第5話 雀のお宿

 机の上で、雀の子が「シリ、シリ」と鳴いて、黄色い口を開けている。その喉の奥にプラスチックの薬匙で餌を突っ込む幸村。


『可愛い、懐いてる』


 餌は昨日、ホームセンターで買った米ぬかや大豆などの植物性の上餌うわえと、魚など動物性の下餌したえを粉末にして合わせたすり餌だ。他にミルワームという幼虫タイプの生餌も机の引き出しの中に押し込んでいる。


「上杉〜、授業中だ、雀に餌やるな」


 国語の小林先生だ。どうしよう?雀の子はとても良く食べるのだ。とりあえずとぼけてみよう。はーい!と大きな声で左手を挙げる。


「何のことですか?」と笑顔で応える。

「何のことって、雀、おまえ、どこにやった?」

「先生、授業に集中しましょう」


 小林先生が僕に気を取られた瞬間に、証拠を隠滅した。今、雀の子は学生ズボンのポケットの中で驚いているはずだ。


「まあ、良い」

『まあ、良くない。まだ、お腹を空かしてる』


 今度は教壇の小林先生からは見えないように本をたてて、また、雀の子に餌をやっている。


「可愛いな」

「ええ」


 って、いつのまに?僕の背後に立っている小林先生に、教科書で頭を叩かれる。


「他の生徒に迷惑だ」


 皆んなのためか、もっともだ。素直に謝っておこう。いつのまにか右手に持ってる白いハンカチで、眠たそうな雀の子をそっと包み込む。両手を貸して下さいと、小林先生の掌にその白い包みを載せる。


「何だ、これは?」

「さあ、開けてみて下さい」


 ハンカチの中から、幼虫タイプの生餌、ミルワームが出て来る。


「お礼ですね。お腹いっぱいになったそうです」


 ***


 昼休み、屋上で政宗と一緒に購買で買った牛乳で焼きそばパンを食べている。


「怪我じゃないだろ、雛は未だ飛べないだけだ」

「じゃあ、何であんなところにいたんだろ?」


 巣を作れるような人家のない農道だった。巣から落ちたわけじゃないよな。


「大丈夫なのか?雛って面倒くさいぞ。おまえ未だ飼育許可も貰ってないだろ?」


 雀の雛は2週間ほどで飛べるようになり、1ヵ月ほどで巣立ちするが、人間に育てられた雛は飛び方や餌の捕り方、外敵から身を守る術を、親から学べないので、自然界では自力で生きていけないらしい。

 それに、雀などの野鳥を捕獲して飼育することは「鳥獣保護法」で禁じられていて、弱っている雀を保護する場合でも、役所から「飼育許可証」を貰う必要があるそうだ。

 

「滅茶苦茶、面倒くさいじゃないか!」

「焼き鳥にしろ、幸隆のジジイに食わせれば済む」


「そうだ、観音様に相談してみよう」

「あの胡散臭い観音菩薩か?だったら俺も行く」


 ***


 杉山寺の観音堂で十一面観音立像に手を合わせる幸村。観音様、雀ちゃんのお家を探して下さい。


『幸村くん、私にお願いしているのですか?』

『ほかにいませよね?』

『猫饅頭でどうでしょうか?』

『お賽銭あげましたよ』

『住職さんにね。私がお金を貰っても仕方ないでしょ。それと政宗くんは何とかなりませんか?ちょっと怖いです』


 政宗がやっぱり胡散臭いと観音様を睨みつけている。怒りの表情の瞋怒面しんぬめんで政宗と睨み合いながら、十一面観音菩薩は雀の子をマジマジと眺めている。

 間違いはなさそうだと確信すると、桜山の南に鳥雲神社という古い神社がある。中雀門を潜り、神社の裏側に廻ると、桜山の朱雀が守る竹藪がある。そこが雀のお宿です、と幸村に告げた。


『雀のお宿、朱雀が守る竹藪ですか?』

『この子はそこに棲む雀の霊です』


 昨日、僕が観音様と阿修羅くんを実体化した時、雀の子も一緒に実体化してしまったそうだ。子供なので自分で実体化を解くのが難しいらしい。


『昨日、御使いに出たまま帰って来ないと、この子の親が心配して探しています』

『分かりました。雀のお宿に連れて帰ります』


『ちょっと待って、幸村くん』


 観音様は阿修羅くんを召喚すると、阿修羅くんに僕らと一緒に行くようにお願いした。


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