二章 5

「それで、『ギャング狩り』であるボクを探していた、なんて言っていたがどういう事なんだ?」

 あれから一時間と少し。三者は自分の立場を相手が理解できるように噛み砕いて説明し合うと、今度こそ暴力沙汰に発展するような事はなく、落ち着いて机を囲んで座っている。

「それに関してはさっきも言った事と関係しているので、合わせて説明するけど、」

 メムはアメリカではかなりの知名度を誇っている(どこのスーパーにでも売っている)そこそこの値段のチョコレートを机の上に並べると、一応は客人という形であるメリッサやディリオンよりも先に手をつけて頬張った。果たしてこれはもてなすために出したのか、自分が食べたかったから出したのか……、実況見分で答えは出るに違いない……。(後者だろう)。

「私やディリオンがメリッサが思っているようなギャングではないという話があっと思うので」

「ああ。ディリオンやメムは既にギャング組織(ファミリー)から離反しているっていう話だろう?」

 メリッサもチョコレートがなくなってしまう前に、とテーブル上に手を伸ばす。

「その通りなので。つまり離反しているってことは言い換えればギャングが嫌いってことなので」メムは流石に一人でチョコレートを食べ過ぎたと思ったのか、テーブルに伸ばしそうになった手を引っ込めつつ「だから、もし噂通り『ギャング狩り』なんてものが本当に存在するのなら一緒に手を組んで六大組織の一角を潰そうと思っていたので」さらりと、この街のギャング構造を知る者であれば卒倒してしまいかねない爆弾発言を投下する。

 しかし、もちろんディリオンだってアルバカーキ六大ギャング組織(ファミリー)のボスの息子だし、メリッサだって『ギャング狩り』としての経験があるので反応といっても顔の筋肉が張った程度のものだった。

「……潰す? ギャング組織(ファミリー)自体を……?」

「そうなので。何を驚いているので? 『ギャング狩り』なんだからそれくらいしたいんじゃ?」

「もちろんできることならそうしたさ。でも、ボクだって個人で出来ることの上限くらい理解しているつもりだ」メリッサはチョコレート二つ目を手に取りながら、「だから今までは組織なんて巨大なものに無作為に立ち向かうのではなく、あくまでも個人を襲撃してきたんだ」

「なるほど。ま、それは妥当な判断だと思うので……」そこでメムはニヤリと笑って、「でも今は一人じゃないので。私にディリオン、自分で言うのは少し躊躇われるけど、この二人って意外と名前だけで多数のギャングが怖気付いてしまうほどのものなので」

 メムはディリオンを横目に見据える。

「それにさっきはアルバカーキ頂点六角のギャング組織(ファミリー)の一角を潰すって話だったけど、今回はその作戦を変更するので」

「それは……、もしかして……」ディリオンはメムの考えに気がつき口を挟もうとするが、

「まぁ、もしかしたらディリオンも知っているかもしれないけど、二日後に『MH』と『rk』の麻薬の取引会談が開かれるので。そこを襲撃して一気に二つの組織を壊滅させたいので」

 そこで出現した名前に僅かにメリッサの体が反応する。

「『MH』……。を……」

 その呟きは彼女にとってどれだけ意味を含んでいるものなのだろうか。一日ほど前の出来事だが、ガソリンスタンドに『MH』のギャング達が集結した際に彼女は「『MH』のギャングメンバーが自分の妹を殺した」と言っていた。つまり、メムからの提案はそれに近づく大きなチャンスであるということ。そして一人では不可能な所業が可能になるかもしれないということ。

 だけど、一般人を優先する『ギャング狩り』はここでこう尋ねた。

「でも、なんで離反しているのに潰そうとするんだ? ボクは別にギャングに所属していた経験はないんだが、ギャングから綺麗に足を洗っているというなら、それはある種一般人だと言ってもいい。じゃあなぜ、一般人に戻る事が出来ているのに、自分から渦中に飛び込んでいこうとするんだ?」メリッサの質問はギャングに精通していないものが聞けば正論に聞こえたのかもしれない。だけど、

