第42話 大好きなもの

 スーたちが準備を終え、ネネが店の前の通路で待たせていた馬を連れて螺旋階段にやって来ると、エルダとダイアはスーたちをルベウスの上に乗せてくれた。


 ネネとスーは前方の座席に、メリアとルルは後方の座席に並んで座り、ダイアは運転席と呼ばれる前方の真ん中の席に座り、ルベウスの手綱を握る。エルダはメリアとルルのさらに後ろの席に後ろを向いた状態で座り、馬の手綱を握ってくれていた。


「なにからなにまで申し訳ないわ」


「いいんだよ! どうせ私たちも上部にいこうと思ってたんだし」


 そう言うと、ダイアはルベウスの頭を軽く叩き「よろしく!」と言って、ルベウスがそれに応えるように動き出した。


「しゅっぱーつ!」


 ルベウスが螺旋階段を歩き始める。少々揺れるが、階段に特化しているだけあって、人間が普通に階段を登るのと比べ物にならないほど早く、楽だ。スーがふと後ろを見ると、エルダに手綱を引かれている馬も難なく階段を登っているのが見えた。後ろの席でルルが少し怯えるようにメリアの服の裾を掴んでいるが、メリアは楽しそうに目を輝かせている。


「上部に行こうと思っていたの? どうして?」


「落書き被害が上部まで広がってるって聞いたから。落書きがあるってことは、ドゥドルが出たってわけで、メカニックアニマルが暴れてるわけでしょ? メカニックアニマルは暴れると人間を襲うだけじゃなくて、自分と同じメカニックアニマルも襲うの。傷つくメカニックアニマルが増えるんだよ」


 ネネの問いかけに答えたダイアが、暗い表情を浮かべる。


「メカニックアニマルが暴れるのはどうしようもなくても、傷ついた子たちを救うことは出来る。だから、近々上部にも行こうと思っていたの。現状がどうなってるのか、見てみたくて」


「そう……ダイアは本当にメカニックアニマルが大好きなのね」


 ネネがそう言うと、ダイアは嬉しそうに「うん!」と笑った。


 一時間ほどルベウスに揺られながらスーたちがダイアとエルダと楽しく会話していると、螺旋階段の終わりが見えて来た。螺旋階段の頂上にあるのはただの壁だが、その壁が隠し扉になっているのは明確だ。ルベウスが壁の前にたどり着くと、ダイアは「着いたー!」と言って大きく伸びをした。


「ありがとう、ダイア」


「いいってことよ! ちょっと待ってね!」


 ダイアはヒラリとルベウスから降りると、壁を触り、壁の一部がガコンと凹んだ。そして、壁が横にスライドして開くと、下層上部の奥まった路地が見えた。


「ルベウスはここまで待っててね。すぐ戻るから」


 ダイアがルベウスの頭を撫で、スーたちもルベウスから降りて路地へと出る。後ろからエルダが馬を連れてきて「はい」とネネに手綱を渡してくれた。


「ここからならミス・フェルベールのいる上部最上階はそう遠くないよ。もう一個上の階にいけばすぐあると思う」


「ありがとう、エルダ。助かったわ。普通に行くよりも断然早く着けそう」


「それならよかった。もうちょっと頑張ってね、メリア」


「うう……頑張るね」


 メリアの返答にエルダがクスッと笑う。


「ネネたちならいつでも歓迎するよ! またメカニックアニマルの話がしたくなったらいつでも来て!」


「もちろんよ、ダイア!」


「ルルもね!」


「ふえ⁈」


 唐突に話を振られたルルがビクリと肩を震わせ、爛々と目を輝かせているダイアに「は、はい……」と小さく答えた。


「それじゃ、お気をつけて!」


「おぉ。二人も気をつけてな」


 声を揃えて手を振るエルダとダイアに見送られ、スーたちは馬を連れて路地の出口へと向かって行く。スーたちの背中が見えなくなるまで手を振ったエルダとダイナは、ルベウスに一声かけて隠し扉を閉じた。


「じゃあ、いこっか」


 ダイアがエルダに笑いかける。だが、エルダは暗い顔をして動こうとしなかった。


「エルダ?」


「……やめよう、ダイア。だって、おじさんはメカニックアニマルに襲われて死んじゃったんだよ。なのに、わざわざ、危ないところにいくの、やめようよ」


 エルダの言葉にダイアが目を見張る。エルダは懇願するような顔で「お願い……」と言った。ダイアはしばらく呆然としていたが、エルダをキッと睨んだ。


「いや」


「ダイア!」


「わかってるよ。危ないって。でも、でもね。おじさんがやりたかったことを私が受け継ぐって決めたの。おじさんが大好きだったもの、私も大好きでいるって決めた。エルダだって、そうでしょ?」


「……私は……」


「そのためにここに残るって決めたんだよ。大人から隠れてここにいるって。たくさん泣いて、おじさんが戻らないことを悔やんで、それで、二人で決めたんだよ」


「でも、私たちにはスーたちみたいに、守ってくれる仲間はいないよ」


「二人でいれば大丈夫だって決めたじゃん!」


「だからこそだよ‼」


 珍しく声を張り上げたエルダにダイアが目を見開く。エルダは泣きそうな顔をしながら口を開いた。


「私……ダイアがいなくなったら、生きていけないよ……」


「……エルダ……」


 エルダがキュッと唇を噛み、ダイアはなんと言ったらいいかわからずに困ったように眉を下げる。すると、エルダが口を開いた。


「ごめん。怒られるってわかってるけど、言わせて」


「……なに?」


「私、メカニックアニマルのこと、嫌いだよ」


 エルダの言葉にダイアが目を見開く。エルダは苦虫を噛み潰したような表情で続けた。


「だって、だって! メカニックアニマルは機械なんだよ! 金属の塊なの! それなのに、おじさんはメカニックアニマルに殺されて、ダイアももしかしたらって思ったら、私……‼ 好きになれないよ‼」


「やめて‼」


 ダイアの声にエルダがハッと我に返った。ダイアはいまにも泣きそうになりながら、肩を震わせていて、エルダが自分の失言に気が付く。


「私とおじさんが大好きなもの、エルダにだけは否定されたくなかった‼」


 そう言うと、ダイアは泣きながらエルダの横を走り抜け、去って行ってしまった。エルダがダイアの名前を呼んで追いかけようとするが、足を止めてしまう。そして、エルダも涙を流した。


「……私は……もう、大切な人を失いたくないだけだよ……」


 エルダは呟くと流れた涙を拭い、走って行ってしまったダイアを追いかけた。

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