第27話 下層上部の仕立て屋にて
スラムを出たスーとネネは、ルルを迎えに一度ネネの家に帰った。家に帰るとルルは部屋の中にたくさんの本の山を作り上げ、本を読みあさっていて、ネネが言っていた通り、食事を取ることすら忘れていた様子だった。ネネたちが帰ってきても一切気が付かず、本を読み続けるので、ネネがルルの頭を小突いてようやく我に返えった。
ミス・フェルベールの話をして小鳥を見せると、目を輝かせて「ル、ルルもいきます……‼」と言うので、ルルが散らかした部屋は帰ってから片付けることにして、三人はミス・フェルベールがいる下層の中で最も中層に近い階層に向かった。
「ところで、引きこもりのルルがわざわざ出てくるとか、なにか理由があるのか? 俺はともかく、二人はわざわざ行かなくてもいいだろ」
上の階層へと向かい、階段を駆け上ったり、壁を超えたりしながらスーが後ろを付いて来るネネに問いかける。基本家から出ないルルは、ネネの助けを借りながら、少々ぎこちなくスーを追いかけていた。三人を先導するように小鳥のメカニックアニマルが飛んでいく。
「私たちもミス・フェルベールにはお世話になってるのよ。私はメカニックアニマルの技術をたくさん教えてもらったし、ルルが持っている本は基本、全部ミス・フェルベールからもらったものなのよ」
よくよくスーが思い出してみると、下層にルルが持っているような本を入手できるような場所はほとんどない。いつもどこから入手しているのか疑問に思っていたが、まさかそんなところから入手しているとは。
「私たちの家にあるメカニックアニマルの修理道具とかも全部ミス・フェルベールが無償でくれたものなの。だから、ミス・フェルベールの頼み事は絶対に無下にできないのよ」
「……あいつ、いつのまにお前たちにまで恩を売ってたんだよ……」
「こら! お世話になってるんだから文句言わないの!」
「俺はほとんどお世話になってねーよ」
スーが不貞腐れたように頬を膨らませ、軽々と壁を登っていく。ネネもそれに続き、壁を登ると、下でしり込みしているルルに手を差し伸べた。
「はい、ルル。おいで」
「は、はい……!」
ルルがネネの手を取り、ネネはルルを壁の上へと引き上げた。二人が昇ってくるのを待ちながら、スーは大きく伸びをして、これから会う人物の顔を思い出してため息をつく。
「あ、あの……どうしてスーは、そんなにミス・フェルベールに会いたくないんですか……?」
珍しくルルがスーに声をかけてきた。珍しいことにスーが驚いてしばらく返答せずにいると、ルルが「ひっ……‼」と言いながらネネの後ろに隠れてしまう。
「ちょっと、スー。人を睨むのやめなさいってば」
「睨んでねーって。俺があいつに会いたくないのは……まあ、会えばわかるよ、会えば」
「……さっきからネネの隙を見て道を逸れようとしているのはミス・フェルベールに会いたくないからですか……?」
ルルがネネの後ろから恐る恐る顔を出す。図星をつかれたスーが顔をしかめた。動きは鈍いものの、ルルの観察眼は侮れない。
「そうなの? スー」
ネネがスーを睨みつけてくる。スーは慌てて「違う」と否定したが、ネネは白々しい目をスーに向け、居心地が悪くなったスーは二人に背を向けて進み始めた。
「逃げたー‼」
「逃げてねーよ」
どこかで道を逸れて二人をまけないかと考えていたが、ネネがスーに睨みを聞かせているため無理そうだ。スーは大人しく三人を先導して飛んでいく小鳥を追いかけ、ミス・フェルベールがいる階層を目指した。
◇
三人は数時間ほどかけて下層を昇り、中層に近い場所へとたどり着いた。下層とは言え、中層に近づくほどその高度は増し、足を踏み外して落下すれば、まず間違いなく地面に叩きつけられて絶命するだろう。
上に昇れば昇るほど、街は小綺麗になり、道を行きかう人々の服装も整っていく。道には落下防止の柵が立てられ、少しずつ整備され、人が暮らしやすい街並みに近づいていく。下層の中でも高い位置に住める人間は、定職を持ち、店などを経営する人々だ。外で遊ぶ子供たちも、れっきとした両親がいる者が多い。
スラムの子供の中にも、まだ幼い子供などは、下層の高い位置に暮らす心優しい夫婦などに引き取られる者もいるが、そういう事例は稀なことだ。
貴族が住まう中層に最も近いその場所には、中層と下層を隔てる階段があり、そこには一般人では開けられない、鍵のかかった門がある。その門のすぐそばにある仕立て屋こそ、ミス・フェルベールが経営する店だ。
「ねぇ、スー。いつまで渋ってるつもり?」
スーの後ろからネネの棘のある言葉が突き刺さる。三人を先導していた小鳥はスーの目の前にある仕立て屋の扉にある小窓から中に入っていったが、スーは仕立て屋を前にして立ち止まったまま動かなかった。そのスーを後ろから、ネネとルルが見守っている。
「……わかってるよ」
「わかってるなら早く扉を開けて中に入ってくれない?」
ついにネネがスーに近づいて来る足音が聞こえ始めた。スーがノブに手をかけずとも、ネネは容赦なくスーを追い越して扉を開け放つだろう。スーがため息をついてノブに手をかけようとした時、ベルの音とともに唐突に店の扉が開いた。
「⁈」
「あら! ごめんなさい、坊ちゃん。怪我はない?」
扉を開けて出てきたのはふくよかな体形をした老婦人だ。綺麗な服を身に着けているが、貴族には見えないため、下層の高い位置に住む一般人だろう。老婦人に心配されたスーは「大丈夫です」と慣れない敬語で答えた。
「そう。それならよかったわ。ミス・フェルベール! 素敵なお洋服をありがとう! 子供たちが喜ぶわ!」
手に袋を下げている老婦人は店の中に一声かけると、三人に向かって「お坊ちゃんとお嬢ちゃんたち。良い一日を」と軽く会釈して上機嫌で去っていった。
「こちらこそいつもありがとう……あら、もう行っちゃったかしら。あら?」
開け放たれた扉から店の中が見える。たくさんの棚の中に布や糸がしまわれ、商品棚に服が並べられた店内のカウンターの奥から、背の高い人物が出てくるのが見え、スーがため息をついた。
「こんにちは! ミス・フェルベール! 小鳥に呼ばれてきました!」
スーの後ろからネネとルルが顔を覗かせた。スーは頭をかくとネネに続いて、店主に挨拶をした。
「よぉ、ジョージ」
次の瞬間、スーに向かって投げつけられた糸巻きがスーの額に直撃し、スーが「いでっ⁈」と声を上げながら後ろに倒れる。スーの後ろにいたネネとルルが慌てて倒れるスーを避けた。
「ミス・フェルベールとお呼び‼」
カウンターの中からスーに糸巻きを投げつけたジョージが叫んだ。
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