ファイル#4 狐の嫁入り

第10話 霊狐泉の白狐

 木曜の午後3時、天気は晴れ。学校帰りの駅前商店街、デパートの屋上に超魔術研究会メンバーが集合している。これから超魔術を実演するところだ。というわけで今日は観客が8人もいる。

 さっきから全く動かない爺さんと婆さん、その孫と思われる落ち着きのない子供、別々の携帯を見てるのに一緒に笑い転げている女子中生2人、そして超魔術研究会の3人だ。部長の近藤君、副長の土方君、同志の沖田君は、ここに来るまで「超魔術ゲリラ大作戦だ!」とか言って威勢が良かったのに、ちゃっかり観客になって、僕を応援している。


 場末のデパート屋上、BGMも懐メロだ。「チャコの海岸物語」が流れている。さびれてる。『いや、超魔術の下積みを積むには、うってつけじゃないか、僕のサクセスストーリーは、ここから始まる』と自分を奮い立たせてみたが、いまいち盛り上がらない。さっさと終わらせよ。


「霊能力で透視します」


 半分は本当で、半分は嘘だ。透視はできない。でも、超魔術には種がある。僕には取っておきの相棒、人の目では見えない霊獣「小雲」が付いてる。


 僕は向こうに行って、目隠しをして、後ろを向いています。誰でも良いので、この紙に好きな言葉を書いて、この封筒に入れて下さい。僕がそれを透視して、誰が何を書いたのかを言い当てます。それでは、僕は向こうに行きます。


 - 3分経過 -


『小雲、聞こえてる?見えてるものを念で送って下さい』

『見エタテモノ、送ッタネ』


 これ、俺??じゃなくて、そっちを見て、そう、え?未だ誰も紙とペンを取ってないのか、っていうか、爺さん生きてるの?いや、それより、こいつ。さっきから、目隠ししてる僕をパンチで叩いてる、いや蹴ってる?これ、あんたの孫だろ?孫の世話くらいしろ!あ、通じた?爺さんが反応した、何だろ、べ、べ、べ、ん?ん?、分かった気がする。


「見えました、、恐らく、お爺さんは便所に行きたいそうです。沖田くん、お願いします!」


 口を半開きにしたままのお爺さんを、沖田君がトイレに連れて行く。近藤君、土方君が「凄い、さすが幸村くん」と拍手してくれた。いつの間にか懐メロは「青い珊瑚礁」に変わっている。


 仕方ない、サリエルに「邪眼」でお婆さんに言葉を書かせるようにお願いする。屋上のフェンスに座って見物していたサリエルは、冷めた目で「おまえの好きにしろ」と、僕の眼をあっさり「邪眼」に変える。不味い!月の影で視界が失われた、真っ暗だ、何も見えない。


『落ち着け、心の目で見るのだ。おまえには見えるはずだ。そして、おまえが念じれば、世界がおまえに従うだろう』


 邪眼とは、命の満ち欠けを支配する月で、心の眼を覆い、その霊力を高めることのようだ。


 BGMも3曲目、「涙のリクエスト」に変わった。そろそろ終わりにしたい。目隠しを外し、「邪眼」でお婆さんを見る。


「僕の超魔術『邪眼』で、お婆さんの意識をジャックしました。もう、あなたは僕の言葉に逆らえない。紙とペンを取って下さい」


 僕が命じた通りに、お婆さんが紙とペンを取る。目を閉じて思い浮かんだ言葉を書いて、封筒の中に入れて下さいと命じると、お婆さんはしばらく考えていたが、思いついた言葉を書いて、懐かしそうに微笑んだ。ア・オ・ハ・ル、か。


「見えました」


 もう一度、お爺さんとお婆さんを見る。


「間違いない、アオハルです」


 封筒から紙を出すと、「青春」の2文字を広げて見せる。近藤君と沖田君が興奮して抱き合って、盛大に拍手してくれたが、お婆さんは何があったか覚えていなかったし、爺さんは意識を失っていた。その孫も僕にまとわり付いて、僕を死神呼ばわりして叩いている。女子中生は、どうせ如何様いかさまだと無関心な風で携帯をいじっている。


 さぶっ、まあ、世の中ってこんなもんだな。風邪を引く前に、さっさと帰ろと思っていると、「邪眼だって、笑える」と女子中生が何気なく呟いた。

 その言葉にサリエルが反応した。幸村の影が煙のように形を変えて、黒いローブを纏ったサリエルが現れる。女子中生2人の目がサリエルの邪眼に釘付けにされて凍りつく。


「滅」、右手を天に掲げ、「月よ、太陽を喰らえ」と唱えるサリエル。突然、皆既日蝕が始まる。太陽はゆっくりと瞼を閉じ、空から闇がなだれ堕ちてくる。


 マジですか?、、、さすがに爺さんも起きたぞ。「停電か?」と婆さんに確認している。取り敢えず、良かった、生きてたみたいだ。

 女子中生たちは、邪眼の縛りが解けると、すご!何?やばくない、天使みたい、滅茶苦茶イケメン!と写真を撮りまくっている。そっちかい!でも、残念だけどサリエルは映らない、写っているのは、恐らく、その背後にいる爺さんだ。霊的存在は心では見えていても、物理的には見えないはずだ。



 幸い皆既日蝕が起きたのは、この商店街に限られていたので、大ごとにはならないだろう。魂だけが感じる霊的な日蝕で、物理的な現象ではなかったらしい。サリエル曰く「ただの戯れだ」そうだ。

 でも、流石に多少の影響は残った。凄い演出だった、衣装も素晴らしかったと、歓喜に震え、大絶賛してくれた近藤君、土方君、沖田君たちが、「幸村くんと超魔術研究会」に同好会の名前を変えようかと密談している。

 ロックバンドかい?だとしても、超魔術研究会は僕のバックで何をしてくれるんだろうか、踊りか?勘弁して貰いたい。黒いローブを纏ったサリエルだけが相変わらずクールだ。


『暑くないの?』

『人じゃないからな、感じない』そうだ。


 ***


 ちょうどその頃、佐助稲荷神社の霊狐泉では、仙狐の藤次郎と3人の白い子狐たちが、秘術「狐の嫁入り」を念じていた。


「お師匠様、お日様がお隠れになるようです!」

「何者かが月の戸を閉めたのじゃ。何たることを、我ら一族に対する挑戦か?お日様を隠されたら『狐の嫁入り』が成り立たぬ。一大事じゃ!」


 こうして、サリエルの皆既日蝕は思わぬ騒動を引き起こすことになる。

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