第6話 鳳凰の雛
夕陽が鳥雲神社の鳥居を紅く染めている。中雀門に続く参道沿いは、ハクウンボクの白い花が、大きくて丸い緑の葉に雲のように垂れ下がり、その足下では、小さな鈴をあつめたようなスズランや宿根草の青いオダマキが咲いている。
中雀門を潜る幸村、首から雀の子を入れた袋を下げている。阿修羅は幸村の中に身を潜めている。中雀門を潜り、幸村たちが神社の裏側に廻ると、夕暮れの空に真っ直ぐ伸びた竹が、桜山の南麓を見渡す限り覆っている。
竹の葉を揺らす
「お待ちしておりました。雀のお宿にようこそ。幸村様を主人のところまでお連れ致します」
気がつくと、雀の子も着物姿になって案内人の手を握り、幸村に微笑んでいる。どうやら実体化も解けたようだ。
***
雀のお宿の奥座敷には、夕食の膳が用意されていて、幸村が席につくやいなや、雀百まで踊り忘れずの賑やかな宴会が始まった。
「幸村様、ありがとうございました。この子の母親のスズ子と申します」
酒のかわりにと甘酒を注ぎながら、ことの
太古の昔から桜山の南方を守護する神獣「
朱雀は火を操る美しい鳥で、その赤い大きな翼で悪霊を追い払い、ここに生きる自然や生命を守ってきた。そして代々の雀も、朱雀に守られた竹藪に身を寄せて、霊となっても寄り添って、人々と共に生きてきた。やがて、人々と雀たちの思いが一つになり、この町を守り、吉兆を知らせる霊獣「
私たち竹藪に棲む雀も、子孫繁栄、五穀豊穣、災難を食べ尽くして家内安全につながる縁起のいい鳥と人々から愛されて、鳳凰がそうするように、善い人を見定めて祝福してきました。
そうして、ここで「鳳凰の雛」と呼ばれるようになって、本当に永いあいだ、家族円満に暮らし、田畑の害虫を食べ、人々と秋の実りを分かち合ってきたのです。
けれど、環境開発が進み、自然や生命と人との繋がりが薄れると、人々は朱雀のことを忘れ、人里で暮らしてきた私たち雀も棲家と食べ物を失い、カラスや外来種に追われ、その数を減らすばかりです。
太古の昔から雀の宿を守ってきた朱雀も、私たち雀があらわす「豊かさ」や縁起の意味も、人々の記憶の彼方に消え失せようとしています。鳳凰も二度と羽ばたくことはないでしょう。
それはもう仕方ない、けれど朱雀が亡くなり、ここに閉じ込めてきた
そう思って、雀の子を杉山寺の観音様のところに御使いに出したそうだ。ところが運悪く、桜山のトビに睨まれて動けなくなって、そのうちトビがいなくなって、やれやれと安心して飛び跳ねているうちに道に迷ったらしい。偶々、霊が見える僕に見つけられて助かったそうだ。
***
宴もたけなわですが、そろそろお開きに、という時、幸村の目の前に、大きなつづらと、小さなつづらが並べられる。
「小さい方でお願いします。好きな方を選べば良いんですよね、大丈夫です。家に帰るまで決して蓋を開けたりしません」
「いえ、幸村様、どうか何卒、大きな方を持って行って頂きたい。お願いでございます」
大きなつづらを眺める幸村、凄く胡散臭い。
『幸村くん、大きな方を貰いましょう。観音様からも頼まれている』
そういうことか、まあ、阿修羅くんがいるから大丈夫か、と大きなつづらを背負い、雀の子とお別れをして、雀のお宿を後にする。雀の子が見えなくなるまで手を振ってくれた。
***
そのまま、大きなつづらを背負い、阿修羅くんと一緒に海まで来た。月あかりに照らされた三面六臂の阿修羅くん、少し怖い。
「そろそろ蓋を開けてみましょう」
「本当に開けるの?」
「人がいる町で開けると不味いでしょ」
まあ、僕たちが開けなくても、勝手に開いてしまいそうだ。さっきから、蓋がガタガタと音を立てている。朱雀が守る雀のお宿から出て、つづらの蓋の押さえが効かなくなったみたいだ。
案の定、中から蓋が開き、悪霊や化け物がそろって顔を出すが、一瞬で首を
『さすが、修羅に生きる闘いの神。瞬殺だった』
阿修羅くんは左右の手を天高く掲げたまま、目を瞑り動かない。その手が掴む日輪刀と月輪刀が月あかりを浴びて、不吉に蒼白く輝いている。
「朱雀め、とんでもないやつを封印していた」
突然、ドーンと何かが地響きを立てて爆発し、つづらが空高く舞い上がる。見上げた空から、巨大な黒い影が
「ぼんやりするな!」
政宗が幸村を突き飛ばす、その赤い目に弓を放ち、日輪刀で斬り込む阿修羅。
「逃げろ、
幸村と身を隠す政宗。
「無茶はするなって言っただろ、何なんだ、あいつらは?」
「俺だって聞いてない、観音様に教えて貰って、雀の子を竹藪に連れて帰っただけだ。おまえだって、何でここにいる?」
「知るか!」
杉山寺で観音様を拝む幸村の様子が怪しかったので、政宗はずっと幸村のあとをつけて来たのだ。
