第31話 大人たちの会話
三人が店から出て行ってから数分後、ジョージの仕立て屋の扉のベルが鳴り、作業部屋でリボンを作っていたジョージが「はいはーい」と言いながら、たいして慌てた様子もなく、のんびりとカウンターに出て来た。
「いらっしゃいませ~……あら? あらあらぁ……これは珍しいお顔ね」
店の中に入って来た人物を見て、ジョージが不敵な笑みを浮かべた。
「ジョージ・フェルベール。世間話をしに来たわけではない」
「嫌ね。そんなにカリカリしていると、綺麗なお顔が台無しよ、セリル。それにジョージと呼ばないで」
店の中に入って来たのはエルの団長、セリル・イントレイミだった。セリルは作り物のような綺麗な顔に険しい表情を浮かべ、ジョージを見つめている。ジョージが肩をすくめた。
「来るなら来ると言ってほしいわ。私にだって都合はあるのよ」
「この非常時に都合もクソも言っていられるものか。のんびりとしているのはお前ぐらいだ」
「のんびりしているわけじゃないわ。あなたに伝えるべき情報は持っているわよ」
ジョージが少し不機嫌そうに言い、カウンターから出て来客用のソファーに座った。セリルはしばらく冷たい目をジョージに向けていたが、小さく息をついて美しい青髪を払う。ソファーに座ったジョージは長い足を組むと、頭に人差し指を当てて目を閉じた。
「下層から始まった落書き被害は現在、まるで空を目指すように上へ上へと拡大し、下層上部までその魔の手が届きそうになっているわ。ドゥドルの被害は拡大し、下層中部でもメカニックアニマルが凶暴性を増して巣窟を拡大している」
「人食い魔女は?」
「ベロニカの一件から急速にその数を増しているわ。その見た目は一様に若い女性だけれど、中には見た目にそぐわないほどの年齢から若返っている者もいる。銀の武器以外で死なないのは魔女狩り時代の魔女と変わらないけれど、往来の人食い魔女は、ただの人間の女がなんらかの力を得て魔女化しているわ。そのなんらかの力がドゥドルに由来していると考えるのは、自然なことね。人食い魔女はメカニックアニマルを使って人間を襲う」
「現在の人食い魔女が、魔女狩り時代の生き残りでないという根拠は?」
「生き残り? あり得ないでしょう。エルの歴史を知っているのなら、あなただってよくわかっているはずよ、セリル。エルは魔女を殲滅したわ。力を持たないただの女たちを道連れにしてね。たとえ生き残っていたとしても、いまさら魔女が表舞台に出てくるわけがない。それに、ベロニカも他の人食い魔女も皆一様に、ただの人間だった記録が残っているわ」
「……」
「私の言うことに間違いがあったことがある? それにね、本物の魔女はメカニックアニマルを操ったりなんかしないわ。魔女は不思議な力を持つ者たちだけど、その力は魔法と呼ばれる力。未来を見る瞳や心の声を聞く耳などね」
「魔女の子孫はどうしている?」
「スラムの子供たちやシュリル・ローグキッドのことかしら?」
ジョージが目を開けると、セリルが目の前のソファーに座って額を押さえていた。セリルが小さく「そうだ」と答える。
「特に何も変わりなく。彼女たちはドゥドルの影響をなにも受けていないわ」
「本当に?」
「あら、なぜ?」
セリルが少し考えるように黙り込んだ後、口を開いた。
「ベロニカを殺した時、紫髪の不思議な少女を見た。頬に五芒星のあざを持つ、金色の瞳の少女だ。その少女が不思議な力で襲い掛かったメカニックアニマルの機能を停止させた。魔女の子孫かと思ったが、それにしては力が目に見えて強力だった」
「それはメリアという少女のことかしら? 空からやって来たという」
「知っていたのか」
「つい最近知ったわ。魔女の子孫ではないって、まさか本物の魔女だとでもいうの? 少女なのでしょう。いくら魔女が長生きとはいえ、少女な訳がないじゃない」
「……見ればわかる。あの少女は見るからに異質だ」
「ふぅん……まあ、いいわ。下層で私が知らないことがあってはならないもの。近々、情報を仕入れておくわ」
