第9話 最後の晩餐

 日蝕の太陽のような「邪眼」が、冷たくて妖しいコロナをゆらめかし、幸村を見下ろしている。「邪眼」には睨みつけたものを呪う魔力があり、幸村は座したまま動けない。

 黒いローブの袖からは、青く透き通った蛇が、二つに割れた舌を青白い炎のようにチラつかせ、幸村に近づくと、首筋を舐めるようにつたい、頬を這い上がる。


「私はサリエル。死を司り、月を支配するものだ」

「死神さん、ですか?」

「さあな、、(おまえ、気安いね)」


 青い蛇は小雲を狙っている。幸村の頭上で丸くなって充電している小雲との距離を詰めると、力を溜めて一気に弾け、牙を剥いて小雲を襲う。が、その牙は小雲をすり抜けて空を噛む。小雲の霊はここにいるが、ここにはいないからだ。


「おまえ、やはり特異点か。本当にいるのだな。私が創造されて2500年近く経つが、特異点に逢うのは初めてだ」


 幸村の金縛りも嘘である。時空に縛られない特異点に邪眼は効かない。動くのが面倒くさかっただけだ。サリエルの邪眼も、今は灰色の透き通るような瞳に変わっている。幸村と小雲に危害を加えるつもりはないようだ。


 万十話によると、「死神」は死神ではなく、死を司り、月を支配する「大天使アークエンジェル」。大天使サリエルに関する記述は旧約聖書の「エノク書」にあり、霊魂を罪にいざなう悪しきものたちによって、魂が穢れることがないように悪を見張り、魂を見守って、死者の魂を神の御国か地獄に導くそうだ。

 サリエルの邪眼は、天使でさえも堕天させるほど強力で、真実を見抜き偽りを見破る力と、相手を呪い死に落とす魔力を持っているらしい。また、その大鎌でこの世の未練を断ち切り、死者の魂が現世を彷徨い悪霊化するのを防ぐそうだ。


 サリエルは伴天連と共に、緑の旧約聖書「エノク書」を依代よりしろにして、遥々はるばる、堺まで来た。そのエノク書を今は万十話が持っている。ある朝、目覚めたら枕元にそれが置かれていた。恐らく、万十話の魂を神の御国か地獄に送るために。


「万物は月が満ち、潮がみちる時に生まれ、月が欠け、潮が引く時に死ぬ。月は運命を照らし、死者の夜を私が照らす」


「良いんですか?西洋の国を留守にしていて」

「良くはないが、海外出張は手当が良い。それに、私はレアものの魂が好きなのだ、、(おまえ、やはり気安いな)」


 充電が完了した小雲が飛び立ち、パタパタと飛びながらサリエルにウンチを落とす。(おまえもな)


 ***


 南宗寺から万十話の堺屋敷に向かって、万十話と幸村が通りを歩いている。目には見えないが小雲とサリエルも一緒だ。


「食い逃げだ!捕まえてくれ」


 飯屋から飛び出てきた学生服を着た男が、見回りの傭兵に囲まれる。


「クソッ、ついてない」


 打って来た傭兵の足を払って、倒れた男の太刀を奪うと、上から打って来た2番手の刀刃とうじんを、下から斬り上げ、真っ二つに叩き切る。政宗、まさかの燕返し。


『良い感じだ、久しぶりに血が騒ぐ』

『イカれてる』、政宗の目を見て怯む傭兵たち。


 あれ、幸村くんと同じ格好をしているけど、知り合いかい?いえ、知らない人です、会ったこともありません、と政宗の前を素通りする幸村と万十話。


「ちょっと待て、幸村。違うだろ、ここは俺を助けるところじゃないか?」

「政宗と出会うのは未来の平成だ。ここでは未だ会ってない、赤の他人だ」


 こいつも仲間か、と襲いかかる傭兵の剣をいなす幸村、よろめく傭兵を蹴り飛ばす政宗。


「何言ってんだ、おまえのせいで俺までこんなとこに来たんだろ」

「一人で何とかしろ。無茶するなって、おまえに言われてる」


 政宗と言い合っている幸村に、傭兵が前から襲いかかって来る。突然、姿を現した小雲に驚いて目を見開き、そのまま目潰しされて、堪らず幸村の前に太刀を投げ捨てる。幸村も久しぶりに太刀を取る。


