第47話 リーシェ・フランチェスカ
スーたちが今度は何事かと、騒めいている会場の奥を見る。会場の奥には幕が降ろされた舞台があったはずだが、幕が徐々に上がり始め、舞台の上の椅子に座っている人物の姿が見える。
「リーシェだ……」
「リーシェ・フランチェスカだ……」
子供たちは騒めきながらその人物の名前を呼ぶ。椅子に座っているのは、小柄な女の子だ。スーたちよりも幼いその少女は、ローズピンクの長い髪を黒く長いリボンで高い位置で二つにくくっており、深い緑色の瞳を持った可愛らしい少女だ。貴族の子供らしい、質の良さそうな白いドレスを着ていた。
「あの子、誰……?」
「私たちが知るわけないでしょう……? でも、たぶん、位の高い貴族の子供でしょう。あの感じ、このパーティーの主催者の子供なんじゃないかしら」
メリアとネネがヒソヒソと話す。あたりの子供たちはリーシェの登場に少しばかり浮足立っているようで、どこかソワソワとし始めた。
その時、ルルが小さく「うっ……」と小さくうめき声をあげて耳を押さえた。
「ルル?」
ネネが慌ててルルの背中をさする。
「どうしたの?」
「……声が……なにか……うるさくて……」
「大丈夫。大丈夫よ、ルル。私はここにいるわ」
「ルル、大丈夫? 人が多いからかな……」
メリアも心配そうにルルを見つめている。青白い顔をしたルルに、ネネはルルの身体を抱き上げた。
「ちょっと外の空気を吸って来るわ」
「ああ」
ルルを抱き上げたネネがパーティー会場から出て行く。あたりの子供たちは出て行ったネネとルルを気にも留めず、舞台上のリーシェを見つめていた。リーシェは舞台上の椅子に座ったまま、キョトンとした表情をしている。すると、リーシェの後ろから父親らしき人物が出て来た。
「こんにちは、貴族のご子息の諸君。今日は私たちフランチェスカ家が主催するパーティーに来てくれて、どうもありがとう。私たちの可愛い娘、リーシェの良き友となってくれる者がいることを切に願っている。ぜひ、仲良くしてやってくれ」
リーシェの父親が頭を下げ、それにつられるようにしてリーシェが頭を下げると、子供たちが二人に拍手を送り、それに倣ってメリアとスーも拍手をした。どうやらこのパーティーは、あのリーシェという貴族の子供の友達を増やそう、という会らしい。
すると、リーシェの父親は「それでは楽しんで」と舞台の幕袖へと戻っていき、ずっと静かに椅子に座っていたリーシェが立ち上がって舞台から降りて来た。その瞬間、周囲の子供たちが一斉にリーシェを取り囲み、小柄なリーシェの姿は見えなくなってしまう。子供たちは我先にとリーシェに話しかけている。
「わぁ……すごい人気だね、リーシェちゃん。可愛いもんね」
「……理由は可愛いだけじゃないと思うけどな。それにしても、ジョージはいつになったら来るんだ?」
「うう~ん……ここには子供しかいないもんね。大人は大人でどこかに集まっているのかなぁ?」
「だとしたら、ジョージはここに来ないのか? 俺たちはいつ帰れるんだ……」
その時、ふと視線を感じ、スーがメリアと話すのをやめて視線を感じた方を見ると、あたりを取り囲む子供たちの間から、リーシェがこちらをじっと見つめていた。リーシェの緑色の瞳に捉えられ、スーはなぜか背中にゾクリと悪寒が走ったのを感じる。
「……ねぇ、スー……私、なんだかあの子を見ていると、ゾワゾワする……」
メリアもなにかを感じ取ったのか、スーに囁いた。すると、リーシェは自分を取り囲んでいる子供たちを掻き分けて出てきて、真っすぐスーに向かって歩いてきた。スーとメリアが思わず身構えるが、リーシェはどこからどう見ても可愛らしい女の子にしか見えない。見えないのに、なぜか、どこか不気味だ。
