第41話 螺旋階段
次の日、目を覚ましたスーは見慣れない天井に少し驚いて、そういえばエルダとダイアの家に泊らせてもらったのだと思い出した。伸びをしてベッドから降り、エルダとダイアが用意してくれた、簡易的なベッドしか置かれていない小さな部屋の扉を開けた。
扉を開けると、目の前には大きな螺旋階段がある。その螺旋階段は見上げても終わりが見えないほど長く、天井に向かって闇が伸びていた。螺旋階段の途中にそれぞれ扉があり、小さな部屋が大量に作られているこの場所は、パイプと歯車と金属板で出来た壁に囲まれた、かつての魔女たちの隠れ家であり、下層の上部と中部を繋ぐ、隠し通路だ。
「ス~! おはよ~!」
聞こえた声にスーが上を見ると、スーが寝ていた部屋の一つ上の階の部屋から出て来たメリアが、階段の手すりから身を乗り出してスーに手を振っていた。スーが思わず「落ちるぞ!」と叫ぶ。
「あのね~! 私、大変なことに気が付いちゃった!」
「なに?」
メリアがリズミカルな足音を鳴らしながら階段を下りてきて、スーの前にたどり着くと、とても真剣な顔で言った。
「壁は登らなくていいけど、この地獄みたいな階段を上まで登らなきゃいけないんだなって……」
メリアの言葉にスーが一瞬キョトンとして、腹を抱えて笑い出した。
「ああ! 笑わないでよ! こっちは真剣に昨日の夜、悩んでたんだから!」
「あははは‼」
「もう! スー‼」
メリアがスーの頭を叩こうとして、スーが笑いながらメリアの手を避け、メリアに追われながら階段を降りると、リビングに続く扉を開けて中に入った。
「あ、おはよう、二人とも。よく眠れた?」
リビングのテーブルの席についたエルダが、リビングに入って来たスーとメリアを見て微笑む。部屋の中で自由奔放に動いているメカニックアニマルたちは、入って来た二人に目もくれず、生きている。
「ああ。おはよう、エルダ」
「おはよう! えいやっ!」
スーの後ろから追いついてきたメリアが立ち止まったスーの頭を軽く叩き、スーが「いてっ」と声を上げる。メリアは得意げに「ふふん」と笑うと、エルダの前の席についた。スーもメリアに続けて席に着く。
「ネネとルルは?」
「ああ、それが……」
メリアの問いにエルダが答えようとした時、リビングの奥にある作業部屋の扉が開き、慌てた様子のルルが飛び出してきた。ルルはキョトンとしている三人に気が付くと、まるで助けてくれと言うように駆け寄ってきて、メリアとスーの席の後ろに隠れる。
「ど、どうしたの、ルル」
「なにがあった?」
「ちょっと待ってよ‼」
メリアとスーが後ろに隠れたルルに問いかけた瞬間、作業部屋から飛び出してきたのはダイアだった。ダイアの後からネネも出てくる。
「もうちょっと話を聞かせてよ‼ メカニックアニマルの声がきこえるんでしょ⁈」
「だ、ダイア、そのぐらいにしてあげて頂戴。確かに私も詳しく聞きたいけど、これ以上はルルが泣くわ!」
キョロキョロとルルを探しているダイアをネネが後ろから止める。スーとメリアがなんとなく事情を察して、苦笑いを浮かべた。
「そうだよ、ダイア。ルルが起きてからずっと質問攻めにしてたでしょう。ルルが怖がってるよ」
「うぅ……だって、メカニックアニマルの声が聞こえるって言われたら気になるじゃん」
「る、ルルは全部が聞き取れるわけじゃないですぅ……‼」
「そういうことだから、ダイア。勘弁してあげて」
ネネとエルダになだめられ、ダイアは少々不服そうに頬を膨らませながらも、大人しくなり「ルル、ごめんね」と言って、ルルは恐る恐るメリアとスーの後ろから顔を出した。
「でも‼ また今度聞かせて?」
「⁈ は、はい……‼」