「無茶はするな」

「今のおまえに言われたくない」


 この二人、わけがわからないが、剣の腕は確かなようだ、と万十話が妙に感心しながら、その場を治めてくれた。政宗が食い逃げした代金を、幸村が立て替えることで勘弁して貰った。もっとも政宗に言わせれば、食い逃げはしていない、ちゃんと千円置いて逃げたそうだ。


 万十話の屋敷に着くと、キリシタン大名の高山左近が待っていた。先日7月24日に伴天連追放令が発令されている。高山左近は棄教を迫られているが、一戦も辞さずでそれを拒否している。


 ***


 戦国時代、銃の本体は国内で生産できても、火薬の原料である硝石と銃弾となる鉛を日本で手に入れることは難しく、戦国大名はポルトガル・スペインとの「南蛮貿易」に頼るしかなかった。

 宣教師と一体となっている南蛮貿易を行うため、当初、戦国大名はキリスト教の布教に寛容で、積極的にキリシタンになる者も少なくはなかった。


 しかし、1585年に天下が統一され、鉄砲が不要となり、南蛮貿易の重要性が失われると、今度は信者の数を急速に増やしていくキリスト教への警戒心を強めることになる。「唯一絶対の神に全てを捧げる」、「その神の前で人はみな平等である」というキリスト教の教えは、武力で支配する戦国大名にとって都合の良いものではなかった。

 そして、1587年7月24日にキリスト教宣教と南蛮貿易に関する禁制文書「伴天連追放令」が発令され、純粋なキリシタン武将達も棄教を迫られることになった。


 キリシタン大名の高山左近は一戦も辞さずで棄教を拒否している。


「万十話、今晩、我が屋敷で茶会を行うが、御主はどうする?」

「伴天連(神父)様も来られるのか?」

「ああ、そのための茶会だ」


 恐らく、高山左近はキリシタン大名を集めて、神の名の下に政権を覆す反乱を起こすことを考えているのだろう。


「良いのか?私は伴天連を裏切るかも知れないぞ」

「構わん、裏切りもまた一興。その時は私が御主の首を戴くまでだ」


 高山左近が微かに笑う。道は違えど、心は通じている。友として別れを告げるために、わざわざ万十話の屋敷まで来たのだ。


 キリシタン大名の高山左近は茶人でもある。茶禅一味を反映して、世俗の塵埃じんあいを離れ、清浄無垢の境地に至ることを理想とした茶の湯だが、万十話の茶の湯は、ありのままの自然を感じることに、心の安らぎと静寂さを見出し、月の満ち欠けのように移ろうものの中に、精霊たちの変わらない姿さえも映しだす。

 それに対して高山左近の茶の湯は、神を信じ、人を愛する祈りだった。荒野に神の声をきく鍛練の場であるとともに、唯一の神を信じ、自らを顧みず、敵を愛し、迫害する者のために祈ることだった。


 万十話と高山左近の茶の湯は、どこまでも一人で己のうちを追求する禅とは違う、其々の道を歩んでいた。


 ***


 高山左近の屋敷の数奇屋造りの別棟には「書院(広間)」と「草庵(小間)」の二つ茶室がある。その別棟の外と内の境界に立つ中門で、高山左近が訪れる12人の客を出迎えている。

 中潜なかくぐりりの中門は杉皮葺すぎかわぶきで幅一間半程、右側に高山左近が「狭き門」と呼ぶ約四尺四方の茶席の躙口にじりぐちのような板戸のくぐりがある。「狭き門」からはすべての人が平等である。太刀を外し頭を下げなくては中に入れない。


 その晩、万十話が幸村たちと中門を訪れた時、既に伴天連パピエル、キリシタン大名の細川四斎、小西休長、黒田民兵衛、蒲生氏忠、大友宗龍らが「狭き門」をくぐって中に入っていた。万十話と幸村たちも太刀を預けて、狭い板戸をくぐり、内露地に入る。

 そこは夜の闇に広がる幽玄の世界だった。茶室に通じる露地は心の準備をする場所だ。曲線状の苑路えんろは山道であり、飛石ひとつひとつが山里を進み、峠を越えることを意味している。

