三章 2
メムの家の倉庫での武器選択からおおよそ二時間、ディリオン、メリッサ、メムの三人は、主にメムの案内により、通り(ストリート)の薄暗い道を進んでいく。『MH』のギャングメンバーが死亡したという情報がアルバカーキに潜んでいる下部のギャングたちにも浸透しているのか、ガソリンスタンドでメリッサが『MH』のギャングを殺害してから三日が経過しているにも拘(かかわ)らず、通り(ストリート)でいつものようにエンジンを噴かして騒がしい音を立てているような者は一人たりとも存在しない。おそらく『MH』のギャング達が動いていることを懸念しているのだろう。
正直な話をするとメリッサはともかく、ディリオンやメムなどといった巨大組織の重要人物は通り(ストリート)を二十一時以降、身を隠すことなく歩くことはかなりの危険が付き纏う。というのも重要人物であるが故に上部組織(ファミリー)にしか、その名前や容姿などが明かされていないのである。
だから、いつものように通り(ストリート)が下部のギャングで溢れていれば絡まれていたかもしれないし、通行することすら難しかったかもしれない(いちいち相手をしなければならないため)。
なので、通りにギャングが居ないというこの状況は三人にとっては僥倖(ぎょうこう)だった。
「これも『ギャング狩り』のおかげなのでは?」
「ボクは別にこうなることを狙って奴を撃った訳ではないのだが、まぁ、結果論だな……」
薄暗い通り(ストリート)は歩き慣れているはずなのに、これから向かう場所の危険性の前触れでも示すように、まるで地雷が埋め込まれている戦場のように感じ、一歩を踏み出すことに慎重になる。
「そういえば、俺も知らないな。『rk』の本拠地なんて場所は……」
「ま、いわれてみれば昔一緒に遊んでいた時は一度も来たことがないような気がするので。でもまぁ、私からすれば実家のようなものなので道を間違えることはないので安心してくれて大丈夫なので」三人の中でただ一人だけ足取りが軽いメムは二人を暗闇の奥へと先導していく。
「ところで、その道のりは大丈夫だとして潜入することは大丈夫なのか?」前を行くメムの背中を追いかけながらメリッサが言う。「なんたってアルバカーキ六大ギャングの一角だ。たとえその本拠地に辿りついたとしても周りに『rk』のギャング達がうじゃうじゃいるんじゃないか?」
メリッサの心配はもっともなものだ。ディリオンはメムから知らされることによって初めて耳に入れた情報なのだが、どうやら今日は『rk』と『MH』が麻薬取引の会談を行なうらしい。まぁ、考えてみれば麻薬の『rk』と政治の『MH』だ。組み合わせれば完全犯罪など簡単だろう。
「それについては大丈夫なので。私の実家だよ、通常の家でいうところの裏口だって知ってるので」ちょっとばかり不思議な入り口だけど、と彼女は付け足して、「でも、いざ『rk』のギャング達と対面しても心配することはないので」
「え? どうしてそうなるんだ? ボクたち、……というよりメムは離反しているんだろう?」
「ま、それはそうかもしれないけど、実際には『rk』という組織から離れているだけで、二日前にも話した通りまだ完全に反逆行動を取っている訳じゃない。だから、仮に『rk』のギャングメンバーに見つかってしまったとしても『帰ってきた』って嘘をつけばいいので」
「……なんだか、難しい判断基準だな……」口を挟むディリオンに、
「ま、安全性がゼロってよりかはいいと思うので」メムは軽い調子で返答する。
「……それはそうだな……」
「でも見つからない方がいいのは確かなことなので。私たちの存在がバレて反逆行動を起こすのと私たちが『rk』の本拠地に入り込んでいることを知られないで行動を開始するのでは全く話が変わってくるので。まぁ、言い換えると死亡確率に直結してくるので」
やはり、そのような物騒なことを口にしていても表情や声色が変わらないのがメムらしいところなのだろうか。が、気になる点がある。それはディリオンからすれば彼女は別段ギャングに対して嫌悪感を抱いていなかった記憶があるのだ。あまり詮索をするつもりはないが————となると、メムもまた自分と同じように、何か彼女を根本から変えてしまうような出来事がディリオンの知らない五年間の内にあったのだろう。……と、そこで。
