第50話 秘密

 スーとメリアとルルは、ジョージの店の中でソファーに座り、ジョージの帰宅を待っていた。着ていたドレスや燕尾服は脱ぎ、いつもの格好に戻っている。


 メリアと長い二人掛け用のソファーに座るルルは泣きじゃくり、メリアが心配そうにルルの背中をさすっていた。スーは二人の前で一人掛け用のソファーに座り、険しい表情を浮かべている。日が暮れ始めた、夕暮れ時の店内は、明かりを付けていないせいで薄暗く、静かでルルの嗚咽しか聞こえない。


「灯りぐらいつけたらどう?」


 ベルの音と共に店に入って来たのはジョージだ。パーティーの時とは違い、普段通りのズボンスタイルに、眼鏡をかけたジョージは、薄暗い店内にいる三人を見て苦笑する。すると、スーが立ち上がり、ジョージに詰め寄った。


「ジョージ。全部説明しろ」


「おっと。落ち着いて、スー。ちゃんと話すわ。とはいえ、まず何から話せばいいのか……」


「全部」


 スーの剣幕にジョージが「わかったわ」と苦笑いする。スーを促してソファーに座らせると、ジョージも椅子を持ってきて腰掛けた。


「さて。それじゃあ、まず、私のことを話しましょうか」


 三人の視線を受け、ジョージが話し始める。ルルも泣くのをやめ、話しを聞く姿勢になった。


「私はジョージ・フェルベール。王族直系騎士団エルの諜報員。クローズド・ロウェル・シティの下層、中層、上層、すべての階層の情報を知り、それを王族に報告するのが仕事よ」


 スーが小さく息を呑む音が聞こえた。メリアが心配そうにスーを見る。


「だましてたわけじゃないわ、スー。教えなかっただけで。あなたを裏切りたかったわけじゃない。ただ、仕事柄、私は自分の正体を他人に教えられないのよ。私は物知りな仕立て屋の主人、ジョージ・フェルベール。まあ、ルルはなんとなく、わかっていたのでしょうけれど」


 名前を呼ばれ、ルルがビクリと肩を震わせた。


「ルルの耳なら、私の心の声が聞こえるのでしょうから」


「……し……知っていたんですか……?」


「もちろん。私は諜報員よ。知らないことの方が少ないわ。ルルが魔女の子孫だということも、メリアが不思議な力を持っているということも、すべて知っている」


「俺たちをあのパーティーに参加させたのはなんでだ?」


 スーの問いかけにジョージは表情を曇らせると「ごめんなさい」と言った。


「巻き込むつもりはなかったの。ただ、時間がなかった。ここ数日、中層貴族の中でも位の高い家、フランチェスカ家周辺で妙な動きがあった。下層で攫われた子供が中層に連れてこられたり、貴族の子供が数人行方不明になったり。フランチェスカ家の位に怖気づいて、貴族たちは何も言わない。エルも、異変を感じながら、確証がない限り動かないわ。もどかしい思いが募るばかりだった時、フランチェスカ伯爵が、パーティーを主催した」


「それがあのパーティーか」


「そうよ。子供たちの親睦を深めよう、なんて表向き。フランチェスカ伯爵たちは自分の娘のために大量の餌を用意したのよ。子供同伴という条件をつけてパーティーを主催し、子供を一か所に集めて、大人たちは防音が施された部屋に隔離。よく考えれば、すぐにでもことが露呈する、賢いとは言えない方法だったけれど、フランチェスカ伯爵たちは、それほどまでに追い込まれていたのでしょう。それとも、エルに止めて欲しかったのかしら」


 ジョージが額を押さえてため息をついた。


「マダム・マリリンは私の中層での名前よ。諜報員はエルであることがバレるとなにかと厄介だから、名前はたくさんあるべきなの。フランチェスカ家の確証を得るためにパーティーに参加したかったけれど、あいにくマダム・マリリンは子無しの伯爵夫人。すぐに用意できる子供もいなかったわ。だから、あなたたちを使った。ごめんなさい」


 ジョージがもう一度、スーたちに頭を下げた。


「貴族のパーティーは警備が厳重で、エルでさえ入れないことが多々よ。王族の犬であるエルは貴族にいい顔をされない。人食い魔女がフランチェスカ伯爵の娘、リーシェ・フランチェスカとは思わなかったわ。子供しか食べない魔女……魔女が中層にまで現れたという子とは、破壊神はもう、上層のすぐそこまで迫っているのかしら」


「……落書きの犯人は、破壊神なんだね……」


「あなたならよくわかっているんじゃない? メリア」


 ジョージの言葉にメリアが小さく目を見開く。そしいて、小さく首を横に振った。


「ネネは……⁈」


 その時、ずっと黙っていたルルが口を開いた。


「ネネはどこに行ったの……⁈」


「そうだ。ネネはどこだ」


「ルルが連れていかれたって……」


「……私も大誤算なの」


 ジョージがため息をつく。


「あのパーティーにセリルが参加していたなんてね。セリルもフランチェスカ家に不信感を持っていたからまさかとは思ったけれど。きっと、甥っ子ちゃんを使ったんでしょうね。エルだとバレないように変装して、独断で来ていた。そして、ネネを見つけてしまった」


「セリルとネネになんの関係がある? ネネは確かにエルを怖がってたけど……」


「ゲイム・ノア・クロウディア」


 ジョージが言った名前に、スーとルルは驚いたように目を見張ったが、メリアだけは「誰?」と首を傾げた。


「この国に住む人ならば必ず知っている名前よ、メリア。絶対王政のこの国の頂点。この街の一番上に住まう者。ゲイム・ノア・クロウディア。現在、病床に臥せっているクローズド・ロウェル・シティの王様よ」


「……その人が、ネネとなんの関係があるの?」


「真っ当な疑問ね。ネネの本名はネイチェル・ノア・クロウディア。この国の姫よ」


「ええ⁈」


 メリアとスーが声を合わせて声を上げる。ルルはうつむいて、泣きそうな表情を浮かべた。

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