第48話 銀の弾丸
扉に群がっていた子供たちが慌てた様子で扉から離れる。数人の幼い子供たちが動揺しているのか扉から離れようとせず、メリアは無理やり子供たちを扉の前から避けさせた。
その時、数発の発砲音が響いた。
響いた銃声に騒然としていた部屋の中が一瞬で静まり返る。黒い絵の具に沈みそうになっているスーも、ずっと微笑んでいるだけだったリーシェも驚いたように目を見開いた。
銃弾は扉のノブに穴を開けている。次の瞬間、誰かが扉を蹴り破って部屋に入って来た。
「大変なことになってるわね」
部屋の中を見てそう言ったのは、ピンク色の派手なドレスに身を包んだ、細身の女性のように見えた。薄桃色の長い髪をたなびかせ、青い瞳を持ったその人物は、手にリボルバーを握っている。その姿は麗しいと形容するにふさわしく、華々しい美しさを有していた。
「ごめんなさい、スー、メリア。こんなことに巻き込むつもりはなかったの。本当よ」
美しいその人物は、眼鏡こそかけていないが、間違いなく、ジョージ・フェルベールだ。
「ミス・フェルベール⁈」
メリアが驚いてその名前を叫ぶと、ジョージは「しっ」と人差し指を立てた。
「ここではマダム・マリリンと呼んで頂戴」
そう言うと、ジョージは着ているドレスの裾を破り、長い足を露出させた。足にはレッグホルスターが付けられている。
「さて、魔女退治よ」
黒い絵の具の塊がジョージに向かって来る。ジョージは顔色一つに変えず、手にしたリボルバーを発砲した。黒い絵の具に穴が開き、絵の具の塊が弾け飛ぶ。通常の銃弾では絵の具は弾けないため、ジョージが持っているリボルバーの銃弾は、おそらく銀で出来ているのだろう。
「ねぇ、メリア! この子、元に戻せないの? あなたはそういう力を持っていると聞いたのだけど」
「え⁈ えっと……‼ この子は……‼」
「戻せない?」
メリアが頷く。ジョージはレッグホルスターから銃弾を取り出して、素早く銃のリロードをすると、再度向かって来る絵の具の塊に向かって発砲しながら小さくため息をついた。
「そう……人食い魔女は人を食べ過ぎると戻れなくなるのかしら」
絵の具が飛び散り、ジョージが銃を撃ちながらゆっくりとリーシェに向かって歩き出す。他の子供たちはジョージが開け放った扉から部屋の外へと逃げ出している。
ジョージが黒い絵の具の上を歩こうとした時、スーと同じようにジョージの身体が沈んでしまうと思ったメリアが「ミス・フェルベール‼ そこを歩いてはダメ‼」と叫んだが、絵の具はジョージの足を避けるようにして引き、ジョージは白い床に一歩を踏み出した。
「リーシェ・フランチェスカ。あなた、子供しか食べないのね」
リーシェは虚ろな瞳でジョージのことを見つめている。ジョージは絵の具に沈み、もう身体のほとんどが呑み込まれているスーの元にたどり着くと、スーが伸ばした手を掴み取り、スーの身体を引き上げた。
「ジョージ……‼ これはいったい……⁈」
「説明は後でするわ。いまはリーシェ・フランチェスカを殺すのが先」
襲い掛かって来る黒い絵の具に向かって発砲しながら、ジョージが「スーは下がっていて」とスーを下がらせる。ジョージが歩いてきたことにより、絵の具が引いた床を通ってメリアがスーに駆け寄り、二人は部屋の出入り口付近まで下がった。
「……私だってこんな小さな子を殺すのは嫌よ。だけどね、あなたは人を食べ過ぎたわ」
ジョージがリーシェに銃口を向ける。銀の弾丸がその頭を撃ち抜けば、リーシェが死ぬことは明確だが、リーシェはその場から一歩も動こうとしなかった。
「やめてくれ‼」
その時、舞台の幕袖から出て来たリーシェの両親が、リーシェを庇って、銃口を向けたジョージの前に立ちはだかった。
「私たちの可愛い娘を殺さないでくれ‼」
ジョージが一瞬驚いたように目を見張り、そして冷たい目をリーシェの両親に向ける。
「フランチェスカ伯爵、伯爵夫人。気持ちはわかるけれど、あなたたちの後ろにいるのはもはや、人ですらない人食いの化け物よ」
「それでも私たちの可愛い娘だ‼」
「娘のためならば、他の子供を犠牲にしてもいいと?」
リーシェの両親が青冷めた。
「ここ数日、貴族の子供の失踪が続いたり、下層で攫われた子供たちが頻繁に中層に運びこまれていたりと妙な動きが多かったのは、あなたたちが娘に子供を与えていたからでしょう。いったい何人を犠牲にしたのかしら。そして今回、こんなに大規模なパーティーで集めた子供たちを丸々餌にするほど、この魔女は飢えているのでしょう?」
リーシェの両親が肩を震わせる。恐怖におののいているようだった。
「エルにバレることなどわかりきっているのに、それでもパーティーを開いたのは、もはやあなたたちが実の娘を止めることが出来ないから。エルに止めてもらおうと思ったから? それでも通報せず、多くの子供が食われるのを見殺しにしようとしていたのは、娘を愛しているから?」
ジョージは嘲笑を浮かべる。
「そんなもの、愛とは呼べないでしょう」
リーシェの両親が息を呑む音が聞こえた。ジョージは両親を前にしてもリボルバーをおろそうとはせず、両親諸共撃ち殺しそうな気迫を醸し出している。
「そこをどきなさい。それが嫌なら娘と共に眠りなさい」
ジョージの言葉に両親がすくみ上り、慌てた様子で逃げていく。ジョージのリボルバーの銃口は両親には向けられず、リーシェを捉えたままだった。
「あなたたちが娘に与えるべきだったのは、生きた人間という餌ではなく、冷たい銀の弾丸だったわ」
ジョージが握るリボルバーから撃ち出された銀の弾丸はまっすぐリーシェの元へと飛んで行って、逃げようとも防ごうともしないリーシェの脳天を撃ち抜いた。
撃ち抜かれたリーシェの眉間に空いた穴から黒い絵の具が飛び散り、リーシェの身体が後ろ向きに倒れる。リーシェの身体は地面に倒れると、ドロドロと黒い絵の具になって溶けだして、一瞬で蒸発して消えた。辺りに飛び散っていた黒い絵の具もそれと共に消え失せ、絵の具に沈んでいた子供たちが床に倒れている。
その光景を見つめ、ジョージは最後の弾を使い切ったリボルバーをおろしてスーとメリアを見た。スーはジョージのことを睨みつけ、メリアを背中に庇っている。
「スー……」
「ジョージ。お前はいったい何者なんだ」
「私は上層貴族マダム・マリリン。そして、下層上部で仕立て屋を営むミス・フェルベール。本名はジョージ・フェルベール。ネネはどこ?」
「ネネ? ネネとルルは外に……」
メリアがそう言うと、ジョージが目を見開いた。ただ事ではなさそうなジョージの表情に、メリアとスーが目を見合わせる。
「大変……ネネだけは離れて欲しくなかったわ。もし、セリルが来ていたら……」
「ネネ? ネネがなにかヤバいのか⁈」
スーが慌てた様子で問かける。ジョージは顔をしかめた。
「連れていかれるかもしれない。上層に」
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