第45話 親友
「……んん……」
目を覚ましたエルダの目に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井だ。自分がなにをしていたか思い出せず、ぼんやりとした意識のまま身体を起こす。記憶を辿ろうとして頭痛がし、頭を押さえた。
「エルダ?」
聞こえた声にエルダが顔を上げると、そこにはタオルを持ったネネがいた。
「……ネネ……?」
ネネは起き上がったエルダを見て大きく目を見開くと、慌てた様子で部屋を出て行く。向こうの部屋から「ダイア‼ ダイア‼ 来て‼」というネネの声が聞こえた後、バタバタと慌ただしい足音が聞こえて、エルダの部屋にダイアが駆け込んできた。
「エルダ‼」
駆け込んできたダイアはエルダを見た途端、エルダに抱き着いてきてエルダが小さく声を上げた。ダイアは泣きながらエルダに縋り付く。
「よかった……よかったぁ……‼ 三日も目を覚まさないから、もう目を覚まさないんじゃないかって……‼」
「だ、ダイア……私、なにを……」
「記憶がないの?」
ダイアの後に続いて入って来たネネがエルダに問いかけた。ネネに続いて入って来たスーたちがエルダの顔を見てほっとした表情を浮かべる。
「えっと……そうだ‼ ダイア‼ 怪我は⁈」
「私? 私は平気だよ。この三日間、ネネ達が看病してくれたから」
「三日……?」
「そうだよ。エルダは三日間、ずっと眠ったままだったの」
ダイアが「心配したんだよ……」とエルダを抱きしめる。エルダは困惑した様子でネネ達に問いかけた。
「だ、ダイアが男たちに襲われて、それで……」
「その後のことは覚えていないのね?」
「う、うん……気が付いたらここにいた」
「そう……」
ネネが困ったようにスーたちを見る。話すべきだろうか、と聞きたいようだ。
「まぁ……覚えてなくてよかったって、言うべきかもな」
「エルダ。あなたは人食い魔女になっていたんだよ」
断言したメリアにスーたちがギョッとする。エルダが困惑した様子で「え……?」と呟いた。
「なにか、不思議なものに会わなかった?」
「不思議な……」
メリアの問いかけに答えようとして、エルダが青冷めた。
「……会った……会ったよ……すごく不気味な、絵の具の塊みたいな……」
そこまで言うと、エルダが「あれ……? でも、私……あの後……」と考え始める。
「あ、あれはなんだったの……?」
「……破壊神」
メリアがポツリと呟くように言った。スーたちは「まさか」と思いながらも口には出さない。嘘だと笑い飛ばせないほど、あれは不気味だった。
「……ねぇ、メリア。あなたは何者……?」
エルダを抱きしめながらダイアが問いかける。
「エルダをもとに戻したり、あれに庇われたり……メリアは何者なの?」
「……わからない」
メリアが首を横に振る。そして「でも」と言葉を続けた。
「あれはとても可愛そうな存在だって、思った」
「可哀想?」
スーが問いかけると、メリアは「よく、わからないけど」と困ったように笑う。
「……とりあえず、落書きの犯人が間違いなくそれだと言うことはわかったわ。そして、セリル・イントレイミがメリアに目をつけたことも……」
セリルの名を口にしたネネが表情を曇らせ、ルルが心配そうにネネの顔を覗き込む。セリルが去った後にあの路地にやって来たネネ達は、セリルに出会わなかったが、セリルがいたという事実にネネが怯えていたことだけは明確にわかった。ネネがルルが心配していることに気が付き「大丈夫よ」と笑う。
「とにかく、エルダもダイアも無事でよかったわ」
「エルダ。身体になにか異常とかない?」
「う、うん……特に何も」
「人を食いたい衝動とかは?」
「あるわけないでしょ⁈」
スーの言葉にエルダが信じられないと言うように声をあげた。
「なんか、一気にいろんなことが起こって頭の整理がつかないな……とにかく、友達が魔女になる……なんてこと二度とごめんだ」
「それはその通りだね」
スーの言葉にメリアが苦笑し、エルダが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「なんだか迷惑をかけたみたいでごめんね」
「エルダは私を守ろうとしてくれただけだよ‼」
「そうね。エルダは何も悪くないわ。だから謝らないで。友達が無事ならそれ以上のことなんてなにもない。さて。私たちはこの事実をミス・フェルベールやバアヤに伝えるべきね」
「そうだな。まあ、もしかしたらジョージはもう知っているかもしれないけど……」
「三日も足止めしてごめんなさい。私たちの看病をしてくれたんでしょう?」
「もう、エルダ。謝らないでって言ったはずよ」
ネネが笑い、スーとメリアも「そうだ」と頷く。それでも申し訳なさそうな顔をするエルダにネネが息をつき、口を開いた。
「どうしてもって言うのなら、私たちにもう一度ルベウスを貸して頂戴。これで貸し借りなしよ」
ネネの言葉にダイアとエルダが目を見合わせ、笑うと、声を合わせて言った。
「もちろん!」
◇
三日の遅れをとってジョージの元へと再度出発したスーたちの背中を見送り、ダイアとエルダは家に戻った。家に帰った二人を待っていたのは大量のメカニックアニマルたちだ。スーによってバラバラにされてしまった子犬や、男たちを襲った犬のメカニックアニマルもダイアとネネの治療を受け、正常に動いている。
自分たちを待ち構えていたメカニックアニマルを見て、ダイアは少し暗い顔をすると、隣にいるエルダを見た。
「エルダ」
「なに?」
「やっぱり、メカニックアニマルは嫌い?」
ダイアの質問にエルダが目を見開く。二人の足元では集まって来たメカニックアニマルが、まるでエルダの回答を待っているかのように、二人を見つめていた。
「やっぱり、許せない?」
「……」
エルダはしばらく黙り込み、自分を見つめているメカニックアニマルたちを見ると、すぐ近くにいた子犬を抱き上げた。
「わからない」
頭を撫でられた子犬は嬉しそうに尻尾を振っている。エルダはその様子に微笑み「でも」と言葉を続ける。
「大好きな人が大好きなものを否定するのは辛い。この子たちが私を許してくれるなら、私はそれを受け入れたい」
ダイアが顔をしかめ「結局どっち?」と問いかける。エルダはダイアの顔を見て、嬉しそうに笑った。
「私はダイアのことが大好き」
「ええ? 結局どっちなの?」
ダイアが困惑するが、エルダは笑うだけで答えない。すると、大人しく二人の会話を聞いていたメカニックアニマルたちが唐突に動き出し、二人に甘えるように身体をすり寄せて来た。
「わ、わ! ちょっと! 動けないって!」
「わぁ!」
メカニックアニマルたちに押され、二人が倒れそうになる。そしてお互い目を見合わせ、笑った。
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