行間 その中で生きている
グラント・アヴェリーはアルバカーキ警察特別部隊ギャング対策本部先行に配属されていた。女性警察官がこの部隊に配属されることはかなり珍しく、彼女が周りを見回しても周りは屈強な男が揃っている。わかりやすく例えると、中学などのサッカー部に一人だけ選手枠として紛れている女子部員、といった感じだろうか。とはいえ、自分で志願したのだが。
「アヴェリー、こちらを頼む」
そんな様子を窺っていた彼女だが、不意に背後から声をかけられて振り返る。
「はい」
そこにいたのは無精髭を生やしているギャング関係捜索に関してはトップに君臨する捜索本部長ハリソンだ。元々、そのような上層部とも呼べる人間は現場に赴くことなく、集められた情報を元に安全圏で事件の全貌を推測する、という役割を担っているというのが通例のはずなのだが、今回ばかりは自ら現場に足を運ぶと決めたようだ。
「まったく、アルバカーキギャング『MH』……。彼らが殺害されているなんてな……」
ギャング対策として動くこの組織にアヴェリーは二ヶ月前————、つまりディリオンという少年を保護施設から送り出した後に参加した。もちろん、彼女は元々警察官であったが施設で子供達の面倒を見る、などの比較的事件とは直接関係のないところで職務を全うしていた人間だ。
だが、ディリオンという人間の生い立ちを聞き、ギャング組織を取締る、という方面に自分の警察官として人生を方向転換したのだ。
もちろん両親からの反対もあった。なにしろアルバカーキに長年巣食っているギャングを相手にすることになるのだ。心配しない親のほうが珍しい。
まぁ、怪我したらお嫁に行けなくなる、と言われた時は「心配しているのはそっちかよ」と少しばかりツッコミを入れたくなってしまったが、心配してくれていることに変わりはない。
だけど、アヴェリーはそれを振り切り、この道に警察官人生を進めることを決意した。
すこし臭いかもしれないが、それが今の彼女が追い求める正義のような気がしたのだ。
「そうですね。新米なのでなんとも言えないですが、アルバカーキに三〇〇あるギャング組織(ファミリー)を統括するような頂点六角の内の一角、なんでしたっけ?」
「そうだ。『MH』は最近特に動き回っているという情報も入手していたが、これほどまでに大きな組織が何に向かって力を動かしているのやら……」
ハリソンは自分の顎をゴシゴシとかなり強い力を込めて擦る。
「ハリソンさんでも分からないことなんですか? もう数十年このアルバカーキのギャング捜査の第一線で活躍されていると伺いましたが……」
「まぁ、何年やっていてもここの地域のギャングはわからないことだらけだ。なにしろ、その全貌が分かっているなら警察総力をあげて、すでに壊滅させている」
苦い顔で答えるハリソンにアヴェリーは不味いことを聞いてしまったか、と不安になるが、
「まぁ、何も心配する事はない。過去と今が情報を繋いでくれている」
ハリソンは通り(ストリート)の地面に倒れて、ただの肉塊となった二人の男を見る。
「人が死ぬ、ということは悲しいことではある。たとえそれがギャングに所属しているような荒くれ者だったとしても、だ」
しかし、彼は「でも」と言葉を続けて、
「その死が我々警察に貴重な情報をもたらしてくれることも少なくないんだ。そして今回はこの二人には悪いが、大きな収穫となりそうだ。なにせ『MH』だ。本来死ぬことなんて滅多にない、いいや、違うな。手を出されることなんて滅多にないギャングが殺されたんだ」彼は屈んでいた地面から腰を上げて、「それに仮に今までだって死んでいたかもしれないが、巨大組織の場合は痕跡を残さないようにするため、死体の回収も早い。だが、今回は……」
「死体が残っている……、つまり情報が残っている、ということですか?」
「そういうことだ。だいぶ俺の考えには慣れてきた頃か?」
二ヶ月という期間で上出来だ。とハリソンは笑う。
「いいえ、少しだけです。さすがにそんなに早くは追いつけませんよ」
「ま、それはいいとして、民間人には被害はゼロだった。これは確かなんだな?」
「はい。間違いありません」アヴェリーは地面に倒れ伏している死体を横目で見て、「おそらく大通りの道路を爆走していたギャングがいた、という目撃証言がありましたが、このギャング二人で間違いないでしょう」
「それは何よりだ。私たち警察官の本文はギャングを殲滅することを第一に考えることではなく、一般人の安全を確保する。ということにあるのだからな。長年、ギャングのことばかり捜査していてもこれだけは核に置いているつもりだ。で、目撃証言はそれだけか?」
「いいえ」そこで、アヴェリーはどうにも不思議そうな顔で。「それが、一般人の少女がギャングを一度は撃退した、なんていう情報が流れています……。」
そう。ギャング達が運転していた車とトラックが真正面から衝突しそうになった、という情報はその場にいた誰に聞いても全く同じ回答だった。つまり、それは恐怖状態に陥ってしまった一部の人間が見てしまった幻想なんてものではなく、事実ということ。
「何……。そんなことがありえるのか……。相手は普通のギャングではなく『MH』だぞ」
「私も正直困惑していますが……、誰に聞いても同じ返答が返ってきます」
二人はその情報をどう捉えるべきか吟味していたが、
「まぁ、それは後に詳しく調べることにしよう。それよりも、だ」
と、ようやくハリソンはアヴェリーを自分の元に呼び寄せた用件を伝える。
「そこに一丁自動小銃が落下している。それには確実に所持者だった者の指紋がついているはずだ。ま、もう死んでしまった二人の所有物という可能性が大きいが、調べておいて損はないだろう。頼んだ」
「了解しました」
アヴェリーは自分の手にある指紋検知器の電源をつけて、落下している自動小銃の元へと近づいていく。ちなみに指紋検知器とは翳(かざ)すのみでそこに付着している指紋を読み取ることのできる最新の機械である。
さらに、データベース(過去に犯罪を犯した者の指紋が登録されている)ものと合致すれば搭載されているモニター上にその人物が表示されるようになっている。
つまり、犯罪履歴のある者の指紋が事件現場に残されている何かしらの物体に付着していた場合、即刻で身元が確定する。なんていうとても便利な器具だ。
それを手にしたアヴェリーはゆっくりと自動小銃に翳(かざ)し、
「…………………………………………………………………………………………………………」
言葉が出なかった。……いいや、息が止まった。
しかしそれは仕方のないことだ。
「…………なん……で…………」
三十秒程まるで氷のように固まった後に口から飛び出した言葉はたったそれだけ。
だが、その言葉には凝縮された意味が詰まっている。
そしてその答えは指紋検知器のモニターに表示されていた。
『データベースに合致の指紋あり。該当者————————』
それは、それは、本当にアヴェリーの心を締め付けるのに十分だった。
『該当者————————ディリオン・マークレイ』
その二日後のことだ。
たった一通の電子メール。
それがアルバカーキ警察特別部隊ギャング対策本部先行の全てを動員することになるのは。
その夜に全てが動く。
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