 万十話に迷いはない。心は既に決している。内露路にあるつくばいで身を低くして、手を清め口をそそいで、茅葺屋根の書院に入る。広間には伴天連宣教師とキリシタン大名たちが居並んで座っている。席入する13人のうち、万十話が最後の一人だった。



 懐石、菓子の後、中立なかだちせずに、伴天連パピエルが話し始める。


 狭い門から入りなさい。滅びにいたる門は広く、命にいたる門は狭い。「目には目を、歯には歯を」と言われていたことを、あなたがたは聞いている。しかし、主はあなたがたに言う。「悪人に手向かうな。誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けよ」と。「隣人を愛し、敵を憎め」と言われていたことを、あなたがたは聞いている。しかし、主はあなたがたに言う。「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」と。

 こころの貧しい人たちは、幸いである、天国は彼らのものである。悲しんでいる人たちは、幸いである、彼らは慰められるであろう。憐み深い人たちは、幸いである、彼らは憐みを受けるであろう。

 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、あなたがたは、すべてを添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう、、


 伴天連サピエルは話し終わると、12人のうち茶事筆頭の万十話が一同のために濃茶を点てる。一同で聖杯のように濃茶をまわし飲むのだ。

 また、伴天連パピエルが一同に告げる。


「特にあなたがたに言っておくが、あなたがたのうちの一人が、わたしを裏切ろうとしている」


 伴天連パピエルが万十話が点てた茶碗を取り、神に感謝して言う。12人の使徒は黙して語らない。


「みな、これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために、主が流された契約の血である。今夜、私はその契約を履行する。この国に神の御国をもたらすために、私もまたこの身を捧げよう」


- アハハッ、笑える、笑えるぞ -


「何が罪のゆるし、契約の血だ」、万十話の影が形を変えて、黒いローブを纏ったサリエルが現れる。


- 死神? -


「望むならば、私が飲ませてやろう、本物の契約の血を!」


 伴天連パピエルが手にしている赤楽茶碗「名月」が不気味なほどに赤みを増し、その三日月は闇に堕ちて細く消え、茶碗の中の濃茶が真っ赤な血に変わる。


「喜べ、私は神の御使、大天使サリエル。それは契約の血、裏切り者はその血を飲んで死ぬが良い。私が自らの手で、その魂を冥府に送ってやろう」


『サリエル、何を今更』、万十話が伴天連パピエルが手にしている茶碗を取り上げる。


「裏切り者は私だ。神を信じぬわけではない。されど武将が生きるとは、死ぬこと」


 己の中にあるものは、野に咲く花の如く、風に吹かれ、ただ咲き、ただ散る姿のみ。この世に何の未練があろう。武将たるもの、神の慈悲にすがるなど笑止千万。あの世に何の望みが必要あろうか。


「武将が束ねる世、もう伴天連は必要ない。ここも直ぐに包囲される」そう言って、万十話が真紅に染まる茶を飲む。


 一同が息を呑んで様子を伺うが何も起こらない。


「何が大天使だ!何も起こらないではないか。神の御加護は私の上にある」とサリエルを罵る伴天連パピエル。

「愚かなる伴天連よ、貴様のために用意した聖杯だ。貴様が飲むのだ、愚かなるパピエル」


 サリエルの灰色の瞳が月の影に隠れて、邪眼に変わる。日蝕の太陽のような邪眼に囚われて、伴天連パピエルは凍りついたように動けない。


「無駄だ、貴様が飲むのだ」


 杯をあげて、契約の血を飲むパピエル。その場に崩れ落ち、体を震わせて苦しみにもがきだす。苦しむ伴天連を見限って、その心の闇に取り憑いていた悪魔が姿を現す。


 ***


 幸村と政宗が草庵の小間で懐石を食べている。


「何でついて来たんだ?」

「『死神』のような天使に誘われたからだ。面白いものが見れるそうだ」

「面白いって、これか?」


 いつの間にか座敷が血の海に変わり、そこからパピエルによって悪霊化された魂たちが、次々と這い上がって来る。悪霊たちは傲慢で怒り易く、強欲で人を憎み嫉妬する。

 目の前の悪霊たちが「おまえのせいだ!」と罵り、幸村と政宗に襲いかかって来る。が、小雲が張った結界を越えられない。雛とは言え、伝説の霊獣だけのことはある。


「これじゃないだろ、阿修羅くんや大蛇おろちの方がインパクトがあった」


 幸村と小雲がのんびり「美味しいね」と懐石料理を食べていると、サリエルの声が聞こえてきた。


『特異点の者よ、退屈しているなら、こっちに来い。面白いものを見せてやる』


 ***

 

