三章 4
舞台の役者があと数分で揃う。
アルバカーキの夜の街を走り抜ける警察車両の中、アヴェリーは散弾銃を握りしめていた。通常の警察官の場合、携帯するのはハンドガンだが、アルバカーキという街でギャングの対処にあたる彼女が所属している部隊はその危険性から散弾銃の装備が許可されている。
そして、今日この時にそれらが直接使用されることになる可能性は極めて高い。
(大丈夫なはずよ……。あの子はもう関係ないんだから……)
アヴェリーの中に渦巻く感情の正体はディリオンという少年に対する信頼か、不安か。
彼女自身すら、その気持ちの全貌を知ることは出来ていない。
その同時刻のことだった。『rk』の本拠地に乗り込んだ誰も予想していないであろう勢力である三人の青年少女は地上三階————つまり『rk』の数十人のギャングと『MH』のトップ、側近が待機している階層へと辿りついていた。
正直な感想を述べると三階に辿り着くまでもちろん警戒を怠ってはいないが、これといった危険とは直面していない。というのも『rk』のギャング達も『MH』を刺激しすぎるのはよくない、と信頼できる数人のみを残して残りのメンバーには外に出払っておくように伝えているのかもしれない。それもまた彼らがここまで進むことができた大きな要因であった。
「これから先が本番なので」
通路の影から先に続く道の様子を確認するメムは、今まで明るかった顔をわずかに曇らせながら小さく声を出す。
「ああ……」メリッサもこれから通らなければいけない道に三人程度佇んでいるギャング達を見て『AKM』を握り締める腕に力が入る。「これから先は交戦を避けられそうにないな……」
「そうみたいだな……」
ディリオンも同じように状況を把握して腰に忍ばせているグロックを握りしめる手に汗が滲む。もちろん三人とも速やかに行動するため、銃弾などを詰めた大荷物は抱えていないので発泡できる弾数には上限がある。かといって出し惜しみが出来るような相手ではない。
「私が行くので」そこで声を上げたのはメムだ。「ディリオンとメリッサは三階の大広間に向かうなら弾数のストックは大事になってくるので。それと比べて私が向かうのは四階……、多分だけどそこでは取引の為にお互いの組織のボスしかいないはず……つまり、ここである程度弾を消費したとしても二人くらいなら残りの分で十分なので」
「一人で大丈夫なのか……?」
「ここまできてそんな心配は無用なので。っていうか、私も通り(ストリート)で数年一人で生きてきているし、今までだって経験は積んできているので心配無用。そちらこそ、数十人のトップギャングを相手をする準備はできているので?」
ニヤリ、とギャングらしい笑みをその顔に浮かべたメムは手に抱えている自動小銃の安全装置(セーフティー)を解除する。
「大丈夫だ」「こっちも」
カチッと小さく響く冷たい金属音に似たそれが、まるでかけっこのスタートの合図のようだった。
「じゃあ、健闘を祈る」————そして地面が蹴られた。
次に高級な絨毯がまるでサーファーが好む大きなビッグウェーブのように波打った。かと思えば、それを踏み締めた少女の体が大きな廊下に放出される。
「やぁ、久しぶりなので。なんて言ってみたり?」
急に出てきた少女の見慣れた顔や、その言葉に廊下に屹立していた数人は思わず「メムさん」と声をかけそうになるが、次の瞬間に何かを悟って、身を翻すように背後に飛んだ。
ギャングがその格好(プライド)を気にしない、というのはその在り方としてどうかと思うのだが、それでもやはり男達はそのような行動を取るしかなった。
だって、そんな格好(プライド)なんて命がなくなってしまえば何の意味もないのだから。が、
「避けたって遅いので……」
彼女の指は既に引き金(トリガー)にかかっていて、その顔には獰猛な猛獣のような笑みが張り付いていた。
「————ここで終わりなので」
男達の顔が鮮明に青白くなる。不思議なことに、その顔はまだ死んでいない男達が作り出した表情のはずなのに、既に命を失っている死人のようにも思える。
しかし、それは未来を数瞬先に表しただけだ。
彼女の細い指が動かされる。たったそれだけ。一つの簡単な動作。
それで彼らの命は消えてしまう。
ドガドガドッドドドドッドドドドッッ‼︎‼︎ と連続性のある重厚な音が廊下を締める。
三人を殺すにしては発砲が過ぎるかと思われる弾数が一瞬でその銃口から吐き出される。
もちろんのことながら蜂の巣状態になった男達は叫ぶ暇すら与えられることはなく、既に死亡していた。顔に残っている表情は苦痛なのか、悲嘆なのか。よくわからない。
「あなた達にそこまで恨みはないけど、しょうがないので」
