第26話 ミス・フェルベール

 二人はスティファニーに言われた通り、スラムの奥に進み、そこにある四角形の部屋から女の子たちの楽しそうな声が聞こえてくることに気が付いた。その声にスーは部屋の中に入ることをためらったが、ネネは躊躇なく部屋の中を覗き込む。


「メリア?」


「あ! ネネ……!」


 中を覗き込むと、女の子数人に取り囲まれて座っているメリアがいた。メリアはいつも二つくくりにして編み込んでいる、美しい紫色の髪を下ろされ、女の子たちがメリアの長い髪に様々なリボンを編み込んで遊んでいる。メリアはネネの登場に安心したように表情を和らげた。


「あら~……本当にオモチャにされてたのね」


「見て! ネネちゃん! 可愛いでしょ?」


「私たちが可愛くしたのー!」


「あ!」


 女の子たちがネネの後ろに隠れていたスーを目ざとく見つけ、スーがゲッという顔をする。女の子たちはメリアを立ち上がらせると、スーの前に連れて行った。


「スー、見て! 可愛いでしょ!」


「スーの彼女、可愛いでしょ!」


「彼女じゃないって言ってんだろ……」


 女の子たちに連れてこられたメリアが困ったように笑う。長い髪を下ろしたメリアは、少し大人びて見えて、メリアが動くたびに揺れる髪に編み込まれた色とりどりのリボンが可愛らしい。スーはメリアを直視できず、目を逸らした。


「いいじゃない。可愛いって言ってあげなさいよ。可愛いんだから」


「……はいはい」


「素直じゃないわねぇ。だからモテないのよ」


「うるせー……」


 ネネが楽しそうに笑う。ネネはスーをからかって遊んでいるのだ。


「さて。メリア、帰りましょう。ルルを二日も放置してしまったし、このままずっとここにいるわけにもいかないわ」


「ええ⁈ メリアちゃん、帰っちゃうの⁈」


 女の子たちが驚愕の声を上げ、メリアが「ごめんね」と女の子たちの頭を撫でる。その表情は少し寂しげではあったが、ようやく解放されるという安堵が見て取れた。


 その時、ネネの肩に一羽のメカニックアニマルがとまった。


「ん?」


 ネネが肩にとまったメカニックアニマルに気が付く。それは、歯車と金属片で作られた機械仕掛けの小鳥で、羽毛も瞳も持たないその小鳥は、旧世界の小鳥とは姿がかけ離れている。実用性重視のメカニックアニマルだ。


「あら、この子は……」


 小鳥がピィピィと可愛らしい声で鳴く。胸元にある白い魔鉱石が輝いた。メリアは不思議そうにその小鳥を見つめているが、ネネとスーはその小鳥に見覚えがあった。


「スー。ミス・フェルベールがお呼びよ」


 ネネが苦笑いを浮かべながら言い、スーは大きなため息をついた。


「ミス・フェルベール? その小鳥はなに?」


 メリアがまったくわからないと言うように首を傾げる。


「この小鳥はね、下層の人々が連絡手段として作ったメカニックアニマルよ。普通はこの小鳥の足に手紙とかを付けて、連絡したい人に飛ばすんだけどね。なにも付いていないっていうことは、ミス・フェルベールがお呼びっていうわけ」


「ミス・フェルベールって誰?」


「スーの旧友よ」


 ネネが「ね?」とスーに声をかける。スーは答える代わりに、また大きなため息をついた。


「ごめんなさいね、メリア。もう少し、ここにいてもらうことになるかも」


「え⁈」


 ネネがとても申し訳なさそうに言って、メリアが嘘でしょという表情を浮かべる。


「ミス・フェルベールはね、下層の中でも一番中層に近い階層、つまり、高い位置にいるの。今のメリアを連れて行ったら、そこに着くまで丸一日かかるわ」


 ネネの言葉にメリアが「え……」と絶望の表情を浮かべる。メリアの手を掴んで離さなかった女の子たちは、メリアがここに残ると聞いて嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「ルルも連れていくことになると思うし、一人で家に残すのは危なすぎるから、ここにいてくれた方が安心よ」


「大丈夫だ、メリア。俺が残る。だから、一緒に帰ろう」


 早口で言ったスーに、メリアが「え?」と困惑した様子でネネを見る。ネネはジトッとした目でスーを睨み、スーはそれに気が付きながら目を逸らした。


「スー、ダメよ。あなたも一緒に行くの。ミス・フェルベールは恩人でしょう? 頼みがあるなら聞かないと」


「……嫌だ」


 スーが絞り出すような声で言ったその瞬間、ネネは容赦なくスーの耳をつねった。


「いてぇ⁈」


「そういうことだから、ごめんね~、メリア。そう長くないうちに迎えに来るから、しばらくここにいて頂戴」


「いででで‼ ちょ、わかった‼ わかったから‼」


 ネネはポカンとしているメリアに手を振ると、スーの耳を掴んだままメリアに背を向けて歩き出した。スーもネネに引きずられて連れていかれる。


「行く‼ 行くから、離してくれ‼」


 スーの叫び声を聞きながら、メリアは二人の背中を見送って苦笑し、キラキラとした表情を自分に向ける女の子たちの方を向いた。


「えっと……もうしばらく、お世話になります……」


「うん!」


 元気よく答えた女の子たちに、メリアは小さく息をついた。

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