第37話 機械の心
ネネとメリアとスーは、ルルが目を覚ますまでの数時間、スラムで過ごし、ルルが目を覚まし、容体が落ち着いてから、ルルが聞いたという声について聞くと、ルルはドゥドルのものらしき声を聞いたのだと話し、それが間違いなくメリアに向けられていたと話した。
その後、四人はメカニックアニマルの馬を連れて、スティファニーとバアヤに見送られ、スラムから出てネネの家に帰った。
ネネの家に帰ると、メリアとルルが馬の荷台から本をおろし、家の本棚にしまっている間、スーは「坑道の様子を見てくる」と言って出て行き、ネネは連れて帰った小鳥のメカニックアニマルの修理を始めた。
「ごめんね、ずっとポケットの中に入れっぱなしにしてしまって。すぐ治してあげるからね」
ネネが奥の部屋で小鳥を取り出し、折られた足と翼の代わりになる部品を探していると、メリアが興味津々といった様子でやってきて、小鳥の姿を見て「可哀想……」と呟いた。
「治るの?」
「治るわよ。新しい足と翼を付けてあげれば動けるようになるわ。魔鉱石の力が切れたわけじゃないから」
ネネが部品を見つけ出し、作業に取り掛かる。金属片を器用に足や翼の形にしていくネネの手先の器用さに、じっと作業風景を見つめていたメリアは、リビングから聞こえて来たドンガラガッシャン! という音に「うえ⁈」と声を上げた。
「あらら……ルルかしら」
ネネが苦笑し、メリアが慌ててリビングに行くと、転んだルルが本をぶちまけて倒れていた。
「ルル⁈ 大丈夫⁈」
「うう……」
ルルがぶつけた額を押さえながら起き上がり、メリアが心配そうにルルの顔を見る。ネネが奥の部屋から顔を覗かせ「大丈夫?」と問いかけた。
「ルルはよく転ぶねぇ」
「昔からよ。なにもないところでよく転ぶの。変な声を上げることもしばしば」
「ち、違います……!」
ルルが額を押さえながら、不服そうに口を開いた。
「る、ルルは……声が聞こえて……それでびっくりして……」
「ああ……そういうことだったの」
ルルが頷く。ルルの耳は普通の人間には聞こえない声が聞こえる。それはルルが制御できるものではないらしく、唐突に聞こえて来た声に驚いて転ぶ、ということらしかった。
「なにか聞こえたの?」
メリアが問いかけると、ルルは「えっと……」と呟いた。
「『ありがとう』って聞こえたんです……」
「ありがとう? いったい誰の声かしら」
「たぶん……あの子です」
ルルが奥の部屋を指差した。メリアとネネが目を見合わせ、首を傾げる。
「奥の部屋には小鳥さんしかいないよ?」
メリアが不思議そうにルルに問いかけると、ネネが何かに気が付いた様子で「まさか……」と言って奥の部屋に入り、小鳥のメカニックアニマルを連れて来た。
「もしかして、ルル。この子の声が聞こえたの?」
ルルが小さく頷いた。メリアとネネが目を見張る。
「メカニックアニマルの声が聞こえるの⁈」
「す、少しだけ……」
「あ、あれ? メカニックアニマルって機械なんだよね? 心の声って聞こえるの?」
「だから! メカニックアニマルも生きているってことよ!」
ネネが目を輝かせて言う。
「メカニックアニマルにも心があって、生きているっていうことなのよ!」
「う、うん……ルルの言う通り……です……」
「だからあの時ルルは『大丈夫』って言ったのね! あの馬が男たちを撃退するのがわかっていたから!」
ネネの勢いに押されルルが「う、うん……」と答える。ネネは嬉しそうに家から飛び出し、家の前で大人しく立っている馬に向かって「ありがとう! あなたは恩人よ!」と言っている声が聞こえてきた。
「すぐに治してあげるから待っててね!」
バタバタと戻って来たネネは奥の部屋に入り、小鳥の修理を始めた。ルルとメリアは慌ただしいネネにしばらくキョトンとしていたが、顔を見合わせて笑うと、ルルがぶちまけた本を拾い始める。
「ネネは何してたんだ? めちゃくちゃ声響いてたぞ」
すると、帰って来たスーが家に入ってきて、散らばっている本を見てルルの仕業だということを理解したのか「ああ……」と声を漏らした。本を拾っているルルとメリアを見て、手伝い始める。
「お帰り、スー。どうだった?」
「バアヤが言ってた通りだ。坑道に行ってみたら、立ち入り禁止で入り口が塞がれてた。働き口が無くなった男たちが近くの店で嘆いてたよ」
