度のリロードによりハンドガンであるグロックよりも多数の弾数を放出できる自動小銃『AKM』を持つメリッサが先手を打つというものだ。単純であるが、一気に相手の頭数を減らすことができて、ディリオンが動く隙もできる、という一石二鳥。
つまり、メリッサがギャング達の視線を集める間に、彼はすみやかに移動を開始する。
どれだけ戦闘に慣れていようと……、いいや、慣れているほど銃の音には敏感になるし、敏感になればなるほどそれを危険と判断する能力も向上する。
そしてそれが今回においては命取りとなる。
メリッサが自動小銃『AKM』を抱えて大広間の入り口から飛び出すようにして先行すると、椅子の影に隠れていた男達は一斉に体を上げて反撃のために安全装置を解除して照準を飛び込んできた赤い少女に合わせる。が、その背後。
(……)
ディリオン・マークレイ。その青年は大広間の正規的な入り口ではなく、誰も知らないであろう小さな緊急用の脱出通路とも呼べるものを使って、その部屋に侵入していた。
と言っても、これはメムから教えてもらった秘密の抜け道のようなものだし、バレないように細工が施されている通路だといっても、通過する際には多少の音が生じてしまう。が、この状況ではそんな音は誰にも聞こえない。それはなぜか、————メリッサの発砲による大爆音が些細な音などかき消してしまうからだ。そして背後をとってしまえばなんてことはない。
(五人……か……)
この部屋にいると思われたブレイクなどの『MH』のメンバーはすぐに見つける事は出来ず、視界に収まったのは『rk』の五人のギャングだった。本来ならその二倍の数はギャングがいたはずだが、本来いるべきギャングの五人はすでにメリッサの手よって射殺されている。
それだけでも戦況は十分に変化してくる。
おそらくだが、ブレイクなどの『MH』も同じ部屋にいるのだろうが、ここで立場上で培った経験がここで起こす行動に差を出したのだろう。
大広間の正面入り口から身を飛び出させたメリッサに銃を向けているギャング達は『rk』のボスを守るという名目を持っているであろう、いわば戦闘員。対して、ブレイクは守られる立場だ。つまり、このような戦況に場が整えられれば、まず自分が顔を出すのではなく、それに適した人材を攻撃に回し、自分は影から次の一手を思考するはずだ。
ディリオンの目標(といても明確に確立されているものではないが)にはブレイクを見つけることが最優先事項に含まれるのだが、今はそんなことを言っていられない。
メリッサと共に考えた作戦通りに行動するのであれば今行うべき行動はブレイクを発見することではなく————、背後をとったギャング達を暗殺することだ。
かといってグロックというハンドガンでは一気に五人を押さえ込む事は難しい。だから、
「こっちにもいるんだぞ‼︎」
背後から大声を張り上げて注意を集める。そして、二人だけでも確実に仕留めればいい。
パンパンッッ‼︎ というハンドガン特有の乾いた音が数回重なり、慌てて振り向いた五人の男の心臓を二つほど貫通させる。続いて、残りの三人が銃口をこちらに向けるが、
「ボクはもうすぐ近くだぞ?」
その言葉がディリオンに銃を向ける三人のギャングの動きを停止させる。
男達は引き金に手をかけているはずなのに、その指先が小刻みに震えて、最後の動作を完遂させることすらままならない。理由は、きっと単純なのだろう。
恐怖。死を伝える冷たい『ギャング狩り』の言葉。
通り(ストリート)で五年間もギャングを殺害してきた彼女の言葉はどれほど彼らの奥に届いているのか。いいや、それ以前に。————メリッサの向ける銃口が男たちの頭から僅か三センチの距離で静止している。つまり、スピード勝負。そして固まってしまった男達。
その時点で勝負は決まった。
「お前らがギャングという時点でボクの行動は決まっている。悪く思うな」
大広間に二度目の嵐が吹き荒(すさ)ぶ。
メムは四階に辿り着いた途端に、なぜか心に哀愁のようなものが滲んでくる感覚を味わった。
一つ下の階層からは猛獣の咆哮のような音が休む間もなく鳴り響いていたが、それでもなぜだか心の部分はやけに静かな状態だった。
それはやはり、長い時間を過ごした場所であり、母親を失った場所であるからなのだろう。しかしそこに思い出が生み出してくれる暖かさなど一片たりとも存在しない。漂っているのはその真逆と呼べるであろう、思い出を最悪にした冷たさだった。
『rk』の本拠地の四階(最上階)には大小含めればかなりの数の部屋があるのだが、麻薬取引会談に使うのは豪華であり広い部屋だろう、という予想は簡単に立てることができる。
つまり、それに該当する部屋を順繰りにあたっていけば自(おの)ずと正解の部屋を引き当てることができる。そしてメムからしては有り難いことに四階の大きな部屋はかなり限られている。
(……さぁ、私の最終目的のために動いていくので。二人も無事でいるように祈るので)
アヴェリーを含む五十人を超えるアルバカーキ警察特別部隊ギャング対策本部先行は電子メールに掲載されていた地図を頼りに、警察車両である程度近くまで進み、それより先は両腕で散弾銃を抱えて暗闇の通りを静かな足取りで進んでいた。
時間短縮的な面で見れば危険を承知で車で突っ切った方が良いのだが、不要な争いで警察側に負傷者を出すわけにはいかない。かといって、警察官とて夜の通り(ストリート)には滅多に踏み込む事はないので十分に注意しておかなければいけない。無線機からは本部に残っているハリソンからの指示が飛んでいるが、本部側にも緊張があるのか指令がいつもより細かなことに対しても出されている。そして、そのまま指示に従い数十分ほど進んでいくと真っ暗な通り(ストリート)の中にポツリと明かりが灯った四階建ての建造物が出現した。平たくいえば雑居ビルのようなものか。
そして、アヴェリーはその瞬間にほんの欠片であったが視認してしまったのだ。
「…………ディリオン…………………………?」
建物の二階から三階に続く階段? だろうか。そこに配置されている窓に二人の少女と五年間を共に施設で過ごした少年の顔が映ったのは。
そしてその数秒後、外まで響いてくるような低重音が四階建ての雑居ビル内部を駆け抜ける。
それは銃声だった。まるで戦いの始まりを告げるような。
「————ディリオン‼︎」
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