ファイル#2 雀の涙
第4話 雀の子飼い
町の港の東側にある桜山で幸村が物思いに耽っている。桜山は小高い丘陵で、東は東京湾越しに房総半島、西は江の島、相模湾越しに富士山を望むことができる。丘陵の尾根のピークには、木々に覆われた前方後円墳があって、この町のちょっとしたパワースポットになっている。
古墳は4世紀頃のもので、前方部が西側、後円部が東側を向いている。全長約88メートル、後円部の直径は55メートル、前方部の長さは33メートル。丘陵の岩盤を削って形を整え、さらに盛り土を行って造成し、墳丘には白い砂岩で
ヤマト王権の強い影響下、古代、畿内方面から相模を通り、三浦半島から房総半島方面への海上交通の要衝を押さえる場所を選んで造営された古墳と考えられている。
小学校の頃、幸村はここでよく政宗と縁と一緒に遊んでいた。石室の一部が露出していて、その隙間から、3人で勝手に古墳の石室の中に入って、其々が神秘的なタイムカプセルの空気に浸っていた。
放課後、幸村は久しぶりに弓道場で縁が練習するのを見た。弓道衣を身にまとった直立姿勢から弓を射る姿は、いつも通りに凛として清楚だった。
小笠原流の射法八節で、姿勢を整え、弓を持ち上げ、弓と弦を引き、狙いを定めて、矢を放つ。矢は
拍手する部員たちに、笑顔で応える縁。信じられないような笑顔だ、何なんだろう、あの眩しさは、あれが縁でなければ、僕は絶対恋してる。
あれが縁でなければな、、残念だ。それで、気晴らしのために、ここに来た。
トンビか、幸村の目線の先で、トビが輪を描いて飛んでいる。富士山に映えるな、でも、鷹だったら縁起も良かったのにな。見ていると、トビは地上の何かを狙っているようだ。
何となく縁の真似をして、弓を引く幸村。バン!と幻の矢を放つ。すると、驚いたトビがバランスを崩して、二、三度、慌てて羽ばたき、丘陵の森の中に隠れてしまった。
『マジか?』
桜山からの帰り道、歩道もない農道の脇で、うずくまっている雀の子を見つけた。怪我をしているように見える。
しばらく様子を見ていたが、やっぱり飛べない。目の前を頻繁に車が通り過ぎて行くのに、目を回しているようだ。親鳥はいないの?迷子なのかな。
幸村が何気なく手を出すと、雀の子は手のひらの中にチョコンとのってきた。
『何か見つめられてる。可愛い』
***
縁は商店街の菓子屋「大黒屋」の一人娘だ。本当か知らないが創業200年の老舗で、開運!猫饅頭を売りにしている。袋の中に小判が入っていれば、もう一つ貰えるのだが、よほど運が良い人でないと当たらない。でも、ここではそれが逆に受けている。
「おじさん、猫饅5個」
「幸くん、お客さんかい?」
「まあ、そんな感じ」
右手に雀の子、左手に猫饅頭を持って、家に帰ると2階に上がって、お茶を沸かす。約束の午後6時10分まであと3分か。
「幸村くん、お邪魔します」
「寺を空けてて大丈夫なんですか?」
「午後6時から6時半までは休憩時間です」
観音様の頼みで、再び、実体化を試すことになった。どうしても、生身になって「開運!猫饅頭」を食べてみたいというのが理由だから馬鹿馬鹿しい。
「痛いです!」
いい加減に、人の心を読んで、叩くのやめて欲しい。
「幸村くんは煩悩が多すぎます。これは修行と思って下さい」
「良いんですか?僕の言うこと聞かないと、猫饅頭を食べさせてあげませんよ」
「それが煩悩だと言うのです。やはり、阿修羅くんを呼ぶしかないですね。幸村くんは聞き分けがないから、阿修羅くんに鍛えて貰うしかないです」
勝手なことばっかり言ってるけど、猫饅頭を食べたいだけじゃないか、煩悩だらけなのは観音様だって同じだろ、と素直でやけくそな幸村の前に、観音様に召喚された
十一面観観音菩薩様に対して何たる無礼、この阿修羅が決して許しませんと、有無を言わさず、六つの手で幸村を連打する。3人しかいない部屋で、16面と10手が入り乱れている。
怒ったり、笑ったり、哀れんだり、何か滅茶苦茶だ、あれ、でも、何かまたきた気がする、何だろ、和を以て、貴しと為すか、分かりましたよ、
「皆んな実体化しろ!仲良くお茶しよう!」
十一面観音菩薩様、阿修羅くん、幸村が、ちゃぶ台を囲んで、仲良くお茶を飲んでいる。ちなみに、ちゃぶ台は祖父の幸隆が店で販売するために仕入れた骨董品だ。
「幸村くん、やはり実体化できるんですね。有り難い。これが開運!猫饅頭ですか、美味しい。2百年間も、私はこれを美味しいそうに食べる人たちを見続けてきたのです。ああ、生きていて良かった」
「良かったですね、観音菩薩様」
阿修羅くんが泣いてる。やっぱり、人のこと言えない、煩悩だらけじゃないか、と思った瞬間、やばい、と頭を手で覆う幸村。あれ、叩かれない、、、そうか、煩悩塗れで実体化すると、心も読めなくなるのか。
だったら、チャンスじゃないか?実体化してるうちに、祖父ちゃんに頼んで、店で売りさばいて貰えば良いんじゃないか?中国かインドで見せ物にでもすれば、金になりそうだ。
そんなこととは露知らず、素晴らしい人と巡り会えたと、六つの腕で幸村を羽交締めして、抱きしめる阿修羅くん。
「良かった。阿修羅くんと幸村くんは、すっかり仲良しになったみたいですね。そうだ、いっそのこと、お付き合いしてみますか?彼女が欲しいって祈ってましたよね」
「阿修羅くんって、男じゃないですか?」
「この阿修羅くんは、右側が男性、左側が女性、正面が両性なので、どちらでもないし、どちらでもあるんです。安心しましたか?」
「興福寺の有名な阿修羅像は、右側が幼少期の子供の顔、左側が思春期の少年の顔、正面は青年期の顔だったと思いますが」
「色々あるんですよ、私たちを生み出した人間っていい加減ですから」
「ところで、その雀の子は何ですか?」
「怪我をしてるみたいなので、連れて来ました」
「雀の子飼いですか、心ときめきするものですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます