第28話 スーの災難

 長い薄桃色の髪に青い瞳を持ち、スラリとした体形をしていて女口調。眼鏡をかけ、白いストライプ柄のベストにワインレッドのシャツ、黒いタイトパンツを履いているその姿は一見女に見えなくもなく、自分をミス・フェルベールと呼ばせるため、女性だと思われることが多いが、その声はどう考えても低い男のものだ。


 ジョージ・フェルベール。下層上部で仕立て屋の店主をしているその男は、年齢不詳、素性不明の、スーの旧友であり恩人だ。そして、スーが信頼できる大人の一人でもあるのだが……。


「何度言えばわかるの⁈ スー‼ 私のことはミス・フェルベールとお呼びなさい‼」


「……だってお前の名前はジョージでれっきとした男だろ……」


 スーが起き上がりながら呟く。ネネが転がっていった糸巻きを拾いに行き、ルルはオロオロと額を押さえるスーを見ていた。ジョージはカウンターの中から出てきて、その長い脚を見せつけるように座り込んでいるスーの目の前に立ち、スーを上から睨みつけた。


「私はれっきとした男だし、女でないことを嘆きもしないけれど、その名前は私の美しさとはかけ離れたものなのよ。いいかしら? スー。男はプライドを大切にするものよ」


「……へ~い……」


 ジョージに差し出された手を取ってスーが立ち上がる。転がった糸巻きを拾ってネネが戻って来て、糸巻きをジョージに差し出した。ジョージが糸巻きを受け取る。


「こんにちは、ネネちゃん、ルル。私の小鳥は無事に届いたようでよかったわ」


「お久しぶりです!」


 三人を導いた小鳥は店の中で飛び回っていたが、ジョージの元へと飛んでくるとジョージの肩にとまった。ジョージが「ご苦労様」と小鳥を撫でる。


「立ち話もなんだから、お店にお入り」


 ジョージに促され、三人が店の中に入る。すると、ルルがソワソワと落ち着きを無くし、スーに投げつけた糸巻きを棚に戻していたジョージに「あ、あの……!」と声をかけた。


「ああ、新しい本? ルルは本当に本が好きねぇ。奥の部屋にあるわ。好きに持って行って」


 ジョージがそう言うと、ルルはパァッと目を輝かせてカウンターの奥の部屋へとかけていった。ジョージは来客用のソファーにスーとネネを通し、テーブルを挟んだ向かい側の一人掛け用ソファーに座ると、長い足を組む。


「ありがとうございます、ミス・フェルベール。ルルが喜びます」


「あら、いいのよぉ。私もネネちゃんからもらったメカニックアニマルを重宝しているし、お互い様ね」


「そのメカニックアニマルで俺たちを呼びつけたんだけどな」


「スー?」


 口を挟んだスーにジョージが睨みを聞かせる。スーは咄嗟に目を逸らした。


「まったく……いつからそんなに可愛げがなくなったのかしら。せっかくネネちゃんみたいな可愛い子に囲まれて生活しているのに、勿体ないわねぇ」


「もう! スー? いい加減、機嫌を直しなさいよ」


「ジョージがいる限り無理だな」


「ミス・フェルベール」


 ジョージがドスの効いた声で言い、スーが小さな声で「フェルベール……」と言い直した。


「それが恩人に対する態度なの? 昔、私が助けてあげなかったら奈落の底に落ちて戻ってこられなかったでしょうに」


「え、そうなの? そう言えば私、どうしてミス・フェルベールがスーの恩人なのか聞いたことないわ」


「格好つけて話したがらないのねぇ。教えてあげましょうか?」


「教えなくていい‼」


 ジョージを阻止しようと立ち上がろうとしたスーのことをネネが掴み、驚く暇も与えずに押さえつけると、スーの口を手で押さえた。スーがギョッとして、抗議の声を上げる。


「んーっ‼」


「教えて! ミス・フェルベール!」


「あらまぁ……いいわ。教えてあげる」


 ジョージが苦笑しながら肩をすくめる。スーが激しく首を横に振って抗議したが、抵抗も虚しくネネに押さえつけられた。


「スーがまだチビの頃よ。ここら辺は比較的頻繁にエルがやって来るから、スーはよくここまで昇ってきてエルを探してたんでしょうね。でもね、前にも言った通り、ここら辺の人は優しい人もいれば、下層の子供を見下す大人もいる。そういう柄の悪い男どもに見つかって、追いかけられて、追い詰められたのね」


 スーはすでに諦め、抵抗を止めていたが、ネネはスーの口から手を離そうとせず、ジョージの話を聞いている。仕方なく、スーはネネに膝枕をされている状態で黙って話を聞いていた。


「追い詰められた先は柵もない、街の端っこよ。そこから落ちれば下に地面もない。真っ逆さまに奈落行きの崖っぷち。でも、男たちに捕まればなにをされるかわからないから、チビだったスーはそこから飛び降りて、壁につかまったみたいね。私が親切な人に教えられて向かった時、男たちはそこからスーを叩き落そうとしてたから、私がそいつらをぶちのめして、スーを引き上げたってわけ」


「へぇ……スーも小さい頃から大変だったのねぇ」


 ネネが諦めて不貞腐れたまま寝転がっているスーの頭を撫でる。その手を振り払いながら上体を起こし、スーはジョージのことを睨みつけた。


「まだガキの頃の話だろ……いつまでも恩着せがましく……」


「こら! 助けてもらったのは事実でしょう!」


 ネネにポカリと頭を殴られ、スーが「いっ⁈」と声を上げる。今日は朝から痛みが絶えない。それもこれも、すべて目の前のジョージのせいだ。すると、ジョージが「さて!」と両手を叩いた。


「スーの機嫌をこれ以上損ねるわけにはいかないから、そろそろお仕事のお話をしましょう」


「あ、そうだった! ミス・フェルベール。ご用件はなに?」


「簡単なお話よ。あるお客さんから注文を受けて洋服を作ったんだけど、そのお客さんが結構下の方の奥まったところにお住まいらしくてね。しかもそれなりに量もあるし、注文してくださったときに来られたのがお歳のいったご老人だったから、取りに来てもらうのも忍びなくて、あなたたちに届けてもらおうと思ったのよ」


「俺たち、ここまで昇ってきてまた降りなきゃならないのか?」


 スーが口を挟み、ジョージは「まさか」と肩をすくめた。


「さすがにそんな鬼畜なこと言わないわ。スーはともかく、ネネちゃんやルルは疲れているでしょうから、今日は私の家に泊ってゆっくり休んで頂戴。それにね、あなたたちを呼んだのはそれだけじゃないわ」


「俺は野宿でいい」


「え、ちょっと! スー!」


 立ち上がったスーを捕えようとしたネネの手をすり抜け、スーは一目散に店から出ようと扉に向かって行き、ノブに手をかけたが、開かなかった。


「⁈」


 スーがギョッとする。鍵がかかっているようだ。


「スー……あなたはこの店に入った時点で袋の鼠よ」


 すでにジョージはスーの後ろに立ち、スーの両肩をガッシリ掴んでいた。スーが青冷め、恐る恐る振り返る。ジョージは不敵な笑みを浮かべていた。


「い……」


 ジョージの後ろでネネが苦笑しているのが見える。スーは店内に響き渡る声で、叫んだ。


「だから来たくなかったんだぁっ‼」

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