第49話 ネイチェル・ノア・クロウディア
リーシェが登場する少し前。気分が悪くなったルルを連れ、パーティー会場から出たネネは、廊下の片隅で座り込んだルルの背中をさすっていた。パーティー会場からさほど離れてはいないが、会場の中の子供たちの声は聞こえてこない。
廊下を行きかうのは煌びやかな服を着た大人たちだ。おそらく、会場内の子供の親なのだろう。親たちは子供たちとはまた違う、少し離れた会場に入って行っていた。
行きかう大人たちを見ながら、ネネは少し不安げな表情を浮かべてルルの背中をさすっていた。大人たちは廊下で座り込んでいるルルとネネに目もくれない。
「……ネネ……ごめんなさい……」
「ん? いいのよ、ルル。謝らないで。仕方ないわよ。ルルは元々、人が多い場所は苦手でしょう?」
「……あの場所は……」
「ん?」
「あの場所は……人が多いだけじゃなくて……すごく不気味な声がして……」
「不気味?」
「まるで……私たちを食べようとする化け物みたいな……」
ルルの不穏な言葉にネネが顔をしかめる。会場の中にいるスーとメリアが危ないかもしれないが、ルルを置いていくことも出来ない。
「大丈夫。大丈夫よ、ルル。私がそばにいるわ」
「君たち、大丈夫か?」
いきなり声をかけられ、驚きながらネネが顔を上げる。そこには美しい女性がいた。肩に付かないぐらいの長さの美しい青髪に、息を呑むほど美しい青い瞳を持つその女性は、肩に白いストールをかけていて、胸元が開いた黒いドレスを身に着けている。
その女性の顔を見て、ネネはしばらく気が付かなかったが、唐突に気が付いて目を見開いた。
「……⁈」
ネネの目の前にいるのは、エルの団長、セリル・イントレイミだと。
「気分が悪いのか? 外の空気を吸った方がいいかもしれんな」
目の前の人物は確かに女性で、一見、セリル・イントレイミだと気が付く人は少ないだろうが、ネネは瞳の色と髪の色、そしてその顔立ちで気が付いた。今すぐにでも逃げ出したいが、立ち上がれないルルを置いて逃げるわけにもいかず、ネネは青冷める。セリルは座り込んでいるルルを心配そうに見つめており、ルルも気が付いていないようだ。
「立ち上がれないのなら運んでやろう……」
ふと、セリルがネネを見て、目を見開いた。ネネが咄嗟に顔をそむける。
「……ネイチェル様……⁈」
セリルが読んだ名前にネネがたまらずその場から逃げ出そうとした。ルルがハッとして顔を上げる。
「お待ちください‼」
セリルがネネの腕を掴み、ネネが振り返ってセリルを見ると泣きそうな表情をした。セリルは必死だ。
「貴方様はマリア・コルスティンの娘、ネイチェル様ではありませんか⁈」
「やめて‼ そんな名前じゃない‼ 私はネネ・コルスティンよ‼」
ネネがセリルの腕を振り払おうとしたが、セリルは手を離さない。ルルがセリルとネネの様子に気が付き、ネネを助けようと手を伸ばす。
「ようやく見つけた……‼ この十数年間、あなたのことを思い続けたのです‼ 間違えるはずがない……‼」
「人違いよ‼」
「ネイチェル様、お願いです。上層に戻って来てください。貴方様はゲイム・ノア・クロウディアの娘です。上層で、幸せに、なんの不自由なく暮らすことが出来る」
セリルの言葉にネネが「ふざけないで」と冷たく言い放った。
「王が病で死にそうだから、王位継承権を持つ子供が必要なだけでしょう‼ それがたとえ愛人の娘だとしても‼ いまさら何よ‼ お母さんと一緒に赤ん坊の私を下層に叩き落したあなたが偉そうに‼」
ネネの言葉にセリルが酷く傷ついた表情を浮かべた。ルルは言い合う二人を止め、ネネと助けようと手を伸ばしていたが、小さくうめき声をあげて耳を押さえてうずくまる。廊下を行きかっていた大人たちはいつの間にか一人もいなくなり、廊下にいるのは三人だけになっていた。
「ルル‼」
ネネがうずくまったルルに駆け寄ろうとする。だが、セリルはネネの腕を引き、それを許さなかった。
「……ええ。いまさら私が貴方様を説得してついてきてもらおうなど、おこがましいことです。ごめんなさい」
そう言うと、セリルは何のためらいもなく、ネネの首の後ろに手刀をくらわせ、ネネが小さく「うっ……⁈」とうめき声をあげて、ガクンと身体の力が抜けた。ルルがそれを見て小さく悲鳴を上げる。
気を失ったネネの身体を抱き上げ、セリルはそのままネネをつれて歩いていこうとしている。すると、ルルが去っていこうとしたセリルの足に縋り付いた。セリルが立ち止まる。
「……ネネ……‼」
「……どいてくれないか」
「連れて行かないで……‼」
セリルが申し訳なさそうな表情を浮かべ、ルルを振り払った。軽く足を振っただけでルルはセリルから手を離し「うう……」とうめき声をあげる。セリルは無情にもルルに背を向け、去って行ってしまった。
ルルはセリルに向かって手を伸ばし、這っていこうとして、自分の耳だけがとらえた不気味な声に悲鳴をあげる。
『甘い、甘い、甘い、甘い』
小さな女の子の声のようなその声は、ルルの耳にしか聞こえないが、とても不気味で、この場所のどこにいても聞こえて来た。
「ネネ……‼」
次の瞬間、ルルの小さな声はパーティー会場から聞こえて来た子供たちの叫び声でかき消された。
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