第36話 ミツケタ

「ともかく、人食い魔女が多数現れ、それに伴ってエルが下層で活発に動いている。ドゥドルの動きも活発化し、メカニックアニマルの巣窟は増える一方さ。みな、十分に気をつけておくれ。私の可愛い子供たち」


 その時、ルルが「ひゃあっ⁈」と声を上げて立ち上がった。全員がルルの声に驚き、ルルを見ると、ルルは耳を押さえて青冷め、ガタガタと震えている。


「ど、どうしたの? ルル……」


 ネネが心配そうにルルに問いかける。すると、バアヤとスティファニーがほぼ同時のタイミングでメリアの方を見た。メリアが「え?」と声を上げる。


「こ、声が……」


「声? なにか聞こえているの?」


 ネネが立ち上がり、ルルの背中をさすりながら問いかける。スーは一斉にメリアを見たスティファニーとバアヤに驚き「な、なんだよ……」と思わず片手でメリアを庇った。


『ミツケタ』


「ひっ⁈」


 ルルが耳を押さえて悲鳴をあげる。その声はルルにしか聞こえず、ネネはただ困惑するばかりだ。


『ミツケタ』


『ミツケタ』


『ミツケタ』


 声は至る所から聞こえてきて、当たりの雑音に紛れながら近づいてくるようだった。小さな声は甲高い動物の鳴き声のようで、到底人間のものとは思えない。ルルは耳を塞ぎながら、どこから声が聞こえてくるのか探そうとキョロキョロとあたりを見回す。


『ワタシタチノナカマ、ミツケタ』


 一際大きく聞こえた声に、ルルがハッとしてメリアの方を見る。


「スー‼ メリアからそれを遠ざけろ‼」


「え?」


 スティファニーが叫んだ瞬間、メリアの肩に一匹のドゥドルが現れた。スーがギョッとして目を見開く。メリアが「え?」と声を上げた。


 スーが咄嗟にポケットからナイフを取り出す。メリアの肩に乗ったドゥドルは大きく口を開き、ドゥドルに気が付いて自分の肩を見ようとしたメリアの顔を、呑み込もうとしていた。


「メリア‼」


 ネネが叫んだ瞬間、スーが取り出したナイフでメリアの肩に乗ったドゥドルを斬りつけ、ドゥドルの身体がパンッと弾け飛んだ。飛び散った黒い絵の具がメリアの頬を汚し、自分の真横でナイフを振られたメリアは声も出せずに呆然とスーを見つめている。


「大丈夫か⁈ 怪我は……」


 スーがメリアに声をかけようとした瞬間、ルルが小さなうめき声を上げた。ネネがルルを心配して問いかける。


「ルル⁈ ルル、どうしたの⁈」


「……逃げ……る……?」


 ルルが呟いたその時、部屋の隅の暗闇が唐突に蠢きだし、その異様な光景にその場にいる全員が凍り付く。蠢いているのは大量のドゥドルで、ドゥドルたちは素早く動き、一斉に部屋の出口へと向かい始めた。

一斉に押し寄せた黒い波のようなドゥドルに、ネネが小さく悲鳴をあげて、咄嗟にルルを連れてドゥドルの進路から避ける。スティファニーも慌ててバアヤの元に向かい、バアヤを逃がした。


 しばらくするとすべてのドゥドルが部屋から出て行き、全員はしばらく呆然として、静かな沈黙が流れた。


 その沈黙を破ったのはルルで、ルルはまた小さくうめき声を上げると頭を抱えてうずくまってしまった。ネネが慌ててルルの背中をさする。


「大丈夫よ、ルル。大丈夫……」


「……う……頭……痛い……」


 ネネとルルの様子にスーもハッと我に返り、メリアの方を見た。メリアは頬に付いた絵の具に触れ、顔をしかめている。スーの視線に気が付いたのかスーの方を見て「私は大丈夫」と微笑んだ。


「ルル、しばらく休むべきだ。なにが聞こえたのかはわからないが、其方の耳は酷使すればするほど負担になる。私の目を同じでな。それから、メリア。これを」


 スティファニーがメリアにハンカチを差し出し、メリアがハンカチを受け取って「ありがとう」と言い、頬に飛び散った絵の具をハンカチで拭った。


「……ドゥドルがこんなところにまで……」


「ネネ。ここは下層の最下層。ドゥドルも、メカニックアニマルも、来ない方がおかしいのだ。これまでは私とバアヤの未来視ですべてを未然に防いでいたが、それも限界か……」


「……知りたくないと……」


 バアヤが口を開き、全員がバアヤを見る。バアヤは険しい表情をしていた。


「知らぬことを選ぶことは簡単なことだ。見ないようにすることも。だが、知ることで防げることも、あるのだろうねぇ」


「バアヤ。今回のことは私もバアヤも見えなかったのだ。私たちにだって見えないことはある。だが……ドゥドルがなぜか、メリア個人を狙っていたように見えたのは、私の気のせいだろうか」


 スティファニーの言葉にメリアが「え……?」と声を上げる。頭を押さえてうずくまっていたルルは、ネネの腕の中で気を失っていた。バアヤの目がメリアを捉える。


「メリア、あんたはいったい何者だい?」


「……わからない……」


 メリアが首を横に振る。バアヤは静かに目を閉じると、ゆっくり目を開け、目の前のメリアを見た。


「知らねばならないのだろう。知らねば守ることも出来ん。私の目でどこまで見れるかわからんが、メリア。あんたのことを見てみよう。少し、時間をおくれ」


 メリアが不安そうな表情を浮かべ、バアヤは優しく微笑みながらメリアの頭を優しく撫でた。


「安心しなさい。メリアが何者であっても、私たちは何も変わらない」


 バアヤに言われ、メリアが不安そうにスーとネネを見る。二人がバアヤの言葉に頷くと、メリアは安心したように笑った。

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