第51話 秘められた姫
「……いや。いや、でも‼ この国の姫はちゃんと発表されてるだろ⁈ まだ赤ん坊だけど、王と王妃の間に産まれた姫が……」
「ええ。マーサ・ノア・クロウディアのことでしょう? そうよ。正当な姫として発表されているのはマーサ姫」
「……じゃ、じゃあ、ネネは……?」
「ネイチェル・ノア・クロウディアはマリア・コルスティンとゲイム・ノア・クロウディアの間に産まれた子供。王の愛人の子供よ。ネネは正当な姫ではない」
メリアとスーが息を呑む。ルルはまるでわかっていたかのようにうつむいたまま、反応を示さない。ジョージが暗い顔をした。
「マリア・コルスティンは下層生まれの一般人。本来、国王と関わることのないような人間だったけれど、どういうわけか王に出会い、見染められ、恋仲になった。王には王妃になる予定の許嫁がいたにも関わらず。王妃はなかなか子宝に恵まれなかったわ。その代わりに、王の愛人には子供が出来た。王族、貴族は大激怒よ。下層の人間との子供など、姫として扱えないと。そして、マリア・コルスティンが王妃になることも認めなかった」
「……なんだか、可哀想……」
メリアがそう呟き、スーは顔をしかめた。ジョージは続ける。
「愛人との間に子供が出来たと知った王妃は激怒したわ。愛人の存在は黙認しても、その子供が正当な姫として扱われるなんて耐えられなかった。だから、王の愛人と、愛人の子供を殺すように命じたわ」
「え……⁈」
「……なんだよ、それ……愛人はともかく、産まれた子供に罪はないだろ……‼」
「そうはならないのが王族というものよ。マリア・コルスティンと赤ん坊は、エルによって殺されかけたわ。エルは王族の犬。汚れ仕事だってなんでもするの。でも、マリア・コルスティンは赤ん坊を連れて、なんとか下層に逃げ延びた。そして、マリア・コルスティンはひっそりと息を潜めて、赤ん坊と一緒に下層で生きたわ。でも、その数年後、子供を残して下層で病死した」
「……じゃあ、ネネが一人で彷徨っていたのは……」
「下層は親がいない幼い子供が、いくら下層生まれとはいえ、長年上層で暮らした母親に育てられた子供が、一人だけで生きていくには酷すぎる。ネネ・コルスティンは、マリア・コルスティンがネネの正体を隠すために名付けた名前よ。王は本当はネネを正式な姫として、そしてマリア・コルスティンを正式な王妃として迎えたかった。けれど最後に残ったのは、愛する人とは二度と会えないという現実と、ネイチェル・ノア・クロウディアという、秘められた姫の存在だけ」
「……なんで今更、ネネが上層に連れていかれたんだよ……⁉」
「そ、そうだよ‼ ネネは下層に落とされたわけで、もう、王族とはなにも関係ないのに……‼」
「一年ほど前に、王妃が亡くなったことを覚えているかしら。スー」
ジョージの問いかけに、スーが頷く。
「王妃は一年前、マーサ姫を産んだ直後に亡くなったわ。子宝に恵まれただけでも奇跡のような話だったしね。そして、王妃が亡くなってから、元々病弱だった王の体調は悪化の一途を辿り、いまはもう、いつ亡くなるかわからないような状態よ。王妃もおらず、王も消え、後に残されるのはまだ十歳にも満たない姫。絶対王政のこの国において、それは死活問題なの。王族が消えれば、下層に蔓延っている上層への不満が一気に溢れ、この国は崩れる」
「……だから、ネネが必要?」
「そうよ。王が死んだあと、その後継として、たとえ愛人の娘であっても王の血を引く姫が必要。だからエルは血眼になって姫を探していたわ」
「エルが探していたのは、人食い魔女だけじゃなかったんだ……」
「……ミス・フェルベールは……」
その時、ずっと黙っていたルルが口を開いた。顔を上げ、じっとジョージを見つめるルルに、ジョージはなにも言わずに次の言葉を待っている。
「ネネがお姫様だって、知っていたんですよね……? じゃあ、なんで、エルに伝えなかったんですか? あなたがエルにネネのことを伝えていたら、エルはもっと早くにネネを連れて行ったはずなのに……」
「ああ……ルル。あなたもわかっていたのね、ネネの正体を。そうね。私がエルに伝えていれば、もっと早くネネは連れていかれたでしょう。反対に、私がエルになにも教えず、ネネがセリルと出会うこともなかったら、ネネはずっと見つからなかったでしょうね」
「どうして……」
「下層に落とされ、死にかけて、地獄を見て、母親も目の前で死んだ。ようやく下層で幸せに暮らせるようになった女の子の幸せを願わないほど、私は愚かではないわ。私は王族が……エルが嫌いよ。正義を掲げているくせに、奴らが見るのは上だけよ。足元の人々を見もしない。そんな人間にはなりたくない。それだけ」
ジョージが「ふふっ」と自嘲気味た笑顔を浮かべた。
「それでも私はエルなのよ。滑稽ね」
「セリル・イントレイミは? あの人はネネとどういう関係なのですか……? あの人はネネのことを心の底から心配していました……そして、何度も謝ってた……」
「……セリルは、ネネとマリア・コルスティンを下層に落とした張本人よ」
ジョージの言葉にルルが目を見開いた。スーはセリルの名を口にした時のネネの暗い表情を思い出す。
「とはいえ、あの時はそうする以外にマリア・コルスティンとネネを救う術がなかった。ネネが生まれた時……十六年も前の話よ。私はエルにすら入っていないし、セリルはエルの見習い騎士だった。王妃の命でエルに殺されようとしているマリア・コルスティンを救うために、セリルは二人を下層に逃がしたのよ」
そう言うと、ジョージはため息をついた。
「セリルはネネを上層に連れていったでしょう。セリルはネネにとっての幸せは、上層でなんの不自由なく、安全に生きてくれることだと思っているのでしょうから」
「助けに行かないと‼」
スーが思わず立ち上がったが、メリアが「スー」と諭すように名前を呼び、首を横に振った。ルルも泣きそうな顔をしながらスーを見つめている。
「ネネにとってなにが幸せなのか、それは私たちもわからないわ。決めるのはネネ。けれど、その前に、こっちの問題を解決しましょう」
「こっちの問題?」
「メリア。あなたの正体よ」
唐突に名前を呼ばれたメリアが「え?」と声を上げる。
「シェリル・ローグキッドがあなたのことを見た。少しはあなたの正体がわかるはず」
スーとメリアとルルの三人はシェリル・ローグキッドという名前に一瞬首を傾げたが、しばらくしてそれがバアヤの本名だったことを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます