第34話 心の声を聞く耳

 ネネが泣き疲れて眠った後、スーは眠ってしまったネネを背負い、ルルは怯えながらも馬の手綱を引いて、配達先の家へと向かった。


 一度、一つ上の階に上がってから、スーが見つけた穴から下に降り、馬を連れて目的の家にたどり着くと、スーとルルを老人が出迎えた。老人の後ろから飛び出してきた子供たちは運ばれてきた服を取り出し、嬉しそうに笑っていた。


「ありがとうねぇ、わざわざ持ってきてくれて。子供たちがすぐ服を破いてしまうから、ちゃんとした丈夫な服を作ってもらおうと思ったんだよ」


 老人の家にいる子供たちは全員髪の色も瞳の色も全員バラバラで、年齢も違い、老人の子供ではないことは明確だった。


「子供たちを保護しているんだよ。この辺りは物騒な人も多いからね。親がいない子供たちにとって、この街はあまりに生き辛い」


 老人はここまで服を届けてくれた謝礼として、自分が持っていた古い本を一冊くれた。スーはたいして興味がなかったが、ルルが嬉しそうにしていたのでありがたく貰い、スラムで待つメリアの元に向かった。


 ネネは疲れ果てたのか、スーの背中でずっと眠っていた。


    ◇


 スラムにたどり着いたときには、朝早くから出発したにも関わらず、もう、日が暮れようとしている時間だった。


 まだ幼い子供たちはすでに家に帰っていて、スーたちの帰還に盛り上がり、大量の子供たちが群がってくることはなく、スーたちをいち早く出迎えたのはメリアだった。


「おかえりなさい……ネネ、どうしたの?」


 メリアが心配そうにスーに背負われて眠っているネネを見る。そして、ルルが引き連れて来た馬のメカニックアニマルを見て驚いたように少し目を見張った。


「まぁ……色々あって」


 スーが少し濁して言うと、メリアは「そっか」と短く答えた。


「疲れてるでしょう? お話は明日聞くよ」


 メリアが優しく微笑み、ネネが眠ってしまったこともあり、バアヤやスティファニーに報告するのは明日に持ち越して、メリアが泊っている家で四人で眠ることにした。


 次の日、スーが目を覚ますと、スー以外の全員はすでに目を覚ましていた。


「おはよう、スー」


 スーの傍らに座っていたネネがスーに向かって微笑む。ネネの前にルルが座っており、スーが起きたことに気が付いて「ぴっ⁈」と不思議な声を上げた。


 ヤレヤレと思いながら、スーが上体を起こしてネネの顔を見ると、昨日ネネがかすり傷を負っていた右頬に絆創膏が貼られていた。ルルも怪我の手当てがなされている。二人の姿を見て、スーが表情を曇らせた。


「あら、なに? 人の顔を見て暗い顔をして」


「いや……俺がもっと早く着いてたら、二人とも怪我しなかっただろうし、俺が二人を置いていかなかったら……」


「あら、もしかして責任感じてるの?」


 ネネがスーの顔を覗き込む。そして、ふっと笑った。


「別にスーのせいじゃないわ。助けてくれたんだから、感謝しかしていないわよ」


「俺じゃなくてルルに感謝しろよ。ルルが俺のことを呼びに来て、ネネの場所まで案内してくれなきゃ間に合わなかった」


「そうだったわ、ルル。ありがとう」


 ネネがルルの頭を撫でる。ルルは少し恥ずかしそうに、そして、嬉しそうに笑った。


「そういえば、ルル。よくあの短時間で俺のこと見つけ出せたな」


「へ⁈」


「そうね。スーよりもルルの方が早く来てびっくりしたわ。それに、まるでスーが来るのがわかってるみたいなこと言ってなかった?」


「え、えっと……」


 ルルが口ごもる。ルルはよく、居場所を伝えたわけでもないのにネネやスーの居場所に真っすぐたどり着いたり、離れているのになにをしようとしているか理解していたり、たびたび不思議なことをしていたが、今回はそれが目に見えてわかるほどだった。スーは観察眼が鋭いのだろう、と漠然と考えていたが、ルルの狼狽えように首を傾げた。


「もう、隠さなくてもいいんじゃないかい。ルル」


 聞こえた声に三人が部屋の入り口を見ると、スティファニーとメリアに身体を支えられ、ゆっくりと歩いて来るバアヤがいた。


「おかえり。いろいろと大変だったようだね、三人とも」


「バアヤ。ただいまも言わずにごめんなさい」


「いいんだよ。怪我は大丈夫かい?」


「なんてことないわ」


「私の可愛い子供たち。無事に帰って何よりさ。ミス・フェルベールの所にいったのだろう? あの男はなんと言っていたかい?」


「特に何も。着せ替え人形にされただけだ」


 スーが不機嫌そうに笑うと、バアヤは声を上げて笑った。


「不機嫌だねぇ、ストレリチア。あの男はなにも言ってこなかったか。そう。それならば、まあ、なにも心配はいらない、ということなのだろうねぇ。ルル」


 部屋からこっそり出て行こうとしていたルルがバアヤに呼び止められ、ビクリと肩を震わせて立ち止まった。スティファニーがバアヤから離れ、ルルが逃げられないように両肩を掴んで正面を向かせる。


