行間 記憶の繋がりが

明るく綺麗な陽の元を二人の少女が歩いていた。

「お姉ちゃん、今日はなんだか外がうるさいね」

「ステラ、ダメでしょ。そんなこと言っちゃ、聞かれたら何されるかわからないんだから……」

 ぼんやりとした輪郭を影に映して歩く少女を、後ろに歩く三人目の彼女は見ていた。だけど三人目の赤毛の彼女は前に並ぶ二人に気付かれている様子はなく、街中にもたくさんの人がいるというのにまるで注目を集めていない。

 赤毛、といえば注目を浴びたくなくても自然と皆の意識を寄せてしまうものなのに。

 しかし、身長一六〇センチほどで右手には物騒な自動小銃『AKM』を携えている彼女はどうにかしてその二人に気づいてもらいたくて、その細くしなやかな手をゆっくりと二人の幼い少女の背に伸ばした。歩く二人は両方とも頭がきっちり平行線上に並んでいるほど背丈が酷似していて、だけどそれでいて会話内容からは姉妹だと推測できた。なんせ、並んで歩いている左側の少女が右を歩く少女に「お姉ちゃん」と呼びかけているのだから。

「ねぇ、ちょっといいか? 君たち……」

 彼女はそんな少女たちに何を思ったのか自分でも理解できないのだが、とにかくその顔を見せて欲しかった。どこか通じているものがあると感じたから。でも、

「…………え…………」

 手を伸ばした彼女から漏れた言葉はたった一文字。だけどその一文字は彼女の絶望を表現するには十分だった。そして次に視界に映るその光景が彼女にある事を理解させる。

「どうなってるんだ……」

 彼女が驚く声を出すように、その光景は信じがたいものだった。実際に彼女たちがいる場所は異世界でもなければ、仮想世界の中でもない。ただありのままのアメリカ合衆国南部地方ニューメキシコ州、アルバカーキ。実在する世界。地球の道理、摂理が通用するはずの世界。

 それなのに、彼女の伸ばした手は右側の少女の体を貫通していた。手の内に凶器を忍ばせていたわけでも無い。ただ単純に優しく触れた、それだけで少女の体に大きな穴が空いたのだ。

「なぁに?」

 そこでようやく、右を歩く少女が振り向いた。まるで痛みにしか反応することが出来ない奴隷のように。しかし、その振り向き様に見せた顔がまたしても彼女を絶望させる。人の心とはひどく脆いものだ。右手には人間など瞬殺できる『AKM』があるのに。その人間の言葉で彼女は絶望のどん底まで一気に叩き落とされた。それは、

「どうして……、『私』がいるんだ……」

 彼女の視界に映ったのは幼き日の自分だった。十三歳の頃の、彼女の人生を大きく買えた頃の。そして、次に左側の少女が振り向いた。

「どうしたのお姉ちゃん?」

 そしてそれが彼女の限界だった。その顔は今でも忘れていない。今でもその顔を記憶に刻んでそれを原動力として毎日を生きている。それを忘れたく無いから、それを無残にも無くしたこの世界が憎いから、彼女は抗い続けてきているのだ。が、突如としてそれが目の前に現れた。

「…………ステラ…………」

 五年前のあの時の姿のまま。詰まるところ、それは正真正銘、自動小銃『AKM』を右手に持つ彼女の妹だった。

「どうして名前を知ってるの?」

 だけど少女の方は不思議そうにしていた。なにせ、少女の前に立つのは五歳も年上の女性だ。それに少女は過去に起こされた運命的に、成長した彼女の顔など見ることはできないのだから。

「でも、なんだか知っている気がする……」

 だけど少女は一瞬だけ不思議そうに首を傾げたのちに、彼女の顔をまじまじと見つめる。

 対して、彼女————メリッサは声を出すことすらできていなかった。

 が、次の瞬間に景色がグニャリとまるで粘度をかき混ぜるみたいに曲がり、渦巻いて飲み込まれる。と、

「……え」

 あまりの事態に目を瞑った数瞬の後、真昼間だったはずの視界には突如として空に浮かび上がる月が鮮明すぎるほどに映っていた。そして、

「ダメ、待って‼︎」

 そんな突然変異の光景をまるでどうでもいいことかのように思えるほどの大声をメリッサは張り上げていた。夜、綺麗な月、その二つが彼女の最悪の記憶を掘り返したからだ。

 だけど、もうそれは遅かった。

「あ…………」

 漏れた声は虚しく、切ない。が、夜に吹く風がその寂寥感すらどこかに流していってしまう。

 視界の先で一人の少女が『死んでいた』。いつもギャングを殺しているメリッサだから分かる。少女は即死だった。だけど、それが自分の妹だった。

 今すぐ動きたい。右手に携えている自動小銃『AKM』の銃弾を辺り一面にばら撒いてやりたい。でも、なぜか彼女の体は意志に反するかのように、その場に貼り付けにされていた。

