第35話 破壊神

「ところで、ストレリチア。あんたこれからどうするんだい?」


 メリアとバアヤ、スティファニーに昨日起こった出来事を説明し終えた後、バアヤが唐突にスーに問いかけた。部屋の中でバアヤを囲み、座っている全員の視線がスーに向けられる。


「なにが?」


「なにがって、働き口がなくなっちまったろう?」


「は?」


 スーが訳が分からないと言うように首を傾げ、ルルとネネもお互い目を見合わせて不思議そうな表情を浮かべた。


「あれ? スーたち、知らないの?」


 意外にもそう言ったのはメリアだった。


「噂になってるよ。坑道が立ち入り禁止になっちゃったって」


「は⁈」


 スーが思わず大声を上げた。


「下層で坑道から続く大きな穴が見つかったのさ。まるでなにかが這い出したかのようなね。その穴周辺に飛び散った黒い絵の具から、ドゥドルがあふれ出し、坑道で働いたメカニックアニマルが暴走して、坑道に入れなくなってしまった」


「しかも、坑道で取れる魔鉱石がドゥドルによって黒く染まり、以前の力を失ったために、魔鉱石の不足も考えられる。そうなれば、下層のみならず、中層、上層も死活問題であろうな。我々も食料が手に入らなくなることを危惧している」


「まじかよ……」


 バアヤとスティファニーの言葉にスーとネネとルルが目を丸くした。魔鉱石が無くなれば、人々の生活が脅かされるのは明確だ。


「いまはまだどうにかなるが、これから先はわからん。働き口が無くなっただけでなく、これからの生活が脅かされる」


「そんな……そんな大変なことになっていたなんて……しかも、その、なにかが這い出したような穴って、なにが出て来たって言うのよ」


 ネネの至極まっとうな疑問に、スーも頷いた。スティファニーが答える。


「わからん。だが、その出て来たなにかが落書きの犯人であり、ドゥドルを生み出すもの……つまり魔女だと言う者もいるが、いまいち信憑性がない」


「どうして?」


「ちまたで噂の『人食い魔女』が、元人間の女であるため、その魔女そのものを作り出す者がいると、私は考えるね」


 バアヤが口を開いた。ネネが「やっぱり人間の女なの?」と問いかける。


「ベロニカがそうであったように、他の者もやはり、人間だった女たちさ」


「ベロニカ以外に魔女が出たの?」


「この三日ほど、エルが活発に動き出したと思ったら、至る所で人食い魔女を殺し始めた。話を聞く限り、そのどれもが元はただの人間の女なのさ。私の同胞も多くいる。魔女狩りの再来のようで恐ろしい話だよ」


「ベロニカ以外の魔女……じゃあ、落書きの犯人は誰だ?」


 スーが問いかける。ネネはエルが下層で活発に動いているということに怯えたのか、黙り込んでしまった。ルルが心配そうにネネに寄り添う。


「破壊神」


 部屋に響いたバアヤの声に、全員が息を呑んだ。


「……破壊……神……?」


「バアヤ? なにを言っているの? まさか、見えたの?」


「見えていないよ。見ていないと言った方が正しいかもしれないねぁ。スティファニーも出来るならば見ない方がいい。未来を知るということは、時に絶望を知るということさ」


 バアヤの言葉にスティファニーが複雑な顔をした。スーがバアヤに問いかける。


「じゃあ、なにを根拠に?」


「ただの勘さね。創造神の力の結晶である魔鉱石の力を奪い、魔女ではないただの女どもを狂わせる。そんなことが出来るのは、もっとも悪しき者であると」


「でも、破壊神なんて神話の話よ? ずっと昔に倒された……」


「あ、あの……」


 これまでずっと黙っていたメリアが恐る恐るといった様子で口を開いた。酷く困惑した表情を浮かべている。


「わ、私、破壊神とか創造神とか神話とか、そういうものがそもそもまったく……」


「ああ、そうね。メリアは記憶が無いから」


「この世界の常識も知らないのか」


 メリアはとても申し訳なさそうな顔で「ごめんなさい……」と呟いた。一人だけ全く話についていけていないのが申し訳ないのだろう。


「かつて、唐突に生まれた破壊神が世界を滅ぼそうとし、創造神との戦いの末『この世界に生きるものすべてが死に絶える』という呪いをかけ、世界から創造神が唯一守った人間以外の生物が死滅した。創造神に敗れた破壊神は消滅したが、呪いだけはこの世界に残り続け、創造神が人間のために自身の力を結晶化して与えたものが、魔鉱石である。これがこの世界に伝わる世界創造神話だ」


 スティファニーが淀みなくスラスラと説明し、メリアが「へぇ……」と呟く。この世界の常識ですら、メリアは知らない。


「その神話に出てくる破壊神が復活したって、バアヤはそう言っているってこと?」


「復活とはまた違うのかもしれん。だが、呪いとは永遠に残るものだ。この国の歴史が繰り返しているように、呪いもまた、永遠に繰り返されるもの」


 そこまで言うと、バアヤは考え込むように黙り込み、小さく呟いた。


「ミス・フェルベール……あの男はどこまで知っている……?」


「え?」


 スーが聞き返したが、バアヤは「なにもない」とはぐらかした。

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