「秘密の告白とは勇気がいるものではあるが、もうそろそろ潮時さね。ルル、秘密を抱え続けることは辛いことでもあるだろう?」


 ルルはなんとも言えない顔をしている。ネネとスーは不思議そうに首を傾げた。メリアも状況がよくわかっていない様子だが、とりあえずバアヤの身体を支えていた。


「なんの話し? バアヤ。ルルに隠し事があるとでもいうの?」


「人間だれしも秘密はある。それを責めてはいけないよ」


「責めたりなんかしないわ! でも……ここまでずっと一緒に暮らしていたのに、隠し事があったって言われたら、ちょっと……」


 ネネが寂しげに笑い、「寂しいかな……」と呟いた。


「さあ、ルル。其方の耳なら、目の前にいる仲間たちの本心を聞くことができるだろう」


 スティファニーがルルに言い、寂しそうな表情を浮かべるネネを前に、ルルは一度小さく息を吸うと、口を開いた。


「る、ルルは……」


 ネネが優しく「なあに?」と問いかける。スーとメリアもルルの告白に耳を傾けた。


「ルルは、心の声が聞こえます……」


 ルルが弱々しくそう言ったが、三人はいまいち想像が付かず「ん?」と首を傾げる。スティファニーが口を開き、説明を始めた。


「簡単に言うならば、ルルは耳が良い。通常の人間では聞き取れないような遠くの音や、微かな音を聞くことが出来る。そして、心の声を聞くことが出来る。つまり、心を読むことが出来る、ということだ」


「……え? つまり、ルルはスティファニーやバアヤと同じ……」


「魔女の子孫ということだ」


 スティファニーの言葉を聞き、ネネが「ええ⁈」と声を上げる。スーはなんとなくバアヤの登場から予想していたのでネネほど驚かなかったが、ルルの力を聞いて納得する。スーを短時間で見つけ出したり、ネネの居場所にスーよりも早くたどり着いたのは、ルルの耳のおかげだったのか、と。


「す、スティファニーとバアヤは知っていたの?」


「同胞とは同胞を強く感じ取るものさね。ネネがルルを連れて来た時点でわかっていたさ」


「ど、どうして教えてくれなかったの……?」


「ルルに黙っていてくれと言われたからだよ」


 バアヤが「そうだろう。ルル」と問いかけると、ルルが小さく頷いた。


「どうして? ルルが魔女の子孫だからって、誰も何も言わないわ」


「……」


 ルルは悲しそうな顔をして黙ったままだ。すると、バアヤがルルの代わりに口を開いた。


「心の声が聞こえる、ということは、考えていることがわかる、ということさ。その人の思考がすべて手に取るようにわかる。その点、ルルの力は私たちの力よりも厄介と言えよう。そして、心が読めるという存在を、気味が悪いと考える者もいる」


「ルルは……!」


 ルルが慌てた様子で口を開いた。


「る、ルルの力は全部が綺麗に聞こえるわけじゃなくて、断片的に、雑音みたいに聞こえてくるだけだから……! だから……! 全部がわかるわけじゃなくて……!」


「……そういうこと。ルルは私たちに気味悪がられるのが怖かったのね」


 そう言うと、ネネはルルのことを抱きしめた。ルルが驚いたように目を見開く。


「私たちがそんな風に思うわけないでしょう?」


「で、でも……ルルは……」


「心が読めるなんてこと、誰も気にしないわ。ルルに隠そうと思うこともないし。だから、大丈夫よ」


 ネネの言葉にスーとメリアが頷く。考えていることが筒抜けであることは少し驚きだが、だからと言って隠しているようなこともない。


「ルルの力は私と同じように完全なものではない。心の声が聞こえる、とはいっても、ルルの言う通り、それは断片的なもので、しかもある個人の声だけを聞こうとしても周りの雑音で聞き取れないことが多いらしい。だから、すべてがルルに筒抜けになっているわけではないが、まあ、それでも思考を読むには十分と言えよう」


 スティファニーの言葉にルルが小さく頷く。すると、ネネがその場にいる全員にバレないような小さな声で、ルルに囁いた。


「黙っていてくれてありがとう。ルル」


 ルルが小さく目を見開き、ネネにだけわかるように小さく頷いた。

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