さすがに、強力な霊力を持つ霊獣大蛇と仏法の守護神である阿修羅とのバトルともなると、普段は霊的なものが見えない政宗にも、その姿が見えるようになる。
「クソ、おまえ、今日は超魔術はないのか?」
「あるわけないだろ、あれは本物だぞ。ともかく、逃げるのが先だ」
『ちょと待って、幸村くん』
『また?』
あろうことか、僕を呼びとめたのは朱雀だった。私が力を貸そうって、貸して欲しくないんだけど、最後のお願いだからって、宝剣「
やけくそで飛び出して、何も考えずに斬り込むと、身体が宙を舞い、焔の剣から炎に包まれた翼が広がり、一瞬で大蛇の頭を串刺しにしていた。
焔の剣が大蛇の頭を貫いて大地に突き刺さっている。阿修羅くんがその首を胴体から切り離し、大蛇を封印する。人が知らない神々が眠る森に焔の剣と一緒に送るそうだ。
「胴体から切り離しても、霊獣大蛇は死なない。けれども、神々が眠る森で朱雀が大蛇を永遠に閉じ込めてくれるはずだ。焔の剣は朱雀そのものだから」
六つの目で幸村を見る阿修羅。幸村くんは神剣も召喚できるということか。
***
毘沙門堂の二階、幸村の部屋で観音様が開運!猫饅頭を食べている。幸村と政宗、縁は其々が別々のことを考えながら観音様を眺めている。
「無茶するな、先に俺に相談しろって言っただろ」
「だから、聞いてなかったんだって」
「そうよ、先に相談して欲しかった。何で大きいつづらなの?小さいつづらって決まってるでしょ」
「そっちか。現実だと強欲ものが小さいつづらを選ぶんだな」
「そうね、私が小さい方を貰いにいけば良いんだ」
「縁には雀の霊は見えないよ」
「そうでもない、猫饅頭で如何でしょう?」
少しの時間であれば、観音様の力で霊が見えるようになるらしい。お釣りが来ると即断即決で猫饅頭で手を打つと、縁は小さなつづらを貰うために雀のお宿に出掛けて行った。
***
縁の前で小さなつづらの蓋を開ける雀のスズ子。
中にあったのは漆塗りの箱が一つ。その漆塗りの箱を開けると、今度は桐箱だった。そして桐箱の中には、一服の掛け軸が収納されていた。
「竹藪の雀の守り神、旭日鳳凰の掛け軸です」
赤い
「この掛け軸は、鳳凰の
それは、竹藪の雀と人間が親しかった頃に、名のある絵師が自らの魂を込めて、鳳凰の姿を写しとったものだった。
「ここでは、もう鳳凰は飛べないのでしょ?」
「あなたを信じて良いのでしょうか?」
「それを決めるのは私ではない。信じられるか否かではなく、信じるか否かよ」
戻って来た縁は「普通は中から大判、小判や宝物でしょ」と愚痴って、小さなつづらを幸村の部屋に置いたまま、帰ってしまった。掛け軸には興味がないそうだ。「善人にしか祝福のご褒美はないのだから、当然だ」と思って、僕は寝た。
翌朝、何かが僕の頬を
どうやら、掛け軸の中の鳳凰は小さな雛に戻ったようだ。掛け軸の中で、真っ白な雀が丸くなって眠っている。
(鳳凰の雛)
日本人にとって身近だった雀は減っているそうです。人間による環境開発が進み、巣を作る場所や餌が減ったこと、人工物(ゴミ)による被害、天敵のカラスや放鳥された外来種の増加などが原因と考えられています。
雀は厄をついばむ縁起物とされ、家運長久・子孫繁栄、家内安全、富の象徴でした。人里で屋根瓦の隙間などに巣を作り、毎年、同じ所で卵を産み、子育てを終えるまで夫婦、家族で共に行動をする。雛は害虫をたくさん食べて、穀物の実りを助けます。そうやって人と共に暮らしてきました。
「竹に雀」も縁起物で取り合わせが良いとされています。竹は、竹だけで藪を作り、他の樹木の中には生えません。常緑で土に根を深く広く張る竹と雀のとり合わせは、「子孫繁栄」や「一族繁栄」の象徴とされ、上杉家や伊達家の家紋にもなっています。
取り合わせが良いということもあり、竹藪に棲む雀のことを「鳳凰の雛」と言こともあるようです。鳳凰は世界が平和なときだけ太陽の光にのって飛んでくるとされ、60年に一度実る竹の実を食べて現世に留まり、乱世になると天上へ還ってしまうため、善君の世の証とされていました。
また、「雀は鳳凰の雛」は、鳳凰のように、雀は人を見定めて、善人だけを祝福をすると言う意味が込められているようです。
突然変異で生まれる「白い雀」も古くから端鳥とされ、神聖で特別な縁起物とされてきました。聖武天皇や桓武天皇などが白雀の献上を受けたという記録が残されているそうです。
人里に暮らす雀のくらしを考えることは私たちの未来を考えることなのかも知れません。雀があらわす「豊かさ」や縁起の意味を改めて考えてみるべきかも知れません。
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