第29話 ファッションショー

 仕立て屋のカウンターの奥にある作業部屋兼、試着室の中で、可愛らしいドレスを着たネネが、鏡の前で自分の姿を見て嬉しそうにしている。


 美しい濃い黄色の、膝丈ぐらいのノースリーブのドレスは、派手な装飾がない代わりに、金色の細かな刺繍で淵を飾られ、スカートの下の大きく膨らんだフリルが印象的で、褐色のネネの肌によく映えた。腰に巻かれた黄色いリボンが、ネネが鏡の前で回るたびに揺れる。


 いつもは下ろしている金髪を一つに結って、水色のリボンを巻き込んで編み込んでいるネネの姿はお姫様のようで、ネネは嬉しさのあまり、頬が緩んでいる。


「ネネ。あんまり動くと待ち針が刺さっちゃうよ……」


 聞こえた声にネネが振り返ると、仕立て屋の二階、ジョージの自室に繋がる階段からルルが降りて来た。心配そうにネネを見つめている。


「ルル!」


 ルルの姿を見たネネが目を輝かせた。ルルはフリルのついた白いブラウスに、サスペンダーのついた茶色いかぼちゃパンツを身に着け、目を隠しがちな前髪をピンで止められている。かぼちゃパンツの片側には大きな白いフリルが付き、サスペンダーやブラウスの細部に、ネネとお揃いの金色の刺繍が施されていて、ルルは恥ずかしそうにそばかすが浮いた頬を赤らめた。いつもかけている丸眼鏡も付けていない。


「可愛い! 最高よ、ルル!」


「あ、ありがとう……」


 駆け寄って来たネネにルルが照れくさそうに頬をかき、持っていたリボンを差し出した。琥珀色のブローチが付いた、可愛らしいリボンだ。


「ミス・フェルベールが、付けてもらいなさいって……」


「ああ、いいわよ。ほら、後ろを向いて」


 ネネがリボンを受け取り、器用にルルの首元に付けていく。


「でも、もっと女の子らしいのにしてもらっても良かったんじゃない? 十分、可愛いけどね」


「……いいの。可愛いのはルルよりネネの方が似合うよ」


「え? えへへ……」


 ネネが嬉しそうに笑い、ルルのリボンをつけ終えて正面を向かせると、ピンで止められたルルの前髪を撫でた。


「ルルはちゃんとお顔を出してた方が可愛いわよ」


 そして、ルルの額に軽くキスをする。ルルの顔が真っ赤になって、ネネが楽しそうに笑ったその時、二階から大きな物音とスーの叫び声が聞こえて来た。二人が驚いて階段の方を見る。


「だから嫌だって言ってんだろっ‼ そんなモン着てたまるかよ‼」


「あ、ちょっと、スー‼ 待ちなさい‼」


 ドタドタという騒がしい足音とともに、二階からスーが駆け下りて来た。上半身裸でズボンだけを身に着けている。ネネがヤレヤレと肩をすくめ、ルルは驚いてネネの後ろに隠れた。


「待ち針刺さっても知らないわよ‼」


「採寸だけするって話だっただろうが‼ ふざけんな‼」


 二階からジョージが顔を覗かせる。可愛らしいピンク色のドレスを持ったジョージは、下の階で威嚇するように睨みつけてくるスーに、不服そうに頬を膨らませた。


「いいじゃな~い? チビの頃は着てくれたのにぃ」


「ジョージに言われて渋々着てただけだろ‼ 俺はもう大人だ‼」


「ミス・フェルベールとお呼び‼ スーはまだ子供よ、まったく……そこにいるネネちゃんに可愛いの一言でも言ってあげなさいな」


 ジョージに言われ、スーはようやくネネとルルの存在に気が付いた。ネネの姿を見て、少し驚いたように目を見張る。


「なによ。私にはこんな可愛い恰好は似合わないって言いたいの?」


 スーの表情にネネが不機嫌そうに言った。スーが少し慌てた様子で「いや……」と呟く。


「似合ってるんじゃねーの……?」


 スーの返答にネネが「なによ、それ」と眉をひそめ、そしてすぐに諦めたように笑った。


「いいわよ。別に? スーに期待なんてしてないもん」


「はぁ? 人がせっかく……」


「はいはい! スー! 冗談よ! 格好いいのも作ってるから戻ってらっしゃい!」


 ジョージがスーを手招きし、スーは警戒しながらも、渋々二階に戻っていく。スーの背中を見送って、ネネは小さく息をついた。すると、ネネの後ろに隠れていたルルがネネの顔を覗き込み、ネネの両手をギュッと握った。


「ルル?」


「ね、ネネは……!」


 ルルが顔を赤くして言葉を詰まらせながら、一生懸命に口を開く。


「ネネは一番可愛いよ! ネネが一番似合ってるよ……‼」


 ルルの一生懸命な様子にネネはしばらくポカンとしていたが、飛び切り嬉しそうな笑顔を浮かべ、ルルに抱き着いた。


「⁈」


「もう! ルルが一番可愛いわ! 大好きよ!」


 ネネに抱き着かれたルルはただオロオロと慌て、ネネにされるがままになっている。するとネネが「いたっ⁈」と小さく声を上げた。


「やだぁ……待ち針刺さっちゃったわ。イタタ……」


 ネネが背中をさすりながらルルから手を離す。ルルが慌ててネネの背中の待ち針を抜いた。


「それにしても、こんなに素敵なプレゼントがあるならメリアも連れてくるべきだったかしら……勿体ないことしちゃったわ」


「あら! もう一人いたの⁈ 女の子⁈」


 二階からジョージの声が聞こえ、ネネが「地獄耳……」と苦笑する。


「女の子ですよ! 最近、空から落ちて来たの!」


「空から⁈ へぇ……可愛い子?」


「もちろんよ!」


「連れてきてくれればよかったのに!」


「ジョージ‼ 早く服着せろ‼」


「ミス・フェルベールとお呼び‼」


 大きな物音と共にスーの叫び声が聞こえてきて、ネネが肩をすくめる。ルルもネネと目を合わせて苦笑した。


「騒がしいわねぇ……」


 ネネが呆れたように、そして、少し楽しそうに言って、ルルも楽しそうに笑った。

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