第4話

「な、なにって」


私は、本当に、本当に努力して返事をした。

しかし、睥睨された眼は一切の色を変えることなく(それがまた謎の快感をもたらすのだが)、その凶器のような声が再度私に降り注ぐことになる。


「なんでこんな辺鄙な場所に人間がいるんだっつってんだよ」


「あの……ここって、どこですか?」


辺鄙な場所、と言われ、私が想像したのはもしかしてここ屋久島?だった。


けれど、それにしては少年の服が変だ。登山者のそれではない。それどころか、私たちの着る日常着すら遠い。


それは、歴史の教科書で古墳時代の大王という人が来ているもののそれだったのだ。


二の腕中央部分が両方とも赤いひもで括られ、胸元には革ひもで括られた赤い勾玉が一つ。ズボンは筒状で、靴は履いていなかったが、その素足は一切泥などで汚れてはいなかった。


少年は睨みを利かせたまま上手に眉根を寄せる。とんでもない美人なのに残念だなぁと思っていた眉間のしわがより深くなった。


「普通はここは霊が来る場所だ。生身で入ってくる人間はただの馬鹿だよ」


「はっ? ば、バカって……。っていうか、え、まって。霊って幽霊ってこと?」


「……」


なんだかこれ以上説明したくなさそうな嫌そうな顔をしているが、こちらとしてはそうはいかない。


「こ、ここって屋久島じゃないの? ここまで苔っぽい場所ってそこしか私知らないんだけど……」


「島ではない。というか、人間の生きている場所じゃない」


待て、なぜそこで言葉を切る。私は爆発しそうな混乱を抑え、説明不足過ぎる少年に質問を繰り返した。


そうして分かったことは。


ひとつ、ここは彼の言葉通り人間の生きる領域ではないということ。オカルト極まりないが、先ほどの黒い泥の化け物を見た以上、何も文句は言えなかった。


そしてもうひとつ、ここに生身でいることは危険であること。なぜかって? ここは、怪物のたまり場だから!


「わ、私とんでもないところに来ちゃったぁ……」


「……もっととんでもない事実があるんだが、教えてやろうか」


この少年、どうやらあまり性格がよくない……いやむしろ、全振りで悪いらしく、だんだん私が慌てるさまが面白くなってきたらしい。


顔にはうっすらと怪しく美しい笑みが浮かんでおり、これ以上私のききたくない情報をくれる気満々らしかった。


しかし、私に頷く以外の術がない。彼自身の言葉だが、この男の子の近くにいなければ、私なんて人間、ぱっくり頭から食べられて即終了らしいから。


「お前、俺と生きている時代が違ったみたいだな。お前にとって、ここは過去だよ」


「……それはなんとなーく思ってた。もしかして、古墳時代かなーと」


最も信じたくなかった言葉が飛んできてしまい、私は固唾を吞む。歴史の勉強を昨日しておいてよかった。


いや、よくない。たぶん、受験勉強まで戻るのに相当の時間がかかる。


「へえ、少しは勘がいいな。俺が視える範囲だが、お前の時間は千年以上食い違ってるよ」


「せっ……」


千年!? 想定はしていたが実際に言われると衝撃である。というか、千年前なんて想像しろという方が無理だ。受験勉強どころではもうない。


「ど、どうすれば戻れますか!?」


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碧竜想記 千羽はる @capella92

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