「そう……ドゥドルのせいでメカニックアニマルが暴れて住むところがなくなっちゃった人もいるのに、仕事までなくなったら、その人たちはどうやって生活するんだろう……」
「それは俺にも言える話だな。ネネたちのおかげで住む場所はあるけど、仕事がないとなると……」
「……正式に、ルルたちとなんでも屋をしますか……?」
ルルが躊躇いがちにスーに問い、スーが驚いたように目を見張る。スーの反応にルルが「ぴっ……‼」と情けない声を上げながらメリアの後ろに隠れた。
「べ、べべべつに無理強いはしないんですけど、ね、ね、ネネが喜ぶかなって……‼」
「いや……逆にルルはいいのか?」
「る、ルルは……お、男の人、苦手だけど、スーなら、たぶん、大丈夫……かなって……」
最後の方はとても頼りなかったが、ルルはスーのことを信頼してくれているようだ。スーが困ったように頭をかいた。ネネたちと一緒に暮らし始めるということは、いままでの生活と大差なく、正直それでもいいのだが、スーには夢がある。
「まぁ……考えておくよ」
とりあえずそう答えると、ルルはなぜかほっと胸の撫でおろした様子だった。
「スーも一緒に暮らすなら、もっと大きい部屋に引っ越さなきゃダメかなぁ? ハンモックで寝るの、結構大変じゃない?」
「いや、一緒に暮らすって決まったわけじゃないから……ネネは奥の部屋か?」
「うん」
「そうか……坑道に向かってる途中で、数人エルを見た。バアヤが言ってた通り、活発に動いてるらしい」
「……じゃあ、ネネはしばらく家から出ない方がいいかな? 怖がってるみたいだし……」
「そうだな。ジョージに馬を返さなきゃならないから、俺だけで行くか……」
「でも、メリアさんを連れて行くんでしょう……? スーだけじゃ大変なんじゃ……」
「え⁈ 私も行っていいの?」
メリアが目を輝かせたが、スーは首を横に振った。
「ダメだ。メリアを連れて行ったらあそこまでどんだけかかるんだよ」
「……丸一日ぐらい……? でも……ミス・フェルベールが連れてきてって……」
「連れて行っても着せ替え人形にされるだけだろ」
「なにそれー! 私も行きたい!」
「状況を考えろ、状況を!」
「あら、いいじゃない」
三人が騒いでいると、奥の部屋からネネが顔を出した。
「みんなでもう一回ミス・フェルベールのところに行けばいいわ。メリアだってずっとお留守番は嫌でしょう?」
「いいの⁈」
「いいわよ。私も行くし、ルルも連れて行くわ」
「え」
ルルがあからさまに嫌そうな声を上げて、抱えている本を見る。ルルは家でゆっくり本が読みたかったようだ。
「いいじゃない。ルル。持って帰れなかった本があるって悲しんでたでしょう? 取りに行きましょうよ。スーも坑道が閉まっちゃったんなら暇でしょう。もしかしたらミス・フェルベールが仕事をくれるかもしれないわ」
「そうだけど……ネネはいいのか? 家にいた方がいいんじゃ……」
「こんな危ない状況で、スーだけで行かせられるわけないでしょう! だからってルルとメリアをお留守番させるのも心配で気が気じゃないもの。時間はかかっても、連れて行った方が賢明よ」
「……いいのか?」
「いいって言ってるでしょう! 用心棒は一人より二人の方がいいわ。でも、この子の修理が終わるまで待ってくれない?」
ネネの手の上にいる小鳥は既に足が修繕され、あとはもげた翼をどうにかするだけだった。メリアが「すごい!」と声を上げる。
「色々準備もいるでしょうから、準備しておいて。ルルとスーはずっと出ずっぱりで疲れているでしょうし、今日はゆっくり休みましょう」
ネネの言葉にルルが頷き、本を抱えて奥の部屋に入っていく。メリアも「楽しみだなぁ!」と嬉しそうにネネに笑いかけた。
ふと、ネネはスーが暗い顔をしていることに気が付き「ふふっ」と笑った。
「スー。そんな顔しないで。私は平気」
「……無理すんなよ」
「あら、大丈夫よ。ネネ・コルスティンはいつでも元気よ!」
そして、まだ暗い顔をしているスーを見て、ネネが「それにね」と続ける。
「スーがいるから、平気よ」
ネネが微笑む。一抹の不安を抱きながら、元気に笑うネネを見て、スーも微笑んだ。
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