 そして見る。幼き日の自分が————つい先ほどまで血に汚れた少女の隣を楽しそうに歩いていた少女が泣き崩れている姿を。それはそのままの過去だった。ありのままの事実だった。


 change————little girl side————少女の視点


 十三歳の少女————赤毛の少女メリッサは血の海に沈んでいく自らの妹の体をまるで赤子をあやすようにして抱いていた。しかし、決定的に違うのは赤子なら「生がある」のに対して抱いている自分の妹は「圧倒的に生が欠如していた」。さっきまで隣を並んでいた妹の体はひどく冷たい。しかし、それに反して生が零れていく様が生暖かい。それが生きる人間にとってはこの上なく不快に感じる感触で、だけどその不気味な感触すらも当の彼女には明確に伝わらない。

「うっ……ああああああああぁああああああああああああああああああああ」

 つまりは崩壊していた。何もかもが。目の前で唐突に引き起こされたその事象が、十三歳という幼い少女をこれでもかという程に崩壊させたのだ。だけど、

「……ぁぁ……」

 そこで第三者の声が耳に入った。本来であれば現在の精神状態から考えて他人の声なんて入ってくるはずはない。しかし、その声があまりにも掠れていて悲しそうだったからだろうか……、明確な理由なんて分からないが、とにかく少女の耳を突き抜けて脳まで届く。

 それに反応しておもむろに顔を上げると、目の前に少年が立っていた。光の加減の影響か、顔を窺い知ることが出来ないが、いや顔を見るきっかけがあったとしてもおそらく少女はその顔を見ようとしなかっただろう。なにせ、目の前に立っているのは少年のはずだ。身長だって自分と大して変わらない。だけど圧倒的な違いがあった。それは、

 ————胸に刻まれている大きなタトゥー。

 何かのトレードマークのように思われるが、それが何かは少女には判断することが出来なかった。なにせ十三歳、それに目の前で妹が血の海に溺れているのだ。

「……ぁぁ……」

 だけど、そんな状況下でも少女はやはり目の前に立つ少年から目を離すことが出来なかった。少年は紅葉のように小さな手でハンドガンを握りしめていた。そしてその銃口からはまるでどこかの工業地帯の煙突から噴き出る煙のように白煙が立ち込めていた。

 火薬の匂いがする。「花火」なんてものではなく、「殺人」という匂いの火薬。

 つまりは、それが元凶だった。だけどその光景と相反するように少年の声は濡れていた。

 次に少女が認識したのは少年が泣いているということだった。顔を確認することは出来ていないが、それを確認するまでもないほどに涙が地面にまるで大雨のように流れていた。


 change————Who lives now side————今を生きる彼女の視点


 地面に貼り付けにされて動けない状態の中でメリッサは口の中を全て噛み切るような思いでその光景を直視していた。それでもやはり過去に見たもの以上のものは知ることが出来ないのか、少年の顔は五年経った今でも知ることは出来なかった。だけど、今だからこそ分かるものもある。それは簡単に言えば十三歳の少女と同年代に思える少年の胸に刻まれているタトゥーの意味だった。それはつまりメリッサが追っている者。絶対に滅ぼしたい人物。

(アイツが、ステラを‼︎)

 感情が爆発しそうになる。なにせ、目の前に五年間ずっと追ってきた宿敵がいるのだから。だけどやはり体を動かすことが出来ない。ただ繰り広げられる景色を眺めることしか出来ない。

 こんな時なのに右手に握る自動小銃『AKM』は何の役にも立たない。

 そんな光景の中でやはり少女たちの前に立つ少年は泣いていた。どこまでも考えようとその涙の意味は理解できないが、それでいて理解するつもりもない。

 たとえそれがどんな理由であれ、やっていることに変わりはないのだから。

 やがて世界が収束する。視界の端に泣き崩れ、妹に縋り付く過去の自分の姿を映して。


 体が濡れていた。シーツだって湿っている。それは自分の汗だった。ただ暑かったのでは無い。冷たかったからこそ、嫌な汗が吹き出たのだ。

「————夢か……」

 あたりをグルリと見回すと、そこは五年ほど住み込んでいる見慣れた一室だった。だけど朝日が登っている部屋にいつもとは違う点が一つ。ベッドのすぐ横の床にタオルケットをかぶった男が寝ていることだ。

「はぁ、……呑気なもんだ。追っ手はあの『MH』だぞ……」

 メリッサは呆れ気味に言ってからかぶっていたブランケットを払い除けると、ゆっくりと体を起こした。それからベッドを降り、同じ部屋に備え付けられているタンスの一段に手を伸ばす。取手(とって)を引くと、中から出てきたのは白い包帯。別に怪我をしているわけでは無いが、大事なモノも守るという意味合いで一日に一度は必ず交換しているのだ。彼女はスルスルと左肩あたりに巻きつけている包帯を解くと、続いて、取り出した包帯を巻いていく。

「ステラ……」

 久しぶりに夢を見た。久しぶりに妹の顔を見た。

「やっぱり『ボクは』……」

 彼女は包帯を強く締めると歯噛みしながら声を絞る。

「ギャングが憎い」


 夢の中で見たその少年の胸に刻まれていたタトゥーの示す意味は『MH』のファミリー。

 ヒントはただそれだけ。

 だけど、それは確実にメリッサの意志に火を灯す。


「待っていろ。ボクが確実に潰してやる」

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