二章 2

店に与えてしまうであろう被害額など計算できる思考の余裕など存在するはずもなく、厨房の中を嵐のように駆け抜けた彼らは勢いよく裏口の扉を開くと、道を横断する車に跳ねられてしまう危険性など度外視して大通りを全速力で駆け抜ける。

 明確な目的地は存在しない。ただ、隣の通り(ストリート)にとりあえず入る。それだけが目指すべき進路だった。

「しっかりしろ‼︎」

 メリッサはやはり気力が抜け落ちてしまった病人のように項垂れてしまっていて、手を引っ張って走るだけでもかなり重みを感じる。つまり、彼女は自分の足で歩くという行為さえままなっていないということだった。顔色は重病患者のそれで、暖かい色が抜け落ちてしまっている。手を握っても握り返してくる力は一切感じられない。

「被害が出ているわけじゃない。それにアイツらの狙いは俺たちのはずだ。だからひとまずは大通りから離れれれば、それに伴って一般人への危険も遠のくはずなんだ!」

「でも、……、あの人は……」

 あの人、とはおそらくレストランの奥の席にいた彼らに緊急事態を伝えに来てくれた四十代と見受けられる店員のことだろう。

「多分、大丈夫だ……。だからまずは逃げないと‼︎」

 多分。そう答えたのはもちろんあの場で起きる先のことをディリオンは知らないからである。基本的にギャングは自分たちに手を出してこない一般人には危害を加えることはないのだが、もちろん例外だって存在する。それは例えるならば銀行強盗などと同じで、本来の目的ではないはずなのに「強盗」という行為の成功率を上げるために店内にいる何の関係もない人を人質として扱うことだってあるように。

 だからこそ言い切ることはできないが、それでもディリオンはその可能性を否定する。

 それはメリッサを安心させるためでもあるし、追手が『MH』のメンバーだとするのならば、一般人に手を出すなんて愚行は犯さないはずだ。それはニグレイ・マークレイという存在が大きく起因している。なにせ、実質上『MH』のトップである彼は同時にアルバカーキの市長でもある。もちろん、市長選挙には一般人の投票が大きく影響するので、彼が市長を勤めている代に一般人に被害を出すわけにはいかない。そうなれば次期選挙の投票率低下を招いてしまうから。だからこそ、『ギャング狩り』を縛るために一般人を餌のようにして見せかけるが、実際には手を出さない。絶対に手を出すなんて愚行を犯すはずがない。

「俺たちがまずは身を隠さないと‼︎」

 ディリオンは切れ切れになる息で大通りを走り抜けながら、

「俺たちが逃げるとこが、一般人を守ることになるんだ」

 彼はメリッサがどれほど一般人というギャングと無関係の存在を守りたいのか、ということを身を持って実感している。それは彼自身が助けられたから、ということも十分に寄与しているが、それ以上に『MH』なんていう強大な組織(ファミリー)に対してでも臆さない彼女のその在り方が昨晩に証明された時点で彼女の『ギャング狩り』としての想いはすでに明らかになっていた。

 ————なんの罪もない一般人を守りたい。

 それが確固として彼女の中にあるからこそ、彼女はその危険因子を除外してきた。

 ————泣き寝入りするなんてあんまりだ。この街は腐っている。

 その時、彼女が発した力強い言葉をディリオンは忘れていない。忘れるわけがない。

 だからこそ、彼は走りながら叫ぶ。その体力を削ることになったとしても、彼女に息を吹き返させるために、

「メリッサ‼︎ お前が(、、、)動かないと、何も助けられないんだ‼︎」

 メリッサという『ギャング狩り』は今まで自(みずか)らが「ギャングを殺す」という殺人という行為ではあったが、自発的に行動を起こすことで問題を解決しようとしてきた。

 そして今までその方法をとってやってきた。だとするのならば、

「守りたいものを守るために、戦ってきたお前が、『守りたいものが周りにたくさん散らばっている』のに動けなくなってどうする‼︎」

 それじゃあまるで、訓練だけを延々と積んできて実戦になれば動けなくなってしまう消防士のようなものじゃないか。それじゃあまるで、木剣だけで練習してきて戦争で動けなくなってしまう騎士のようではないか。それぞれ守りたいものがあるから極めてきたはずなのに、努力してきたはずなのに、それをここ一番で活かせないでどうする。

