第44話 守る
「エルダ‼」
エルダとダイアが声の聞こえた方を見ると、そこには息を切らせたメリアがいた。メリアは倒れている男たちと犬のメカニックアニマルに一瞬息を呑み、エルダとダイアに向かって走って来る。
「来ないで」
エルダがそう言った瞬間、犬のメカニックアニマルがメリアに飛び掛かった。メリアがギョッとして咄嗟に立ち止まり、犬はメリアの鼻先をかすめてメリアの目の前に着地すると、メリアに向かって低い唸り声をあげる。
「っ……‼ エルダ‼ 私だよ‼ メリア‼」
メリアがエルダに叫び、ダイアもエルダがメリアに敵意を剥いたことに驚いて目を見開いた。そして、エルダは酷く無表情でメリアを見て「知らない」と吐き捨てた。
「私はダイアがいればそれでいい」
犬が唸り声を上げ、メリアが後ずさる。犬はいまにもメリアに襲い掛かって喉元を食い千切りそうだ。
「エルダ……‼ お願い……‼ 私の話を聞いて?」
「知らない。ダイア以外、必要ない」
犬がメリアに襲い掛かる。ダイアが「エルダ‼」と叫んでエルダの腕を掴み、それを制止しようとしたが、間に合わない。メリアは飛び掛かって来た犬の牙を腕で防ごうと身構え、目を瞑った。
その瞬間、後ろからスーがメリアの腕を引き、メリアが後ろに倒れ、犬はメリアを庇ったスーの左腕に噛みついた。
「スー⁈」
メリアが声を上げる。犬の鋭い牙がスーの左腕に食い込み、スーは表情を歪めたが「おらぁっ‼」と声を上げると、犬の身体を蹴り飛ばした。スーの背丈とほぼ変わらない大きさの犬が蹴り飛ばされ、エルダの足元まで転がっていく。
スーは左腕からボタボタと血を流しながら、あたりで蠢いている男たちに向かって叫んだ。
「おい‼ お前ら‼ 死にたくなかったらいますぐ立って逃げろ‼」
スーに言われ、犬が立ち上がろうとしている隙に、男たちがよろめきながら立ち上がり、情けない声とうめき声を上げながら、足を引きずって逃げていこうとする。
「逃がさないよ」
エルダがそう言った瞬間、犬が逃げようとしている男たちに襲い掛かろうとして、男たちが悲鳴をあげる。スーは咄嗟に背中に担いでいたモップを取ると、モップの柄で男たちに飛び掛かった犬の身体を打った。犬が軽く吹っ飛ばされ、着地してスーに向かって唸る。その隙に男たちは逃げていき、エルダがスーを睨んだ。
「エルダ‼ やめて‼」
ダイアがエルダに縋り付いて止めるが、エルダは虚ろな目をしていて反応を示さない。ダイアが「エルダ……?」と問いかけても答えない。まるで、エルダではなくなってしまったようだ。
すると、スーの後ろで座り込んでいたメリアが立ち上がり、スーの横を通り過ぎてエルダに向かって走り出した。スーがギョッとして「メリア⁈」と叫ぶ。犬は瞬時にメリアに狙いを変え、飛び掛かった。スーが咄嗟に動こうとするが、間に合わない。
メリアの金色の瞳が犬を捉える。その瞬間、唐突に犬の身体から力が抜け、犬が倒れた。
「⁈」
スーとダイアが目を見開く。無表情を貫いていたエルダすら、驚いたように目を見張った。倒れた犬は動いているため、死んでいるわけではないが、唐突に敵意をなくしたようだ。
「……エルダ」
メリアがゆっくりエルダを見る。メリアの金色の瞳は、ほのかに光り輝いているように見えた。エルダはメリアに怯えたように一歩後ろに後退った。
メリアがエルダに向かって歩き出す。エルダはキッとメリアを睨み「来ないで」と言った。その声は微かに震えている。
次の瞬間、ダイアとエルダの後ろから子犬のメカニックアニマルが飛び出した。メリアがギョッとして立ち止まる。子犬は小さな身体をしているにもかかわらず、鋭い牙を剥き、メリアに敵意を見せた。半分以上が剥がれた毛皮から覗く機械部分から魔鉱石が見え、その魔鉱石は真っ黒に染まっている。
子犬はまっすぐメリアの喉元をめがけて飛び掛かり、咄嗟に動いたスーは子犬の小さな身体をモップの柄で地面に叩きつけた。子犬が「キャイン」と悲痛な声を上げたかと思うと、元々壊れていた足からヒビが入り、子犬の身体がバラバラに崩れる。それを見たダイアが息を呑んだ。
「も、もうやめて、エルダ……」
ダイアはエルダが青冷めていることに気が付いた。自分を守るメカニックアニマルを失ったエルダは、自分に向かって来るメリアを見て身体を震わせ「私が……守るんだ……」と小さく呟く。
「エルダ。大丈夫。私たちはあなたたちを傷つけたりしない。だからお願い。戻って来て」
メリアがエルダに手を伸ばそうとしたその時、スーの目の前に誰かが降り立った。スーが目を見開く。機械仕掛けの翼を持つその人物は、セリル・イントレイミだ。
「うわぁっ⁈」
後ろから聞こえたスーの悲鳴にメリアが振り返ると、セリルはスーの目の前に降り立った瞬間、一回転しながらスーを片手で投げ、エルダたちから遠ざけた。そして、素早く腰に携えた銀の剣を引き抜く。
