第3話
本能が悟る。
これは、「見てはいけない」ものだったのだ。
見たらきっと、どこまでも追いかけてきて、私はいつか死ぬ。そういうモノなのだ。
妖怪、といわれるものなのか。
絶望で濁り始めた頭が、その言葉をふと浮かべ……一つ目を見て体がしびれ始めているのに気付いた。
しかし、それすらどうでもいいというほどに、意識そのものがぼんやりとし始めていた。
見てしまったからだ。その目を、姿をはっきりと見た人間は、ただの食い物になり果てる。
なんでここまで、私、わかるんだろう……。
ぼんやりと薄くなっていく意識を受け入れつつも、疑問は残る。だがもう終わりなのだ。そんなことを考えても意味がない……。
『シッカリ、シテ!』
「えっ?」
自分の内側から放たれた叱咤に、意識から霞が晴れる。
それと同時に、私の頭上から、どこか傲慢な声がおりてきた。
「我々の近くで人喰いとは。まったく学習能力ってやつがないよなお前ら」
ふわり。
音すら立てず、私の眼前に人が降りてきた。
まるで背中に見えない羽が生えているかのように、重力に縛られない優しい着地。
しかし、私と同じぐらいの身長と、長く美しい黒髪を持つ彼は、一切の優しさを感じさせない声で黒い泥を見やる。
「俺は管理者だが、お前は嫌いだな。さっさと散れ」
言いながら、何のためらいもない動作で右手を眼前に突き出す。
そのままでは先ほどからめとられた私と同じになるのでは、と思ったが、そうはならなかった。
―――手から、炎が噴き出したのだ。
「ええっ?」
思わず声が出る私。そして無視される私。
彼が手から噴き出した炎は、みるみると細長くなり、時代劇で見るよりもより長い刀――後で聞いたら大太刀というらしい――へと変わる。
彼は、その右手を刀ごと握りつぶし。
次の瞬間、刀は、黒い泥を串刺しにする形で顕現した。
ギィアアアアアアアアア!!!!
空間そのものを震わせるような、黒い泥の断末魔が響く。
何もかもを塗りつぶすような怨嗟に、私は思わず耳を塞いだ。
けれど、眼前の少年はそれすら握りつぶすように、太刀からあふれ出る炎の威力を上げる。
「うるせぇな、黙れ」
断末魔さえその炎で燃やし……その一帯は、瞬く間に静寂に包まれたのだった。
「……で?」
くるり。
少年が完全に軽蔑したような目でこちらへと振り向いた。だが、私はといえば。
「……」
今回何度目になるのか、完全に言葉を失った。
想像を絶する美少年が、目の前にいたのだ。
伸ばされた黒髪は私よりも艶やかで、何か手を加えているわけでもないのにぼさぼさになることなく背中にそのまま流されている。
白く透き通るような肌は、どれほど高価な化粧品を使っても彼ほどにはならないだろう。
鋭い目は琥珀に似た透明感のある茶色。
もう片方は粗雑な布で覆われ、その片目だけが私を睥睨している。
しかし、その睥睨さえ謎の快感をもたらすのは、なんでだ。私にそんな趣味はない。
色が薄く形の良い唇が、再度、言葉を紡ぎだした。
「で、お前、何」
その声もまた腰に戦慄が走るほど良い声で、まだ変声期を迎えていない少年のもののはずなのに腰砕けになりそうになる。
なんだこの全身女性向け凶器の少年は!
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