「お前が本当に守りたいと思っているものがあるなら動け‼︎ それだけが守りたいものを守る事が出来るこの場で唯一の方法なんだ‼︎」

 大通りを走る彼らに容赦ないクラクションの嵐が襲いかかる。だが、そんな音すらもかき消すようにして、ディリオン・マークレイはこの街の『ギャング狩り』に叫ぶ。

「動け‼︎ 『ギャング狩り』‼︎ お前が守りたいものが目と鼻の先に広がっているんだ‼︎」

 それは車に乗ってクラクションをこちらに鳴り響かせている一般人で、この街で、このような日常の広がっている風景で。だから、

「……ディリオン」

 彼女の口が開く。動く。紡ぐ。言葉という塊を形成する。

 握っている手がこちらを握り返してくる。力が宿る。

 それはまるで電池を詰め替えて正常な動作を取り戻した玩具のようで。

「……そうだよな……」

 メリッサが————この街の『ギャング狩り』が息を吹き返す。

「動けるな」

 正面を向く彼女にディリオンは声をかける。それは彼女の心理を読み取ろうとする質問などではない。ただ『yes』という答えを確認しただけだ。それにメリッサは応える。

 握ったままの手が痛いくらいに彼の手を包み込んでくる。掌の大きさは男であるディリオンの方が二回りも大きいはずなのに。

「ああ、そうだ。ボクは『ギャング狩り(、、、、、、)』だ」

 そして、還ってくる。この街を守り抜きたいと心に刻んだ彼女が。

「目が覚めたよ。ボクが動かないといけないんだ。今だって、ディリオンに手を取られている。ここまでもディリオンがボクのことを連れてきてくれた。ボクは一般人を守りたいなんてカッコよく言っておきながら一般人であるディリオンに守られていたんだ」

 だから、と彼女は小さく呟いてから、一歩ディリオンの前へと踏み出す。

「今度はボクがディリオンの前をいこう。なぁに、心配することはないさ。お前(、、)のおかげで吹っ切れた。それに通り(ストリート)についてはボクの方が詳しい。任せておけ」

 そして彼女は宣言する。凛々しく、まさしくあの夜に見たそのままの姿で。

「一般人に被害は出さないさ。それがボクが目指す『ギャング狩り』だから」


 車に乗っている男は二人だった。一人は怪我を負っていて(動けるくらいに回復しているが)、もう一人は運転席に座りながらも片手はいつでも発砲が可能なように自動小銃が握られていた(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。

 わざわざ言うまでもなく、この二人はギャングである。さらに左肩に刻まれたそのタトゥーが示すのは『MH』。つまりはアルバカーキ頂点六角の内の一つに該当する巨大組織のメンバーということだった。

「あのガキ……、殺してやろうか……」

「やめておけよ。殺すことは出来たとしても次に死ぬのはお前だぞ」

 開口一番で「殺す」なんて単語が飛び交う会話なのだから物騒この上ないのだが、その出立を見ればその言葉が似合っている、とまで思ってしまう。

 しかしながら彼らの地位は高くない。見た目だけでどうにかなる。というのは日本における不良(ヤンキー)の在り方なのだが、彼らにとっては見た目が怖い? だからどうした? となる。

というか、見た目がどうのこうの、というくらいで彼らは恐怖という感情を生み出せない。

 もしかしたら調子に乗った見た目だけ一丁前の輩(やから)が絡んできたら「何か用でも?」と返事しながら射殺しかねないし、その後始末だって自分たちで出来る。そんな彼らだが、

「それは嫌だな……。流石にチビってしまうぜ……」

 股間を両手で庇うくらいに怯えていた。殺人すら厭(いと)わず、恐怖という感情が滅多に湧き上がらない彼らが。

「ブレイクさん……、まぁ実際のボスはあの方(、、、)なんだが、どちらにしても逆らって良いことは何もないよな。大人しく命令に従うのが一番だ」

「間違いねぇな……」

 彼らは地位が高くないなりに、それなりの命令に従っていた。だが、今はそれ以上の状況に直面していた。

「まさか、俺たちの見張っている場所がちょうど当たり(ビンゴ)ポイントだったとはな……」

 そう。それが起こったのはつい先ほどのことだ。『MH』の下っ端ギャング達はアルバカーキの街のあらゆる箇所に張り付いておくように命令されたのだ。詳しいことはあまり知らされていないのだが、どうにも『ギャング狩り』という存在を発見し、それに伴いメインを得る。というイマイチ理解出来ない命令だった。だが、その答え合わせは既に成された。