「己れサリエル、喉が焼ける」


 その悪魔はフォルネウス。山羊のような角を生やし、赤い目は鋭く、暗い紺色の肌を持ち、蝙蝠のような翼と鋭く尖った尻尾を持っている。


「面白いって、これか?」

「多分な、悪魔との対決を見せてくれるんだろ」


「来たか、助かる、手が足りなくて困ってた」


 幸村と政宗に微笑むサリエル。悪魔侯爵フォルネウスに呼ばれた悪霊たちを大鎌で浄化しているのだが、悪霊たちが次から次へと押し寄せて来て切りがない。


「悪いが、あいつの相手をして貰いたい。私には悪霊化した魂の罪を秤にかけて、魂を神の御国か地獄に送る役目がある。大丈夫、君たちなら倒せる」


 あいつって、、悪魔侯爵フォルネウスと目が合う幸村、目が赤い、充血している、顔色も悪い、、。


「具合が悪そうですよ。今日はこのまま帰って貰いましょう」

「それは生まれつきだ。構わないから、すぐ倒せ」

「どうやって?」

「知らぬわ、でも、特異点は強いそうだ、そう聞いたことがある」


 強くないだろ、でも、帰って貰えないなら、こちらが帰れば良いんじゃないか、と思い当たる。


『小雲、美味しいものも食べたし、もう帰ろうか?どうすれば良い?』

『ユキムラ、キショク悪の観音とツナイでる。念じてばツナがるネ。カンタン、カンタン』


『そうなんだ』と幸村が念じると、時空の壁がひび割れて、虹色の光を溢れ出しながら、天の戸がゆっくりと開かれる。


『ちょっと待って、幸村くん』

『また?』

『たかが一生、夢の如く生き、幻の如く逝く、だ』

『何それ?』

『おまえが言ったのだ。夢から醒めるな』


 知ったことか、もう沢山だ、時空の裂け目に飛び込もうとする幸村たちの行手を阻むように、霊剣「七支刀しちしとう」が突き刺さる。

 逃げても無駄だ。我は「大雀命おおさざきのみこと(仁徳天皇)」、古代よりこの聖なる大地を支配する王。白雀の主人あるじよ、我が霊剣「七支刀しちしとう」を使うが良い。この地が邪教に穢されぬように守るのだ、それがおまえの定めだ。


 幸村たちの様子を伺っていたサリエルが、静かに目を瞑り十字を切る。すると二匹の青い蛇が現れて互いに絡み合い、一本の剣に変わる。


「おまえには、これを貸してやる」とサリエルが政宗に聖蛇剣せいじゃけんを投げつける。


「幸村、どうする?外濠は埋められてるみたいだ」

「やらないと帰れそうにない。何の御加護も付いてない、無事に帰ったら観音様を殴ってやる。」


 ***


 悪魔侯爵フォルネウスは悪霊を呼び寄せて、契約の血を解毒する時間を稼いでいたようだ。精気が戻りつつある。

 フォルネウスに対して政宗、幸村が一直に並ぶ。


「サリエルめ、人間如きにこの私を倒させる気か、私も舐められたものだ」


 その一瞬の隙を突いて、政宗が上段から斬りかかり、それをかわしたフォルネウスを、燕返しで、下から斬りあげる。翼を広げ、辛うじて空に身を引くフォルネウス、その右脚に聖蛇剣がしなやかに形を変えて蛇のように巻き付く。

