第38話 隠れ家の少女たち

 翌日、四人は準備を終え、家を出る用意をしていた。


 下層の治安は日に日に悪化しているため、護身用としてネネがモップを改造して作った武器をネネとスーが背中に担ぎ、馬の荷台に食料と野宿用の寝袋などを入れ、昨日から浮足立っているメリアを連れて、朝早くから家を出る。


 すぐにばててしまうメリアを馬の荷台に乗せ、ネネの家がある下層下部からジョージの店がある上部へと向かっている間、自分で歩く必要がないメリアはとても楽しそうにしていたが、次第に壁が増え、馬から降りて壁を登らなくてはならなくなると、すぐに力尽きた。


「私……この子がいなかったら死んでたかも……」


 馬のメカニックアニマルが作る梯子を登りながらしみじみと呟くメリアに、スーは下から「いいから登れ。落ちるぞ」と早く登るように急かした。下手にゆっくり登ると腕の限界がきて落ちるのだ。


「ええ~ん……スーが優しくないぃ……」


「ほら、メリア! 手を貸してあげるから早く登りなさい!」


「ネネも優しくないぃ……!」


 たびたび泣き言を漏らしながら、メリアはネネとスーの手を借りて街を登っていった。


 昼も近くなった頃、ついにメリアの体力の限界が来そうだ、ということで、昼食も兼ねてスーたちは街の片隅に布を敷いて座り、持ってきた食料の緑色の魔鉱石をかじりながら休憩していた。馬のメカニックアニマルもスーたちの近くで大人しくしている。


「……美味しくない……」


 魔鉱石をかじりながらメリアが顔をしかめる。すると、ルルが興味津々という様子でメリアに近づき、メリアの顔を覗き込んだ。


「美味しくないって、どんな感じですか?」


「どんな感じ? ううん……苦いと言うか、固いと言うか……石をそのまま食べてる感じ……」


「まあ、石だしな」


「でも私たちにはその苦い? っていうのがよくわからないのよね」


「そうです! メリアだけが持っている味覚……旧世界の名残です……!」


 ルルがキラキラと目を輝かせているのを見て、メリアが苦笑する。ルルはいままで見たことがないぐらいの勢いでメリアに詰め寄っていった。


「舌の構造がルルたちと違うのでしょうか……それとも感覚の問題? 固いはルルたちにもわかりますが、苦いと言うのは……」


「うぇぇ……⁈」


 詰め寄られたメリアが困惑した声を出し、ルルから後退った。二人の様子を見ながらスーとネネが苦笑した。メリアが「助けてぇ……!」と情けない声を上げるが、その声はルルの耳には届かないらしく、ルルは興味津々でメリアを見つめている。


「あの……」


 その時、聞き慣れない声が聞こえてスーたちが振り返ると、不安そうな顔をした少女がいた。薄い緑色のフワフワとしたくせ毛をハーフアップにして結び、白いヘアピンを付けている薄い紫色の瞳をした少女は、白いシャツの上から茶色のビスチェワンピースを身に着けている。少女は躊躇いがちにスーたちに声をかけて来た。


「ごめんなさい……その……」


 たれ目がちな目をしていて、眉が下がっているせいでより一層不安げな表情に見える。ネネが「なあに?」と優しく問いかけると、少女は少し安心したように表情を和らげた。


「あなたたちの後ろに扉が……」


「あーっ‼」


 聞こえてきた声に少女もスーたちもビクリと肩を震わせた。するとダダダッと慌ただしい足音が聞こえてスーたちの前に新たな少女が現れ、その少女はスーたちをビシッと指さした。


「あんたたち‼ 邪魔‼ どいて‼」


 先ほどまでの少女と打って変わってとても強気なその少女は、白い髪を高い位置で二つにくくって輪っか状にし、リボンで髪を止めていて、青い瞳をした小柄な少女だった。グレーのノースリーブワンピースに、紺色のケープを身に着け、鋭い八重歯が印象的で、つり目がちな目はどこまでも気の強さをうかがわせる。


「だ、ダイア……! そんな言い方……!」


「人の家の前で休むんじゃない‼」


「家?」


 スーたちが振り返る。スーたちは休憩場所を決めるとき、あたりに扉がない壁沿いを選んだはずだ。後ろを見ても壁しかない。


「えっと……どこに扉があるのかしら?」


「あんたたちの後ろ‼」


「ご、ごめんなさい! あ、あなたちの後ろに隠し扉があるの……!」


「隠し扉?」


 スーが問いかけると、白髪の少女は得意げに「そう!」と胸を張った。


「いいから、どいた、どいた‼」


 白髪の少女に半ば強引にどけさせられ、スーたちが馬を連れて壁から避けると、白髪の少女はペタペタと壁を触り、少女が触った壁の一部がガコンとくぼんだかと思うと、壁が横にスライドして開いた。


「わぁ!」


 メリアが嬉しそうに声を上げ、目を輝かせる。スーたちも思わず目を瞬かせ、開いた壁の中を見ると、奥に向かって通路が伸びていた。馬も入っていけそうな幅の通路の奥には扉があり、看板のようなものが掛けられている。


「あら……気が付かなかったわ」


「気が付かないようにしているの! わかったらここの前でたむろするのやめてよね!」


 白髪の少女が通路の中に入っていく。緑髪の少女は申し訳なさそうにスーたちに頭を下げた。


「ごめんなさい……そういうわけだから、ちょっと場所を変えてもらえると嬉しくて……」


「それは別にかまわないんだけど、すごいわね! これ、どうなっているの?」


 ネネが興味津々と言った様子で問いかけ、緑髪の少女が「えっと……」と口ごもる。


「開けっ放しで話してるとバレちゃうから、中に入る?」


「ぜひ!」


「え」


 ネネの返答にスーが驚きの声を上げると、ネネは「いいじゃない」と笑った。メリアとルルも興味があるのか、ネネの言葉にコクコクと頷いている。


「どうせ今日中にはたどり着かないわ。休憩するなら中に入れてもらった方がいいでしょう?」


「……まあ」


「よし! 行きましょ! えっと……」


「エルダ。エルダ・クロム」


 エルダが「どうぞ、上がって」と四人を手招きする。四人が馬を連れて壁の中の通路に入ると、エルダが中についていたボタンを押し、壁が閉じていった。スーたちが「おお……!」と感嘆の声を上げ、エルダは「ふふっ」と笑うと、スーたちを先導して通路を歩いていく。


「ここ、どうなってるの? どういう構造なのかしら」


「それが……私たちにもわからないの。おじさんが住んでいた場所を、私たちが使っているだけだから……でも、聞いた話によると、魔女狩り時代に作られた、魔女の隠れ家を改造して作ったらしいよ」


「へぇ……魔女は隠し扉の奥に部屋を作って隠れてたんだね……」


 メリアが呟く。ベロニカと遭遇したスーとメリアは、ベロニカが隠れていた部屋も魔女の隠れ家だということを知っているが、エルダたちが住んでいる場所はベロニカの隠れ家と違って、不気味な雰囲気はなかった。

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