「じゃあ、聞くけど、メリッサはディリオンが一般人に戻れているように見えるので?」

「……え……?」

「一般人なのに『MH』のギャングメンバーから追い回されるので? それが完璧にギャングを抜けられている状況だというので? 私にはそうは見えない」メムはメリッサの抜け目を埋めるようにして言葉を重ねる。「それに……、それは私にだって当てはまるので」その言葉はまるで沼のように深い印象を与えてくる。重くて、ドロドロしていて、踏み込んではいけない領域。

「それにメリッサだって一般人とは捉えられないので。理由は聞かないけど『ギャング狩り』なんていう一般常識からかけ離れた事をしているんだから、それなりの理由があるのでは?」

「それは……」

「答えなくていいので。そういう人の心に潜んでいる闇はお互い知らない方がいい事が多いので。そうだよね? ディリオン……」

「ああ……」

 ディリオンにも彼自身が抱え込んでいる問題がある。それが起点となってギャングを離れようと決心したし、ギャングという存在自体も嫌いになった。

 そして五年間も外界とは遮断された世界(しせつ)に閉じ込められていた。もちろんそんなことだけで自分の犯した過ちを償えるとは思っていないが、それでもギャングという存在から足を洗って離れて生きたいと思うには十分すぎる理由があった。

 この場合、ディリオンに『ギャング狩り』をしている理由を話してくれたメリッサの方が実は珍しくて、ギャングの間ではそのような心の奥に抱えていることは口には出さないことが通例というものだ。それはその弱さにつけ込まれる可能性を考慮してのことでもあるし、なにより、その類(たぐい)のものは他人と共有するではなく、自分自身に刻むものだからだ。

「ま、とにかく、『ギャング狩り』、ディリオン、私がギャングを嫌っている事は事実なので」

 そこでメムは真面目な顔になり、

「だけど確認しておきたい事があるので。それはギャングを嫌っているという共通事項を持っていても各々の目的がバラバラな可能性があるから、三人の一番の目標を聞いておきたいので。その答えに至った経緯や、体験した経験なんてのは述べる必要はないので。ただ最終的な一番大きな目的を言って欲しいので」

 メムが言うには、それが『MH』と『rk』の麻薬取引会談に襲撃を与える際の作戦に参加させるか、させないかの判断基準にするのだという。もちろん彼女自身はたった一人でもその地へ向かう覚悟があるようだが、人数がいて困ることではない。なので、ここで見極め、協力するに値する理由を持つ者とは共に、協力するに値する理由を持たない者には作戦から退いてもらう。そういう寸法のようだった。

「ま、言い出しっぺだし私から言うので。私の最終的な目標は『rk』の壊滅および、父親に問いただすことがあるので」

 堂々と声を張ってそう言うと、メムはメリッサの方を見た。

「ボクか、。ボクの最終的な目標はアルバカーキのギャングを殲滅する……、なんて言いたいところなのだが、本心は違う。やっぱり心の中で一番叫んでいる気持ちは妹の仇を撃つ。それだけだ。必ず、妹……ステラを殺したギャングを見つけてこの手で消してやる」

「十分な理由なので……」

 メムは納得一つすると、ディリオンの方を見た。

「俺は……」そこでディリオンは考える。果たして自分が何をしたいのだろうと。

 もちろんディリオンはギャングというものが嫌いになった身ではあるが、嫌いだからこうしたい、なんていう大きく掲げられるようなものを持っていない。それこそ、メムやメリッサのようにギャングを真正面から叩き潰してやる、なんて気概はないし、一生ギャングから逃げ続けたいなんて後ろ向きな気持ちで生きている訳でもない。じゃあ、自分は一体何がしたいのか。

「……ディリオン……?」

 真正面の席に座っているメリッサが心配そうに声をかけてくる。隣に座っているメムだってこちらを怪訝そうに見ている。別に急かされている訳ではない。だけど、答えられない。