ルルがダイアの勢いに押されて頷くと、ダイアは満足げな笑顔を浮かべ、ネネにエルダの横に座るように促して、自分はメリアとスーとエルダが席についているテーブルの上に座った。
「こら! ダイア! お行儀悪いよ」
「だって椅子ないじゃん。ルルは適当にそこら辺の椅子使って!」
ルルがダイアに言われた通りにそこらへんに転がっていた椅子を持ってきて、ネネの横に座った。エルダの叱責をものともせず、ダイアはネネに向かって笑いかける。
「ねぇ、ネネ! 昨日の夜は楽しかったね!」
「ええ。楽しすぎて眠れなかったのだけど」
「寝てないの⁈」
「そうなのよ、メリア。私、寝てないの。寝ずにダイアとしゃべっちゃった!」
「ルルは朝から捕まったわけか」
スーの言葉にルルが頷く。ネネが「ごめんね」と苦笑した。
「今日こそジョージのとこに向かうけど、そんなんで大丈夫か? ネネ」
「あら、平気よ。眠くなったら馬に乗るわ」
「え⁈ ダメだよ⁈ 私はどうするの⁈」
「たまには頑張ってよ、メリア……」
「うちの子を貸してあげようか?」
メリアとネネの会話を聞いて、ダイアが言った。エルダが何かに気が付いたように「ああ」と呟く。
「そうだね。その方がいいかも」
「ね? エルダもそう思うでしょ? 付いてきて!」
そう言うとダイアがテーブルから飛び降り、手招きして螺旋階段のある通路へと出て行く。スーたちが後に続くと、螺旋階段を始めて見たネネが「わぁ……すごい……!」と声を上げた。ダイアは軽やかな足取りで螺旋階段を三階分ほど駆け上がっていくと、三階の扉を開ける。
「おいで!」
ダイアが扉の中に呼びかけている間、スーたちはゾロゾロと階段を登っていき、三階までたどり着くと、扉の中から出て来たものに驚いて言葉を無くした。
扉の中から出てきたのは、クマのような姿をした、四足歩行の大きなメカニックアニマル。螺旋階段をギリギリ通れるぐらいの大きさのそれは、毛皮を持たない、機械仕掛けの動物で、身体を構成する歯車やパイプが露出している。背中には人間が複数乗れそうな座席が取り付けられ、手綱を咥えていた。
「これはこの螺旋階段専用の運搬用メカニックアニマル。名前はルベウス!」
ルベウスの大きさと迫力にルルが怯えてネネの後ろに隠れるが、ネネは興味津々といった様子でルベウスに近づいていき、隠れ場所を失ったルルが今度はメリアの後ろに隠れた。
「こんなメカニックアニマル見たことないわ……! 大きさもそうだけど、運搬用って人を運ぶのよね?」
「その通り!」
ダイアが自信満々に胸を張って応える。
「ルベウスはおじさんが作った、世界に一匹しかいないメカニックアニマル! そして、この螺旋階段専用なのだ!」
「つまるところ、この長い螺旋階段を自分の足で上り下りするのは大変だから、運んでもらおうってことでおじさんが作ったメカニックアニマルなの」
エルダが補足し、ネネはただ「すごい……‼」と目を輝かせていた。
「ちょっと大きめのメカニックアニマルは全部、この螺旋階段に作られた部屋の中にいるんだ。ほとんど毎日、全員の整備確認するためにこの階段を上り下りするから、私もルベウスがいないと大変なんだよ」
「おじさんが一から作ったから、階段とかの段差に特化してるの。四人ぐらいなら全然余裕で運んでくれるはずだよ」
「仕方ないから貸してあげる!」
明るい笑顔で言ったエルダとダイアに「ありがとう!」とメリアとネネが抱き着いた。抱き着かれた二人が声を上げる。
「これで階段上らなくて済む……‼」
「素敵なものを見せてもらったわ! 本当に最高!」
思いは違えど、メリアもネネも喜んでいるようだと、エルダとダイアが目を見合わせて笑う。そして、声をそろえて言った。
「どういたしまして!」
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