一章 1
「じゃあね」
「お世話になりました」
灰色の髪が寝癖でひどく荒れていて、それはまるで波打つ大海のよう。身長は一八〇超えとかなりの長身で目は細めだが、体のラインもしなやかなためそれがかえって似合っている。
「大きくなったわね……」
「まぁ、そりゃ五年だから」
「あなたとはいろいろあったけど、これからはキッチリとした人生を歩んでくれることを私は望んでいるわ」
「アヴェリーさん、わかってますよ」
彼は灰色の髪を自分の右手で押さえてから恥ずかしそうに苦笑した。
「ここから出ても私はディリオンのお母さんみたいなものよ。いつでも帰ってきていいから」
「帰るって……それはダメなんじゃない?」
「あ、そうね。ここに帰ってくるようなことはしちゃダメよ」
彼らが立っているのは保護施設の裏口玄関前だった。保護施設、とはなにも動物を預かったりする場所を指すだけの言葉ではない。未成年(第二級殺人以上の場合、アメリカでは一九八〇年から一三歳以下と法律で定められたのだが)、そのような子供が犯罪を犯した際に成人と同じように裁かれることなく、未成年として判決を受けた場合に送りこまれる場所のことも指すのである。彼————ディリオンは一三歳の時からこの施設にいるため、今年で五年目、つまり十八歳になるわけなので施設を退所ということになる。
「まぁ、私に会いにくるくらいならいいんじゃないの」
「そうですね」
ディリオンの前に立つ二十三歳の女性、グラント・アヴェリーはにこやかに彼に笑いかける。
金色の綺麗な髪を肩甲骨に届くくらいまで伸ばしていて、化粧は薄めであるが、元の顔がいいのか、まるで映画スターとして活躍している女優のよう。服装は警察官の制服というかしこまったものを着用しているが、穏やかなその表情は銃を常備している者とは到底思えない。
いや、そのような顔が出来、市民を守ることを使命としているから警察官なのか。
「それにしても、本当に大きくなった」アヴェリーはディリオンの肩をポンと叩くと、嬉しそうに言う。「あなたが初めて私と会った時は口も利いてくれなかったのに」彼女の瞳は少しであるが確実に潤んでいて、「それに背も私を追い越しちゃって……」
「アヴェリーさん……」
ディリオンもそれに釣られるようにして感情が脳に登ってくるのが分かる。
やはり長年の付き合いがあった人と別れるのは辛いものだ。
なにせ、思春期と呼ばれる期間をずっと一緒に過ごしてきたのだから。
「なに、泣いちゃうの?」
「泣きませんよ」
「ま、そうよね。男は黙って別れるものよ」しかしアヴェリー自身その目に涙を浮かべているのだから放たれる言葉に説得力などありはしない。「私は女だから、別れの涙は許されるのよ」
すると、ディリオンの心を読んでいたかのように涙交じりアヴェリーが笑いかけてくる。
「そうですか……」
彼は小さく呟くと大きな荷物を肩にかけた。
「じゃあ、俺はそろそろ行きますね……」
「うん」
背中を向けるときにやけにゆっくりとした動作をしてしまったのはやはり、彼女に対する思いが残っているからなのだろう。一応否定しておくが、恋愛感情のそれではない。
ただ、別れを惜しむ。それだけだ。
「元気で」
「はい」
そうしてディリオンは未成年犯罪者保護施設から旅立つ。
新たな人生をスタートさせるために。これは四月三日のこと。
その七日後————丁度一週間後に彼は赤色の景色と赤色の少女に通り(ストリート)で出会った。
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