平然とした表情のジョージとは違い、セリルは前髪をかき上げて眉間に皺を寄せた。その表情からは焦りと憤りが感じ取れる。
「落書きは広がる一方で、人食い魔女は蔓延るばかり。犯人は依然として姿を見せず、王は心労が祟ったか、病状は悪化の一途を辿っている。早々に犯人を見つけ出さねばならない」
「王はなにをそんなに恐れているのかしらねぇ」
「嫌味を言うな、ジョージ。わかっているだろう。王は魔女を恐れているのだ。かつて、自分の父親が虐殺した、破壊神の使いとまで罵られた女どもを」
「魔女を恐れなくとも、あの方は時を待たずしてこの世を去るでしょう。不治の病は治らないわ」
ジョージがそう言うと、セリルがジョージを睨みつけた。ジョージが肩をすくめる。
「それにしても、破壊神の使い、ね。魔女の噂はどこまでも尾ひれがついている。人を食う、世界を滅ぼす。けれど、その実態は誰も知らない、わからない。不思議な力の源も」
「……なにが言いたい?」
「下層のほんの一部の場所で、密かに囁かれている噂よ。それこそ、根も葉もない」
ジョージが不敵に笑った。
「落書きの犯人は、復活した破壊神だ、と」
ジョージの言葉にセリルが少し驚いたように目を見張り、そしてすぐに顔をしかめると「くだらない」と吐き捨てるように言った。
「破壊神など、創造神話の中の話だろう。どれほど昔の話だと思っている。それが今更復活など……」
「さぁ、どうでしょう。一概にくだらないとも言えないかもしれないわよ。実際、下層の地下坑道で、何かが這い出したような穴が見つかったわ。そこからドゥドルがあふれ出して、坑道は立ち入れなくなっているの。しかも、ドゥドルは創造神ゆかりの魔鉱石を黒く染め上げる。これが創造神に牙を剥く破壊神と紐づけられるのは適切とも言えるわ」
「……だが」
「それから、これは私の持論だけれど、もし、落書きの犯人が破壊神で、人間の女を、なんらかの力で人食い魔女にしているのであれば、創造神が破壊神の呪いから守り抜いた人間を、根絶させようとしている破壊神の意思、と考えることも出来るわ。人間の女が子を産むのだから」
「……やはり、落書きと人食い魔女は繋がっているのか」
「そう考えるのが妥当でしょう。落書きによって生まれるドゥドルがメカニックアニマルを狂わせ、それを人食い魔女が操るのだから」
セリルが頭を抱え「だが」と口を開いた。
「破壊神の復活など、あり得ん」
「そうねぇ。神話上の話なんてなかなか想像できるもんじゃないもの。復活、というよりは、呪いなのかもしれない」
「呪い?」
「破壊神の残滓、と言った方が正しいかしら。この世界を強く憎み、滅ぼす、呪いよ」
セリルが頭を抱えて唸る。その姿はエルの美しき団長とは思いようもない、頭を抱える可哀想な苦労人だ。ジョージが目の前の可哀想な友人に苦笑した。
「これ以上考えたら頭が火を噴きそうだ」
「エルの団長も大変ね」
「……ジョージ」
「ミス・フェルベール」
ジョージに言葉を遮られ、セリルがため息をつきながら「フェルベール」と言い直した。
「姫は見つかったか?」
セリルの言葉にジョージが苦笑しながら首を横に振った。
「残念ながら。赤ん坊の時に落とされた女の子を探し出すには、下層は出自不明の子供が多すぎるわ」
「……悩みの種は尽きんな」
「少しは休んだら? いまにも倒れそうよ」
「そういうわけにはいかん。時は刻一刻と王の命を削るのだから」
そう言うとセリルは立ち上がり「また来る」と言って店から出て行った。
「来るときは連絡して頂戴!」
ジョージの声に振り返ることもなく、セリルが外に出て、背中の機械仕掛けの翼で飛んでいく姿が見える。それを見送り、ジョージは小さく息をついた。
「隠し通すのも限界かしら……さて、彼女にとって、幸せなのはどちらでしょうねぇ……」
そこまで呟くとジョージはふっと笑い「そんなの決まっているわね」と言った。
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