三章 1
作戦実行直前のことだ。家の中で三人は最終準備を行なっていた。
「さ、ここから自分の好きなものを選ぶといいので。お気に召すものはあるかな?」
「メム……、お前って武器屋じゃないよな……?」
「もちろんなので。おっ、メリッサはセンスがいいようなので」
「まさか家に置いてけぼりになっている『AKM』がここで手に取れるとは……」
つまり、現在行っている作業は武器の選択だった。
一人暮らしにしては(通り(ストリート)ではあるが)かなり大きな家だと二日前に訪れた時から思っていたが、倉庫に銃器が溢れていると分かった時には流石に腰を抜かしそうになった。
やはりアルバカーキトップのギャング組織(ファミリー)一角『rk』というだけあって麻薬によって資金面ではかなり潤っているようだ。
「ディリオンは武器を選ばなくていいので?」
「ああ、俺はこいつで十分だ……」
彼は腰に隠しているグロックに軽く触れると、小さく頷いた。
「じゃ、そろそろ出発するので。この街の運命を変える心の準備はできているので?」
「もちろん」
「ああ」
三人は改めて、手を重ねる。
「じゃ、最後に完全な味方とは断定できないかもしれないけど増援だけ呼んでおくので」
メムは携帯電話を操作すると、慣れた手つきで文字を入力してから送信する。
「どこに連絡を入れたんだ?」
「ん? まぁ、ギャングに対抗できる武力を持っていて、ギャングと交戦することに恐怖を感じないようなこの街のヒーロー。おそらく来てくれると思うので……」
ニグレイ・マークレイ、ブレイク・マークレイは共に車の後部座席に乗っていた。
向かっているのは『rk』というアルバカーキを席巻するギャング組織の本拠地。ニグレイ側からすると、自分たちが相手が完全に支配権を握っている陣地に足を運ぶというのは反対だったのだが、取引相手なので「どうしても」という風にお願いされると、そう簡単に断る事はできない。もちろん長年の付き合いになるので裏切りなどを予期しているわけではないのだが、ギャングというものを相手にする場合、注意しておいて損をすることなど何もない。
「もうそろそろ、到着します」
運転席から声をかけてきたのはスーツの男だ。彼はニグレイの側近として長年、彼を支えてきた。もちろん実力が無ければニグレイなんていう裏の裏でも活躍を続けている男に信頼を置かれることはない。……つまり、彼もまた側近という肩書であるが、かなりの曲者だった。
「今回もうまく取引が進むといいけどな……。なぁ……ブレイク」
「……」
名前を呼ばれた二〇代の男は真っ黒なプライバシーガラス(内側からだと外の景色を視認することは可能)の外に広がるアルバカーキの黒く染まった景色を静かに眺めて、
(………………)
遠く、思いを馳せるように何かを思っていた。
それは彼しか知らない。誰も知ることはできない。
ただ、ニグレイという父親は血が繋がっているからか、明確な気持ちなど確かめようもないが、こう予想していた。
(ふん……。どうせ、またあの出来損ないの弟のことでも考えているのだろう……)、と。
アルバカーキの警察という大きなくくりで見れば一般の警察官と常時の在り方は大して変わることはないのだが、ギャング関連の事件が発生した、となると急に別物の特殊部隊のようにその動きを変える存在、アルバカーキ警察特別部隊ギャング対策本部先行の一同は本部に届けられたその電子メールに息を飲んでいた。
『アルバカーキギャング組織(ファミリー)『rk』および『MH』による麻薬取引の現場詳細』
本部(ギャング関連事件)では第一の権力を持つ無精髭を生やした男、ハリソンは届けられたそのメールのタイトルに僅かに逡巡しながらもカーソルをメール開封の位置にまで持っていく。もちろん悪質な悪戯(いたずら)である可能性も否定することはできないが、一般人が仕掛ける悪戯にしてはその名前を使うのはあまりにも命知らずだと感じた。
「どう思う……」
「なんとも言えませんが、やはり悪戯にしては度合いがおかしいです。やはり信憑性があるものだと思った方がいいのかもしれませんね……」
