ファイル#3 天使と茶の湯

第7話 赤い茶碗と緑の聖書

 13日の金曜日、麻利阿まりあ名告なのる少女が毘沙門堂を訪れて、赤い茶碗と緑の聖書を持ち込んだ。先祖代々受け継がれてきたものだが、その茶碗で点てた抹茶が血のように赤く染まるらしい。



 午後6時、幸村の部屋で、観音様と政宗がヘラヘラと笑って漫画を読んでいる。相変わらず反りが合わないらしく、時々、「何ヘラヘラ笑ってんだ」と睨み合っている。

 漫画は幸隆が毘沙門堂に仕入れたコミック初版の全巻セットだ。作品そのものよりも希少価値が値を左右するので、骨董品と変わらないそうだ。幸隆に言わせれば、本当に良いものはつまらない、美術館にでも飾っておけば良いそうだ。


祖父じいちゃん、どうでも良い漫画を仕入れ過ぎだ。お陰でこの2人がずっと入り浸ってる』


 幸村の頭上では、白い雀「小雲こくも」がパタパタと、突然、実体化して現れたり、霊化して消えたりしながら飛んでいる。

 良いんだろうか?観音様も実体化に慣れてしまって、どんどん俗っぽくなってる。でも、良いのか。このまま観音様を手なづけて、実体化の能力を磨けば、超魔術師として成功できるんじゃないか?俗な観音様とド派手な鳳凰、シュールだ、マニアックに受けそうだ。


 毘沙門堂の2階で、幸村、政宗、観音様が三者三様で過ごしていた丁度その時、階下から「御免下さい」と女の声がした。

 祖父の幸隆が店を空けているので、幸村が二階から店に降りて行くと、着物を着た少女が、風呂敷包みを抱えて立っていた。風呂敷で包まれていた桐箱の中には、帛紗ふくさに大切に包まれた赤い茶碗と緑の聖書が入っていた。


「これを届けるように頼まれました」


 本物の赤楽茶碗あからくちゃわんに見える。おそらくは焼成する途中で、偶然に生まれたのだろうが、三日月のようなヒビ割れが妙に味わい深い。聖書も年代もので、「エノク書」とヘブライ語で書かれた旧約聖書だ。毘沙門堂で気軽に扱えるものではなさそうだ。


「店主は今出掛けているので、少しお待ちして頂けますか?」

「買い取って貰うために来たのではありません。幸村さんに届けに来ました」

「僕にですか?」

「そう頼まれました。この茶碗『名月』に」


 その少女の名は麻利阿まりあ、切り揃えた前髪に漆黒の瞳と整った口元、人形のように綺麗な顔立ちをしている。茶道万家の娘だそうだ。縁に似ている気もするが、外見だけで似ていると思ってはいけない。


「縁に似てる」と政宗が呟く。

「気のせいだ」と幸村があっさり否定する。


 その茶碗は、開祖の草休がヒビ割れた三日月の景色を「名月」と名付けて愛でた万家の家宝らしい。

 ところが、数日前の小寄せ茶会で「名月」で点てた抹茶が血のように赤く染まり、黒い人影が現れて、麻利阿にこれを毘沙門堂の幸村に届けるように頼んだそうだ。


 関わりたくない、と思う幸村。


「有り得ませんよ」

「そうですか?背後におられる観音様は有り得ると頷かれているようですが」


 麻利阿には霊体になっている観音様が見えるらしい。でも、観音様によると、霊感が強くても、僕のような時空を繋ぐ能力はないらしい。って言うか、勝手に頷かないで欲しい。面倒なことは御免だ。


「ただの背後霊ですよ。信用しないで下さい」

白雀はくじゃくも可愛いですね。やはり、幸村さんに、この謎を解いて貰いたいです」


 僕の気持ちを知ってか知らずか、観音様は菩薩なのに聖書の方に興味を持ったようだ。血の赤さは、聖杯で葡萄酒を飲みまわす聖餐せいさんを連想させる。赤い茶碗の謎を解く鍵は、緑の聖書の中に隠されていると思っているようだ。


「こちらの聖書には『封☆印』が施されているようですが、何故でしょうか?」と尋ねる観音様。


 聖書を封印している帯に「封印を解くべからず」と記載されている。嫌な予感がしたので、幸村が観音様に注意する。


「宗派も違うし、観音様は興味本位で首を突っ込まない方が良いですよ」


 逆効果だった。


「そうですね、封印を解いてみましょう。何か手掛かりがあるかも知れません。大丈夫です。御仏の御加護がついていますから」


 ***


 白砂に青松か、良く分からないけど、観音様が封印を解いた瞬間に、知らない海まで飛ばされたみたいだ。太陽が妙に眩しい。

 向こうの浜では、小舟から上がった男たちが集まって、賑やかに魚のセリをしている。しかも、ふんどしだ。その周りの人たちは小袖こそで袴姿はかますがたか、やれやれだな、帯刀している人もいる。


『あーあ、やっぱりな。タイムスリップしてる』


 雲一つない青空の下で、小雲こくもが気持ち良さそうにパタパタと飛んでいる。


『良かった、小雲が一緒だ』


 きっと、そのうち戻れるだろう。観音様が自分で御仏の御加護がついてるって言ってた。それに、小雲もいる。大丈夫だ。


『良し!せっかくだから楽しんで帰ろう』


 取り敢えず、超魔術で稼いで腹ごしらえだ!



 

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