「なるほどな、『ギャング狩り』を発見すればボスの本来の目的も付属しているってわけか」

 付属、という言い方はメインであるものが逆になってしまうかもしれない語弊を生むのだが、やはり現場しか知らない彼らにとってはそう表現するのが一番分かりやすかった。

「ディリオンさん、さんって年下につけるのは毎度どうかと思うが、それも仕方ないよな」

「ボスの息子なんだろ? ま、そりゃあ仕方ないわな」

 怪我をしている男は二日ほど前にガソリンスタンドでディリオンという青年に腹部を撃たれているわけだが、その痛みがその存在の重さであるかのように今になって僅かに痛む。

 彼らが乗っているのは普通車とは違う派手な改造を施されたギャング特有と呼ぶべき装用の車だった。だからだろうか、警察車両でもないのに道を走ると一般車両はまるで道を譲るようにして端に寄っていく。それによって道が開ける。

「いたぞ。真正面に約一五〇メートルだ」

 標的の人物達がレストランの正面出入り口からではなく、裏口から逃げ出したということもあって(その付近には彼ら以外いなかったことも寄与し)一度は『ギャング狩り』達を見失ってしまった彼らだったが、高待遇を受けている警察車両のように道を我がままに突き進むことによってすぐに追いつくことができた。そして赤髪である少女は嫌にも目立ってしまう。

 車が突き進む速度はおおよそ一〇〇キロ。道路交通法なんて関係ない。

 真っ直ぐに、その暴力を秘めた存在が追いすがる。


 正気を取り戻したメリッサに手を引かれるという立場のディリオンは背後から迫ってきている爆音に背後を振り仰ぐ。

「なっ‼︎」そして気がつき驚嘆を漏らすが、そんな暇はない。

「アイツらが来てるぞ‼︎」

 前を行くメリッサに至近距離だというのに大声を張り上げて伝える。

「もう来やがったのか⁉︎ 早すぎる‼︎」

 彼らが立っているのは大通りの道路。三方向から車が集まる、いわゆる交差点というやつだ。にも拘(かかわ)らず、こちらに爆速で向かってくる車がしっかりと視認出来るのはやはり他の車両が端に避けているのが原因なのだろう。さらに、中には車を道路の真ん中で乗り捨てて(、、、、、、、、、、、、、、)、なんとかギャングに巻き込まれないようにしようと丸腰で逃げる一般人も複数人いる。

 つい先ほどまで鳴り響いていたクラクションの音はまるでスヤスヤと眠ってしまった赤子のように静止し、辺り一帯に静寂が訪れる。

 それが『MH』として力を誇示しているかのように思えて、心臓の鼓動を早くする。

「どうする⁉︎ ここからどう逃げればいい?」

 例えメリッサが『ギャング狩り』として経験を積んできていたとしても彼女も言っていた通り、それは一方的な攻撃だった。暗闇に紛れての奇襲。

 だからこそ、いくらメリッサといってもこのような状況に慣れている訳ではない。

 もちろん、そのようなことを口にすれば余計に焦りが生まれてしまうことは百も承知だ。だが、口に出さずにはいられない。自分の中に押し留めているだけでは消化できない。

「とにかく前に走れ‼︎ ボク達がやらなければならない事はこのまま周辺に身を隠すことではない。とにかく通り(ストリート)に入るんだ‼︎」

 二十メートルほど離れた正面に見えているのは何かを区切っているかのような壁だった。

 それはつまり、

「あと少しだ‼︎ あと少しで、あの壁を乗り越えれば通り(ストリート)だ‼︎」

 しかし、背後約一〇〇メートルには爆速で迫ってくる車両。馬鹿正直に前に二十メートルも走れば追いつかれてしまう事は間違いない。なにせ、人間の足と車だ。例えそれがオリンピック選手であったとしても同じ土俵に立てるはずがない。だから、頭を使うしかない。

「ボクに一つ考えがある。ディリオンはそのまま前に進め‼︎」

 そう言って彼女は急にその場で足の裏を地面に擦り付けるようにして急ブレーキをかけた。思わずディリオンもそれに従うように足を止めたが、彼女はそんな彼に向かって叫ぶ。

「何をしているんだ⁉︎ ディリオンは走れ‼︎ どっちみちアイツらが狙っているのはボクなんだ。それにボクは一般人を傷つけたくない。その中にはもちろんディリオンも含まれている‼︎」