「わからない……」

 そう口から漏れる。しかし、わからないと答えておきながら彼自身の直感的な、理屈なんかでは説明することの出来ない部分はこう反応した。

「————わからない、わからないけど……、行かなければならない……」

 今、自分はどんな顔をして言葉を発しているのだろうか。それすらも分からない。

 だけど、体をゆっくりと巡る感情はその場所に行け、と言っているような気がした。

「それは……、どういうことなんだ?」

 もちろんその言葉は本人だって理屈の面では理解していないのだから、他人から聞けば余計に理解し難いものなのだろう。だけど、疑問の形で尋ねたメリッサにメムは、

「まぁ、その感情ってのはその個人の奥に潜むものなので。言葉にできなくても無理はないと感じているので……」そこまで言ってメムはディリオンのことをしっかりと両目で捉え、改めてこう問う。「じゃあ、質問の仕方を変えるので……。ディリオン、その理由は自分の命を賭けられるほどのものなので? 分かっているとは思うけど、改めて言うので。私たちが二日後に襲撃しようとしているのは『MH』と『rk』。そこらの銀行強盗一団の一〇〇倍は凌駕する危険が伴うものなので。つまり、そこに向かうということは失敗した時はその命が危ないということ。私自身、今はなんとか離反していてもボスの娘ということで粛清は降っていないけど、もし反逆行動を決定的に起こしてしまえばボスの娘なんて気休め程度の肩書なんて一瞬で消し飛んでしまうので。だから、もう一度問うので……」メムの瞳がより一層つよく、彼を視界に収め、その感情の真相を確かめる。

「————ディリオンの中にある理由はその命を失う覚悟があるものなので?」

 その言葉にディリオンの口が一瞬、転んでしまって起き上がる時の子供のように、その場で一度立ち止まってしまう。根本的な話だが、メムとディリオンの境遇はどちらもアルバカーキ六大ギャング組織(ファミリー)のボスの子供、という点で共通している。そしてディリオンの場合は殺されないながらも追っ手がつきまとっている状態だ。でも、もし同じように反逆をしてしまえば……、もちろんそれは殺害されないという安全圏を自分の足で飛び出してしまうことになる。

 だけど、

 ————泣いている小さな女の子。 ————泣いている自分。

 一三歳の時の、あの日の、あの時の、夜の、あの瞬間の記憶が一気にフラッシュバックする。

 それが、彼の口をなぜだか自然に動かした。

 彼の中にあるギャングを離れた起点、まだ償いきれていない一生の罪。それが、

「ああ。行くよ……」

 短いが、明確な言葉をその口で紡がせる。強制力なんてない、だけど、なぜだかそうしなければいけない気がした。別に、その地に向かうことがあの夜の罪滅ぼしになるとは思っていない。だけど、言葉にはできない何かが、心の中で訴えかけてきているのだ。

「俺も行く。『MH』は————」そう。そのギャング組織(ファミリー)は自分が育てられて、最悪の結末へと導いたモノの名前。あの夜の選択を押し迫った名前。

 あの日の選択は最終的に自分で決定したものだ。だから、自分の罪である事は十分に理解している。しかし同時に思ってしまうのだ。

 もし初めから生まれが『MH』なんて組織とは無縁の場所だったら?

 もしギャングなんてものが身近になかったら?

 きっと、どれだけ幸せだったのだろうか。

 もちろん、自分の罪である。それを『MH』という組織に押し付けて責任を逃れるつもりはない。だけど、放ってはおけなかった。自分のギャングとしてあるべき道の先を歩いている一人の兄をそのまま野放しにするわけにはいかない。そしてそこに向かうのはもしかしたら彼自身のケジメなのかもしれない。だから、明確に。

「————俺がカタをつける」

 その言葉を聞いてメムはニヤリと悪党(ギャング)らしい笑みを浮かべたが、それは違う。

「決定なので」彼女の細い腕がこちらに向かって差し伸べられる。

「その理由は既に十分な意味を含んでいるので。一緒に……」

 メリッサも手を伸ばす。

「ああ。ボクらで」

 伸ばされた二つの手が彼に差し伸べられる。それを掴もうとして、

「ディリオン、一つ言っておくが、」

 そこでメリッサが口を挟んできた。何か、と目だけで問いかけると、

「『MH』にカタをつけるのはボクも一緒だ」

 その手には暖かさがあるのだろうか。復讐という想いを込めた冷たさが宿っているのか。

 掴めば答えは見えてくる。

「メリッサ、メム……」

 ディリオンの掌が二人の少女の手に重ねられる。

 これから、始まる。

 アルバカーキのギャング組織(ファミリー)を大きく揺るがす最悪の事態が。


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