リーシェはメリアとスーの前にたどり着くと、じっとスーを見つめ、リーシェの行動によってその場の視線を一身に浴びたスーは居心地の悪さを感じて、助けを求めるようにメリアを見る。メリアも困惑した様子でスーを見つめ返し、あたりからヒソヒソと話し声が聞こえ始めた。おそらく、リーシェに注目されているメリアとスーについてだろう。
「……あの……」
スーが微動だにしないリーシェに声をかけようとしたその時、リーシェがニコッと可愛らしい笑顔を浮かべた。その表情にリーシェの意図がわからず、スーが面食らう。すると、リーシェが唐突にスーの手を取った。辺りがざわめく。
「……ね」
「え?」
リーシェがとても小さな声でなにかを囁き、スーが思わず聞き返した。
「あなたたち、気が付いているね」
リーシェがそう言った瞬間、リーシェの足元から黒い絵の具があふれ出した。子供たちが悲鳴をあげてリーシェから離れる。スーも驚きながら、襲い掛かって来た黒い絵の具の塊を避け、メリアの手を引いてリーシェから離れた。
「ひ、人食い魔女……⁈」
メリアが目を見開きながら呟く。黒い絵の具はリーシェのドレスのスカートの中からあふれ出していた。まるで、リーシェの身体が溶けだして黒い絵の具になっているかのようだ。絵の具は意思を持っているかのように子供たちに襲い掛かり、絵の具に覆われた子供たちの足元が沈んで、次々と黒く汚れた床に沈んで行った。
「開かない‼」
子供の誰かがそう叫び、スーとメリアが出入口の方を見ると、子供たちが扉を開こうとして開かず、悲鳴をあげていた。閉じ込められたようだ。黒い絵の具は床を伝って徐々に範囲を広げ、子供たちを追い込んでいく。これほど子供たちが叫び声をあげているのに、大人たちがやって来る気配はない。リーシェの父親が現れる様子もない。
「甘い、甘い、子供たち。ここは私のお菓子のお家」
むせかえるような絵の具の臭いの中、リーシェは部屋の真ん中で微笑んでいる。可愛らしい表情を浮かべ、緑色のその瞳は光を灯しておらずどこか虚ろだ。
スーはリーシェを睨みつけると、ズボンのポケットに入れていた銀のナイフを取り出した。メリアがナイフを見てギョッとする。幸い、ネネとルルは騒動が起こる前に部屋から出て行っている。スーが守るべきはメリアだ。
「おいかけっこをしよう? かくれんぼも」
「あの子、あの子……! もう、もう、どうしようもない……‼」
「どういうことだ?」
「もう、戻せない……‼」
メリアが怯えた震え声で言う。メリアの不思議な力でも、どうしようもないと言うことなのだろう。子供たちが悲鳴と共に黒い絵の具に呑み込まれていく。
「メリア。扉の近くにいてくれ」
「スーは⁈」
「あのままにしてたらあの子供たち、死ぬだろ」
そう言うと、スーはナイフをもってリーシェに向かって行った。メリアがスーの名前を叫んだがそれを無視して、絵の具がまだ広がっていない床を選んでリーシェに走って行くと、ただ突っ立っているリーシェにナイフを振り上げた。
「痛いのは嫌い」
リーシェがそう言った瞬間、リーシェの顔面から黒い絵の具がスーに向かってあふれ出した。絵の具がスーに襲い掛かり、スーが思わず立ち止まった瞬間、スーの足がガクンと床に沈んだ。
「スー‼」
メリアがスーに向かって叫ぶ。スーが絵の具から足を出そうとするが、出ようとすれば出ようするほど、底なし沼のように身体が沈んでいく。化け物の口に呑み込まれていくような感触で、とても気持ちが悪い。
「扉の前にいる子たちは全員、どきなさい」
扉越しに聞こえた声に、メリアが驚いて扉の方を見た。
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