「でも、メリッサはどうするんだよ⁉︎」

 そこでディリオンが思った事は「アイツらが狙っているのはボクだ」という発言から読み取れること。すなわち「自分が犠牲になる」という安直な予想だった。しかし、

「なぁに、心配するな。なにも自分の命を差し出してこれで勘弁してくださいってお願いをしに行く訳じゃない。一つ抵抗するだけだ」メリッサは心配するディリオンに不気味な笑みで返すと、背後から差し迫る車の方に体を向け、背中でこう語る。

「それにボクは『ギャング狩り』だぞ。ここで死ぬわけがない。だってそうなればギャングに狩られるなんてカッコ悪いことになるからな」

 だから、と彼女は大きく息を吸ってからこう宣言する。

「ここはボクがギャングを狩る場だ。ギャング相手にボクが負けるはずがない‼︎」

 彼女の赤色の髪が風に揺れる。それが合図となって、————ギャング狩りが始まった。


 車で一直線に進む二人のギャングは急速に喉が渇いていく、という感覚を初めて知った。

 真正面から。————大型のトラックが突っ込んできた。


 メリッサはディリオンに絶対にそちらに戻る、と約束して数瞬で地面を蹴っていた。もちろん彼女とて無謀に時速一〇〇キロで突き進んで来る車に生身で突撃しようとは考えない。

「コッチにも今まで生き残ってきた実績がある」

 それが例え奇襲や闇討ちであったとしても、確実に彼女はギャングと殺し合いながらも五年間という長い時間を生き延びてきた。それがただの運だとは思えない。それは実力。

「無理に『完全勝利』を掴むつもりはないさ。ただ、この場を凌ぐだけでいい。それがこの場での勝利だから」

 それからの行動は早かった。背後には壁に向かって走るディリオン。目の前には高速で迫ってきている車。もちろん、この場を食い止める者として後ろに下がる事は出来ない。

 だから、彼女は横に移動する。それも逃げる為ではなく、立ち向かうために『横』へ。

「助かったよ。お前達が街中に恐怖をばら撒いてくれたお陰でボクの武器となるものが出来た」

 飛び込むようにして進んだ先にあるもの。それは、

「エンジンがかけられたままの乗り捨てられた車は動くって基本的なこと、知ってるか‼︎」

 対抗する力が自分にないのなら、対抗する力を自分が手に入れれば良い。相手が相当量の質量を真正面からぶつけて来るのなら、それ以上の質量で押し返せば良い。

「行くぞ‼︎」声と同時に鳴り響くのは大型車両の重厚なエンジン音。それが空気を揺らして、

「さぁ、これでこの場ではボクの勝ちだ‼︎」

 大質量のトラックが発射される。やる事は簡単だ。アクセルを全力で踏んづけて、その後に多少の痛みは覚悟してトラックから飛び降りれば良い。ハンドルを握っていないトラックは左右に一般車両が避けた道の真ん中を我がもの顔で突き進んでいく。

 その先にはトラックと比べてしまえばそれはそれは小さな自動車。勝敗など確認するまでもない。激突すれば必ず大破する。そして、メリッサはすでに乗車していない。

 つまり、共倒れになることすらない、一方的な勝利。

 これが経験を積み上げた『ギャング狩り』としての実力だった。

 メリッサはその内に結果すら確認せずに、背後に走る。その二十メートル先には二メートルほどの高さの塀がある。それは通り(ストリート)へと繋がる道。

 そこへ逃げ込めば、この場での勝利が確定する。


 自動車に乗る男達は干からびかけた喉に生唾を無理やりにでも流し込んで、思考をフル回転させる。もちろん運転手は然り、助手席に乗る男だって無関係でいられるわけがない。

「ブレーキだ‼︎」叫んだのは二日前、ディリオンに腹部を撃ち抜かれたギャングの男だ。

 しかし、運転手はそれに従わない。

「何を言っているんだ⁉︎ この場でブレーキをかけても衝突を逃れる事は出来ない‼︎ それに真正面から一〇トンは下らない大質量の物体が滑ってきているんだぞ‼︎ こちらが静止したとしても大きな衝撃が襲って来るに決まっている‼︎」

「じゃあどうすれば良いんだ‼︎」

「————クソッ」

 運転手のギャングはブレーキをかけながらも左右を必死に確認して逃げ道を探す。が、自分たちが恐怖を与えた一般人の車が道を塞ぐように停車していてその先に逃れる事は出来ない。