そしてそれらの死体を眺める彼女の目は熱を宿していなかった。まるで事務作業をこなすようにしてそれらを乗り越えるために一歩を踏み出す。
彼女の左目を隠している長く青い前髪が気だるげに揺れる。
「さぁ、ギャング達がこの場所に集結する前に目的の場所へと各々で移動するので」
『rk』本拠地、地上四階の豪華な装飾が施された部屋。その中に設置された豪華なテーブルに『MH』と『rk』のトップは深く腰掛けていた。
お互いに葉巻を好んでいるため、テーブルの中央には灰皿がポツンと置かれている。
「なにか音がしませんでしたか?」
「そんなことはないと思いますけど……」
『rk』側のトップである男、ザクセスはニグレイという『MH』のボスが投げかけてきた言葉に小首を傾げながら口から綺麗な形の煙を吐き出す。
しかし一つ下の階層ではこの時、メムが乱射した自動小銃の音が鳴り響いているのだが……。
もちろん、そのような重厚な音は分厚い壁、そして階層なんて優に跨いで振動すらも伝えてくるはずだ。だが、この部屋においてはそれらの常識は通用しなかった。
完璧なまでの防音体制。————それは内部の音も漏らさないし、外部の音も取り込まない。
なぜそのような仕様がこの部屋に取り付けられているのか、と悩んだら誰もが最初に「取引に使うためだから」と、答えそうなものだがそれは違う。もともと、取引は三階で行われていたし、四階に人を上げることなんて滅多になかったのだ。
では、なぜこの部屋に防音体制なんてものが敷かれているのか。その答えは五年ほど前に遡る。ザクセスという『rk』のボスは家族での食事の時間をとても大事にしている男だった。
といっても部下とのギャングに関する会話が展開されないだけで、家族内でのギャングに関する会話はたくさんあった。まぁ、もうこの世にいない人物ではあるが、自分の妻だけは毎回ギャングに関する話になると顔をしかめていたような記憶があるのだが……。
そしてもちろんその場には今はどこかに行ってしまったがメムという自分の一人娘もいた。
まぁ、だらだら説明しても仕方がないので、簡単にいえば三人だけの空間を作る為にこの部屋には防音効果が敷かれていたのだ。
つまり、そこは昔家族で揃って食事をとっていた空間だった(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。
「そうですか?」
「気のせいだと思いますよ。さぁ、取引の話を続けましょう」
しかし今回ばかりはそれが仇となった。
なにせ、悪魔の手が一つ下の階層まで伸びているのだから。
三階の大広間に座っているブレイクとスーツの男は同時に顔をバッと上げた。
「「なんだ⁉︎」」
理由は単純。同じ階層の廊下からけたたましい銃声が聞こえてきたのだ。そして驚いているのは二人だけではなく『rk』の十人ほどいるギャングも同じようだった。それが示しているのは誰もが予期していない、または意図していない事態が起こったということ。
もちろん大広間に滞在しているブレイクを含めた十二人の男は事態の全貌を知り、対処するためにその席を立って移動を開始しようとするが、それは叶わなかた。
「「「「「「伏せろ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」」」」」」
叫んだ声と同時、ブレイクの目の前で五輪にもなる血液の花が咲いた。
鮮やかさを伴っている赤色の液体がまるで夜空に咲く花火のように部屋中に巻き散らかされ、それぞれの最後の命の紋様を表現していく。
ブレイク、スーツの男を含む、大広間で息をしている残りの七人は自分が座っていてた椅子に大きな体を隠すようにして顔だけを僅かに出し、巻き起こった事象の全貌、そしてその災害の元凶を知る。
「………………‼︎‼︎⁉︎」
そして誰もが息を呑んだ。五人は既に即死、そしてそれを起こしたであろう人物が大広間の入り口あたりにその影を伸ばしている。
————赤い髪、高い位置でまとめられたポニーテール、細い体には大き過ぎる自動小銃『AKM』。
その姿を見て、誰よりも先にその口を開いたのはスーツの男だった。彼は三日前、彼女とガソリンスタンドで対峙している。
「なぜここに…………、『ギャング狩り』が…………」
漏れた声はザラザラと掠れていて、まるで砂漠の中で会話をしているよう。
「さぁ、ここで暴れようか。さっさと『MH』がこの場に集まってくるために‼︎」
しかし災害の元凶は待ってはくれない。影が不鮮明に伸縮して襲いかかる。
————ギャング狩りが開始される。
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