スーはセリルに投げ飛ばされ、地面に倒れながら瞬時に理解した。セリルが狙っているのは、エルダだ。その証拠に、セリルはスーを遠ざけると、剣を持ってエルダに向かって走り出した。
セリルの狙いがエルダだと気が付いたメリアは、咄嗟に両手を広げてエルダを守ろうとする。予想外だったのか、セリルが少し目を見開き、メリアに向かって「どきなさい‼」と叫んだ。メリアが首を横に振る。
「嫌‼」
「人食い魔女は人を食わねば生きていけない‼ 生かせば犠牲が出るだけだ‼ そこをどけ‼」
「やだぁ‼」
セリルが苦い顔をしながらメリアに向かって剣を振り上げる。その瞬間、メリアを守るように、黒い壁がせり上がった。
「⁈」
セリルが驚いて目を見開く。その壁は、黒い絵の具で出来た、不気味な人影のように見えた。
子供の落書きのような赤い目と口がついたそれから唐突に黒い手が飛び出し、鋭い爪がセリルの身体を斬りつけて、セリルが慌ててそれから離れる。セリルは腹部を斬りつけられ、大きな傷口から滲む赤い血が身に着けた白い服を赤く染めた。
『ミツケタ』
黒い絵の具の塊がメリアの方を向く。メリアは目を大きく見開いて動けずにいた。目の前の黒い塊から絵の具が滴り落ち、メリアの顔と服を汚す。
『ミツケタミツケタミツケタミツケタ』
黒い絵の具がメリアの足元からせり上がってきて、メリアの身体を包み込もうとしている。辺りに大量の絵の具溜まりが出来上がり、怪しげに蠢いている。その場にいる全員が、呆然とそれを見つめていた。エルダは酷く無表情だった。
『ワタシタチノナカマ。イッショ。イッショニノロオウ。コノセカイ。スベテ。コワソウ』
せり上がっていく黒い絵の具がメリアを包み込もうとしている。ハッと我に返ったセリルは剣を持って黒い絵の具の塊に走って行くと、背中からそれを斬りつけた。
ベシャリと絵の具があたりに飛び散り、絵の具の塊の原形が無くなる。あたりに飛び散った絵の具はズルズルと動いたかと思うと、それぞれの方向に散り散りになって去っていった。
その異様な光景にセリルは一瞬動きを止めたが、すぐにエルダの方を向き、向かって行こうとして、その後ろから立ち上がったスーがモップの柄を振り、それに気が付いたセリルがモップの柄を避けて飛び上がって、背中に背負った機械仕掛けの翼を使って空中で一回転して着地する。スーはセリルの前に立ち、モップをかまえた。セリルが傷口を押さえ、自分を睨みつけるスーを見て立ち止まる。
セリルが立ち止まった隙に、メリアはエルダの元へと駆け寄った。エルダがビクリと肩を震わせるが、メリアはエルダに手を伸ばし、そのまま身体を抱き寄せる。
「大丈夫。もう、大丈夫だよ。なにも怖くない。私たちがいるから大丈夫。だから、お願い。エルダ。戻って来て」
エルダを抱きしめたメリアの瞳から一筋の涙が流れる。涙はメリアの右頬にある痣に触れるとパッと金色に光り輝いて弾け、その瞬間、エルダが大きく目を開き、そして、そのまま意識を失って崩れ落ちた。
「エルダ‼」
座り込んでいたダイアがエルダを受け止め、抱き寄せる。エルダの頬にこびり付いた黒い絵の具を拭い、ダイアは泣きながらエルダを抱きしめた。
「お前は何者だ」
スーの前に立つセリルが問いかける。セリルはスーではなく、スーの後ろにいるメリアに問いかけていた。スーが身構える。メリアは振り返ってセリルを見ると、表情を曇らせた。
「……わからない」
「なぜお前はあの不気味な存在の力を制御できる。なぜあれはお前を庇った。あれはお前を仲間だと言っていたぞ。その力はなんだ」
メリアは何かを言おうとして言葉が出ず、ただ、首を横に振った。
「わからない。私はただ、友達を助けたかっただけ」
「この世界を滅ぼす者。すべてに破滅を与える者。おまえがそれと同等の存在ならば、私はお前を斬らねばならない」
剣をかまえたセリルの前で、スーが身構えた。セリルが動けばスーも動くだろうと理解したセリルは小さく息をつき、剣を鞘になおす。そして、スーを見た。
「少年よ。守りたいものを自身を犠牲に守ろうとするその強い意思は評価しよう。お前のような者がエルに多くいてくれればいいのだが……。だが、しかし、少年。時には守るべきものを自身の目で見極めろ。それを守って、最後に救われるのは誰か、よく、自分で考えるんだ」
そう言うと、セリルは機械仕掛けの翼を広げて飛び立っていた。セリルが立っていた場所には赤い血の跡が残っている。するとメリアが「エルダ!」とエルダとダイアに駆け寄っていき、しばらく呆然とセリルを見ていたスーも駆け寄っていった。
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