 同時に、政宗の肩を蹴って、フォルネウスの頭上に飛んだ幸村が、上段から七支刀を振り降ろし、鈍い音をたて、フォルネウスの左の角とそれを庇った腕を砕く。


「グウォー、、許さんぞ、貴様ら」と片膝を着いて、俯向うつむくフォルネウス。その顔を上げるやいなや、幸村に向かって、口から火炎を吹く。


- 桜山から朱雀を呼べ、おまえなら呼べる -


『何?何か訳がわからない。けど、助けて欲しい、桜山の朱雀!』


 時空を引き裂く炎の矢が、フォルネウスの目の前に現れて、フォルネウスの見開かれた目がそれが何かを知る前に、その口が吹く火炎の渦の中心を、一瞬で射抜いてしまった。


 宝剣「ほむらつるぎ」で口から串刺しにされたフォルネウスが、床の間の壁に掛け軸のように吊るされている。

 サリエルが悪魔侯爵フォルネウスの罪をはかりにかけて、その魂を地獄の涯、奈落の底へと送る。


 ***


 高山左近は棄教を拒否し、キリスト教の信仰と引き換えに領地や財産のすべてを捨てた。

 小西休長など多くの武将たちは棄教を誓い、一部の武将達は表面上では棄教を誓い、秘密裏に信仰を続ける道を選んだ。小西休長らにとってのキリスト教は、純粋な信仰の対象というよりは、政治や経済を活性化させるための手段でしかなかった。


 信じるものは救われる。唯一の神を信じ、敵でさえも愛し憐み祈り続ければ、最後の審判で救われるのかも知れない。

 けれど、自らを犠牲にしなければ救わない、この世では救わない、そんな神を唯一の神と信じて良いのだろうか。万十話にはその答えはない。いや、答えなど必要もなかった。万十話は神の慈悲にすがれるはずもない、人と斬り合う武将であり、唯一の神よりも万物に宿る霊的なものの方を信じている。



「おまえも帰るのか?」とサリエルが幸村に問う。

「帰るよ、でも良かった。万十話が死なずに済んだ」

「奴は自らの神を信じただけだ、何の罪もない」


 天の戸が開く、「さよなら、サリエル、楽しかった」と言うと、幸村たちは振り返ることもなく、その虹色の光の中に飛び込み、天の戸とともに消えてしまった。


「また、会おう、幸村」


 ***


 無事、幸村たちが元の世界に戻って来ると、観音様と麻利阿が待っていた。


「幸村くん、心配しましたよ。勝手にいなくなるし、連絡もくれないし、何してたんですか?」

「封印を解いたのは誰でしたっけ?」


 政宗が『俺が殴ってやろうか?』と目で合図を送って来たが、『手が痛むだけだ』と止めた。

 結局、赤楽茶碗「名月」と緑の旧約聖書「エノク書」は何だったんだろう。「名月」が血に染まる理由は分かったような気もするが、「エノク書」は何故、封印されていたんだ?


「そう言えば、また、お友達が増えたみたいですね」と観音様が言う。


「それを封印したのは私だ。自らを封印し、草休、つまり万十話に託したのだ」


 そこには黒いローブを身に纏った美しい天使が立っていた。「我が主、幸村のところに届けよとな」




(千利休)


 茶の湯の基本精神は「和敬清寂」という言葉で表され、「和やかな心、敬い合う心、清らかな心、動じない心」という意味があります。

 また、茶の湯は禅宗や幽玄能と深く関わり「侘び寂び」という精神文化を生みだしました。寂びは時間の経過と共に色あせて劣化することで出てくる味わいや趣きある美しさをいいます。侘びは寂びの味わい深さを美しいと思う心や精神の豊かさを表します。侘び寂びは静かで質素な、枯れたものから趣を感じる精神文化です。

 その「詫び茶」を完成させたのが、本来は侘び寂びとは対極にあるような堺の豪商であり、政商でもあった千利休でした。偶然なのでしょうが、茶の湯はキリスト教とも親和性があり、千利休は聖餐における聖杯の飲みまわしから、一味同心の連帯感や一体感を目的に、濃茶にも飲みまわしを取り入れたという考えもあります。

 千利休とは不思議な人です。利休や侘び寂びが登場しない戦国時代の茶の湯を描いてみましたが、そこに、利休の不在による侘び寂びを感じていただければ、と思います。

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