「そろそろ、足を止めるので。見えてきた……。『rk』の本拠地が……」
「あれが…………」
「あそこに…………」
暗闇の中に唐突に出現した光源。黒い男達。黒い勢力。目と鼻の先に地獄が広がっている。
そして、見慣れた一台の車が停車している。それが示すのは、
「どうやら『MH』も到着しているらしいな……」
ニグレイ・マークレイとブレイク・マークレイは『rk』の本拠地の中で別行動を取っていた。そして何より明記すべきことは『MH』だけではなく、アルバカーキの政治面をも掌握しているニグレイが現在たった一人で廊下を歩いていることだろう。もちろん通常であればこんなことは有り得ない。安全が確保された自室から出る時は常に誰かが(スーツの男「側近」が多い)ついていることが当たり前なのだが、このような取引の場では相手のボスも一人で話合いに応じるため、こちらだけ仲間を側につけておくといった行動は禁止(タブー)なのだ。かといってそれで相手を信頼していいか、と問われればイェスとは即答できない。なにせ、今ニグレイが歩いているのは『rk』の本拠地なのだ。つまり、安全面では未知数の場である。だからこそ、ニグレイは自分の陣地で取引を進めたかったのだが、此処まで来て今更弱音を吐いたところでもう遅い。あとはもう、取引をうまく進めて、早く安全が確保されている自分の拠点に戻るのみだ。
それに、緊急事態が起こってしまった場合のために『rk』本拠地周辺に駒は配置してある(、、、、、、、、、、、)。
「やぁ、ニグレイさん」
と、そこで角を曲がった直後声をかけられた。普段なら五〇になってしまった年齢など気にせずに後転しながらでも距離を取るだろうが、今回ばかりは笑顔を浮かべる。
理由は単純。それが知り合いの声だったからだ。そして今回の直接の取引相手。
「こんばんは。ザクセスさん……」
それは『rk』のボスだった。
二人は共に廊下を進んで豪華な部屋に向かう。
ブレイク・マークレイはスーツの男(ニグレイの側近)と共にホテルでいえばロビーに該当するであろう所で椅子に腰掛けていた。しかしロビーと一言で説明しても、事実この部屋は地上三階に属しているのだからロビーというには少しばかり無理があるのかもしれない。
「今回も上手くいくといいですね」
側近であるスーツの男は自分の長年仕えている人物の身の安全は確実だと思っているのか口調はそこまで重くはなかった。まぁ、事実としてこのような『rk』と『MH』の取引会談は過去に両手で数えられる程度は綺麗に話が纏まっているので、心配事は少ないのかもしれない。
「そうだな……」
それに冷徹さをあまりにも秘めた声で返したのはブレイクという現在の『MH』のトップだ。
彼がギャングになったのには特殊な理由がある。というより、元々病弱だった彼がギャングになったこと。と表現した方がそれは明確なのかもしれないが。
「昔から気になっていましたが、私のことは嫌いなのですか?」
「知らねーよ」
ブレイクはあたりをグルリと見回しながら口の中だけで小さく呟く。周囲にはおそらく『rk』に所属しているギャングだろうが、それらが十人ほど滞在している。
「そうですか……」
「まぁ、アイツのことを父さんの言いなり通りの道に進めたことは腹が立っているがな」
彼らの周りに滞在してる『rk』(?)のギャング達は別段、『MH』と言う別組織を威圧したり、睨みを利かせているわけではないが、それでも一応の監視という役割を担っているのだろう。
だからだろうか……、もちろんのことながらその全員が銃を携帯している。
(今頃街から離れていればいいが……。今日は『MH』は動かないだろうからな……)
想いなど届くはずもない。が、そう思わずにはいられない。たった一人の弟を。
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