メールが表示されているパソコンの画面を横から覗き込んで吟味する声を出したのはこの部隊に配属されて二ヶ月が経ったアヴェリーという女性警察官だった。
「やはりそうだよな。そして気になるんだ。『MH』って名前が……」
「そうですね。つい二日前に私たちが訪れた現場で死体として転がっていたのも『MH』のギャングメンバーでしたし……」アヴェリーは、『MH』という組織とディリオンという少年のあまりにも接点が有り過ぎる証拠が同じ現場に揃ってしまっていたことに嫌な予感を覚えるが、やはり、その不安を払拭するためには自分の職務を全うしてディリオンは今回の件に関係ないことを証明するしかない。もちろん、これは彼女が施設で五年間ディリオンの面倒を見てきたことによる少しばかりの思い入れが影響しているのかもしれないが、彼女の記憶の中でディリオンはギャングには戻らない、そう決心していたはずだ。
だったのなら、何かの間違いに違いない。そう信じたいし、そうであることを証明したい。
「よし、では開くぞ……」
「はい」
「もちろん悪戯の可能性は捨て切れないが、まずは情報を……」
そして、メール開封ボタンをクリックする。と、同時に、
「……な……なんだ……」
本文に並べられたその文字の羅列にハリソンは泡を拭いて卒倒してしまいそうになった。
配属二ヶ月目でギャングについてもそれなりの知識しかないアヴェリーには理解しようもないのだが、そこに並べられていた文字は『ある意味ではアルバカーキ警察特別部隊ギャング対策本部という一大組織を馬鹿にしているような(、、、、、、、、、、)内容』だった。
もちろん文字通り、馬鹿にしているのではない。だがそれは、そこに記されている内容は、『ある意味で』ハリソンの数十年の努力をまるでタンポポの綿毛のように吹き飛ばしてしまいかねないものだった。つまり、情報が濃い。信憑性に足りるものしか記されていない。
ハリソンが数十年かけて集めた情報(もちろん、そんなものは一般人どころか警察官であっても普通は知り得ることのできない情報)が辞書に載っているような当たり前のことのように記されていて、さらにハリソンすら一生かかっても知ることが出来なかったであろうギャングに関する情報がまるで数学の途中式のように長々と並べられている。
そしてなんといっても、数式で例えるならば、一番注目すべきはその『解』だった。
「「————————————————‼︎」」
パソコンの画面を覗き込んでいた二人は同時に固唾を飲む。そこには、
「今までどれだけ探しても情報のほんの一欠片すら転がっていなかった……、アルバカーキ最大勢力、一角のギャング組織(ファミリー)『rk』の本拠地……の所在地……だと……」
その情報は天から降ってきた神の思し召しなのか、はたまた地獄から差し伸べられた魔の手なのか。その情報が信憑生を保持していたとしても、信じること、知ってしまったこと、なによりその地に赴くことが警察官の意地かプライドか善意か正義か誇りか。
ともかく、どの道片道切符である可能性は非常に高い。
だが、警察官として、ギャングを壊滅さしめようとする者として、その代表としてハリソンの意思は固く決まっていた。
「この情報は、確かに信頼できるものだ。私が保証しよう……」
「…………つまり………………?」
「ああ、決まっている。ここに乗り込む。アルバカーキ警察特別部隊ギャング対策本部の全勢力をあげて必ず押さえ込む。それがアルバカーキという街を正す第一歩だ……」
ハリソンは両の拳に力を込める。
「それにここでギャングが存続する温床となる麻薬の取引が行われるんだ。もちろん私たちが相手にするのは『rk』だけではない。『MH』もだ」
その言葉に秘められている危険性は第一線でギャングという存在と対峙してきたハリソンが誰よりもよく理解している。だけど、手を伸ばせば遮断できる悪を野放しにする訳にはいかない。ハリソンという人間はそれを許す人物ではない。
「持てる限りの総力総員を導入する。緊急だ‼︎ ここに集めろ‼︎」
動く。動く。動く。三つの勢力が。
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