「どうすりゃ、この場面を切り抜けられる‼︎」

 助手席の男が叫ぶ声に運転手は脳の血管をプツリと切らしてしまいそうな程にイライラして、

「黙れよ‼︎」

 そこで、今まで片手で運転していて、残っていた左腕を振り下ろそうとして、

「あ?」

 そこでようやく今になって、このような状況のはずなのに片手で運転しているという不自然さに気がついた。目の前には大質量のトラックが迫ってきている。だと言うのに、

「これは……」運転手のギャングは自分の手元を見下ろしていた。そして閃く。

「ハンドルを握っていろ‼︎ 俺がなんとかする‼︎」

 その発言に助手席の男は意味がわからない、という顔をしていたが、急に運転手がハンドルを離すものだから言う通りにするしかない。

「おい、何をしているんだ⁉︎」正常な思考を疑いたくなる行動をする運転手に叫び、そして、

「俺がなんとかするって言っただろうが‼︎」

 今度こそ、助手席の男は言葉を発することすら出来なくなった。視界に収まった光景は単純でありながら異常。運転席に座っていたはずの男は開けた窓から上半身を乗り出して、自動小銃を構えていた。狙っているのは、

「タイヤに風穴を開けて軌道を逸らす‼︎」男は叫ぶと同時に体に襲いかかる反動なんてまるで無視して、その銃声を大通りでかき鳴らす。響いた音は幾重にもなり、そして。

 タイヤを蜂の巣にされた大質量のトラックはバランスを失って急激に軌道を左に逸らす。そしてまるでアイスホッケーのパック(球)のようにして滑り、無人の車(、、、、)に激突する。

 だが、この場での怪我人はゼロ。ギャング達は知る由もないが、それだけで。

 この戦いはメリッサの勝利だった。


 それから僅か数分後、それが当たり前だ、と言わんばかりにギャングの男達は塀を乗り越えて通り(ストリート)にやって来た。彼らだって危険を回避しているし、また、無傷でもあるのだ。

 本来の目的を追いかけることを中断するはずもない。しかし、そこに地獄があるとは知らないのだろう。塀を乗り越えた男達はまずは現状確認として首を回して周囲の状況を確認する。

 そしてその状況をディリオンは把握している。

「ディリオン、ここからどうするつもりなんだ……。さっきの場面はたまたま乗り捨てられたトラックがあったからなんとか切り抜けることが出来たが、今回は何もない」

 物陰に隠れて小声で話しかけて来るメリッサは手をヒラヒラと振って手ぶらであることをアピールする。もちろんディリオンだってそれは承知しているが、いつものようにその手に自動小銃『AKM』が握られていないことは確かに不安な要素を大きく含んでいる。

 飛び出してもディリオンが殺される事はないだろう。なにせ、恐らく彼らに追いすがっているギャングはディリオンを生きたまま捕獲しろ、という命令を受けているはずだ。しかし、ディリオンは同じ轍を踏むつもりはない。なにせその命令は裏を返せば、殺さなければ何をしてもいい、ということに他ならない。そしてそれは二日前のガソリンスタンドで経験している。

「大丈夫だ……。なんとかする」そして、もう一つ懸念する材料があるとすればそれはメリッサという存在だった。おそらくだが、彼女に対しては殺しても良いという命令が出ているのだろう。ついさっきも『MH』の動きを邪魔しているわけだし、それは間違いないはずだ。

 だとするのならば、無理にここを飛び出してしまえば、ディリオンは無事でも手ぶらのメリッサなどギャングの持つ自動小銃でハチの巣にされてしまうだろう。

「なんとかするって……、相手は『MH』……。ギャングだぞ……。分かっているのか……」

 メリッサは唇さえ微かに震わせながらディリオンに問う。

「ディリオンは一般人なんだ。それはボクが守ると決めたものだ。だから……」メリッサはなんとかしてディリオンを説得し、この場を離れるように促そうとする。が、

「それじゃあダメだ。メリッサが殺されてしまう。それにここで逃げても追い回ささるだけだ」

「だったらそれはディリオンも同じだろう‼︎ ボクは一般人であるディリオンが巻き込まれてしまう方が最悪(イヤ)なんだ。だからボクに任せろ。それに生き残れるなら逃げ続けるべきだ」

「いいや。そういう問題じゃない」

 そこでディリオンは口調を強くした。そして、

「そういう問題じゃないんだ。俺は巻き込まれてなんていないんだ……」

「それはどういう……」

 彼はメリッサの質問には答えない。その代わりに腰に隠しているグロックを握る。

 それが彼にとっての開戦の合図だった。


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