第24話 聞かれたくないこと
早朝のクローズド・ロウェル・シティの下層のスラムでは、目を覚ました子供たちが外に出て、共に暮らす仲間たちに「おはよう」と挨拶をする声が至る所から聞こえてくる。ここ数日の間に立て続けに起こった出来事により、緊迫した空気が流れている下層の中で、険しい表情を浮かべる大人たちの目から隠れるように存在するその場所だけは、子供たちの元気な声によって、明るく見えた。
スラムの居住区の一室の中、スーは薄い毛布に包まって眠っていた。昨日の疲れがたまっていたせいか、外から子供たちの元気な声が聞こえてきても起きる気配はまったくない。
「スー‼」
「うわぁ⁈」
突然聞こえた大きな声に、スーが飛び起きた。
「いつまで寝てるの?」
スーが呆然としながら目の前に立ち、スーを叩き起こした人物を見る。そこには、両手を腰に置き、少し前かがみになってスーを見ているネネがいた。少々不満げな表情を浮かべている。
「……ネネ……」
「スーがぐっすり寝ている間に、メリアが子供たちに連れていかれちゃったわよ?」
「は?」
スーが驚いて隣を見ると、隣でスーと同じように薄い毛布を敷いて眠っていたメリアの姿がない。
「子供たちは始めて見る可愛い女の子に興味津々なのよ。起きた途端にメリアを叩き起こして、連れて行っちゃったみたい。その間も、スーはぐっすり眠ってたわけ」
「……マジかよ」
「寝坊助さんも困りものだわ」
そう言うと、ネネはズイッと顔を近づけてきて、スーが驚いて身構えた瞬間、ネネがスーの額にデコピンをした。
「いてっ⁈」
「これで目が覚めたんじゃない?」
ネネが満足げに笑う。スーは少し赤みを帯びた額をさすりながら、恨めしげにネネを見た。それに気が付いたネネはクスクスと笑い、スーの額を優しくさすった。
「まあ、昨日はいろいろ大変だったみたいだし、寝坊助も仕方がないのかもしれないけど」
「……ネネは家に帰ってたんじゃないのかよ」
「私は二日間ずっとここにいたわよ? スティファニーと一緒にいたの。バアヤがここにいた方が安全だからって」
「ルルは?」
「お留守番を任せているときは、私が数日帰らないこともあるってわかってるはずだから問題ないわ。一応、連絡もしておいたしね。心配事と言えば、本を読み過ぎてご飯を食べるのを忘れていないか、ぐらいよ」
「ああ……」
ネネがスーに手を差し伸べてきて、スーがネネの手を借りて立ち上がる。スーが大きく伸びをしてあくびをし、目を擦りながらネネを見ると、先ほどまで明るい表情を浮かべていたネネが暗い顔をしていた。
「どうした?」
「……ねぇ、スー。エルの団長のセリル・イントレイミが、下層にやって来たって、本当?」
ネネの問いに、スーはネネが暗い顔をしている理由に気が付いた。ネネはエルを怖がっているのだ。そのエルの団長が来たと聞いて、不安にならないはずがない。ネネがエルを恐れる理由はわからないが。
「ああ。俺も見た」
「そう……下層の人たちが噂してるわ。バアヤとスティファニーも言っていた。……セリル・イントレイミはどんな人だった?」
「どんなって……なんか、すごく綺麗な人だった。男か女かわからなくて、それで、すごく強そうだった」
「強いわよ。そして容赦がない」
ネネはまるで、セリル・イントレイミをよく知っているというように言った。スーが首を傾げる。
ネネは数年前、下層に唐突に現れて、野垂れ死にそうになっていたところをスーが見つけた。いままで、その素性も出自も知らず、知らなくてもいいと思っていたが、エルが現れてからのネネの様子はどう考えてもおかしい。
「なあ、ネネ……」
スーがネネに問いかけようとした瞬間、ネネが自分の頬を両手で叩いた。ネネの唐突な行動に、スーが驚いて言葉を止める。
「やめやめ‼ ネネ・コルスティンに暗い顔は似合わないわ! 私はいつでも明るくがモットーなんだから! スー! メリアを取り戻しに行くわよ!」
そう言うと、ネネは「早く来てね!」とスーに明るく手を振って、部屋から出て行った。嵐のように目の前から消えたネネに、スーはただ茫然として、ネネに声をかけることが出来なかった。ネネはまるで「なにも聞かれたくない」と、スーの前から去っていったようにも思えるほど、不自然だ。
「……ま、聞かれたくないことの一つや二つ、あるか」
スーが頭を掻きながら呟き、部屋から出ようと歩き出す。素性や出自など、関係ない。それがどうであれ、ネネはスーの大切な仲間だ。
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