第23話 少女の骨
その日、下層では王族直系騎士団『エル』の団長、セリル・イントレイミの目撃のほかに、もう一つ、人々を騒がせる騒動が起こっていた。
下層の地下、魔鉱石の鉱脈がある坑道の中を、鉱脈で働く男たちは、緊張した面持ちでトロッコの線路の上を進んでいた。男たちの目線の先には、真っ暗な闇の中に続いていく線路が映っている。
灯りをともしながら、ゆっくりとした足取りで男たちが線路を進んで行くと、次第に、線路の上で倒れている、馬のメカニックアニマルが見え始めた。魔鉱石の力が切れ、動かなくなった後に無残にも放置されたメカニックアニマルは錆びついており、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる姿はとても不気味だ。
男たちは転がっているメカニックアニマルを慎重に避け、さらに奥へと進んで行く。坑道の中はただ暗いだけでなく、壁や天井に、黒い絵の具が飛び散っているせいで光がすべて吸収され、暗くなっているのだと、男たちは気が付いた。
そして、暗闇の中からなにかの音がする。
その音はピチョン、ピチョン、と雫が滴り落ちる音で、進むにつれて増えていく絵の具溜まりに、天井から滴り落ちる絵の具の雫が落ち、水面が跳ねていた。男たちは絵の具溜まりを踏みつけながら、靴が黒く汚れていくのも気にせず、暗闇を進んで行く。
すると、目線の先に明るい光が差し込んでいる場所を見つけ、男たちは駆け出した。
その場所の天井には、人ひとりが潜り抜けられそうなほどの大きな穴が開き、地上の光が坑道の中へと差し込んでいた。
男たちはただ茫然とその穴を見つめる。坑道と地上の街を隔てる地面の層は分厚く、固く、穴を開けることは困難だ。坑道の中に入るためには、一階層分の階段を下っていかねばならない。にも関わらず、その場所の天井には穴が開き、地上の光が差し込んでいるのだ。
まるで、何者かが坑道の暗闇の中から、地上に這い出したかのように。
男の一人が何かに気が付き声を上げる。灯りを持った男があたりの壁を照らすと、壁に埋まっている、まだ掘り起こされていない魔鉱石が、真っ黒に染まっているのが見えた。男の一人が地面に落ちていた魔鉱石の欠片を拾い上げるが、その魔鉱石は黒く染まり、本来の光沢を失っている。
その時、あたりの壁や天井が、不意に波打ち始めた。
誰かが叫ぶ。
「ドゥドルだ‼」
壁や天井を黒く染めていた絵の具たちは意思を持ち、鼠のような姿になってあたりを蠢きだす。男たちは各々手に持っていたスコップやツルハシを使ってドゥドルを攻撃するが、もちろん、銀の武器以外の攻撃がドゥドルに通用するはずもなく、ツルハシやスコップで薙ぎ払われ、潰されようが、ドゥドルは一度ベシャリと絵の具溜まりに戻ったかと思うと、すぐに塊に戻って動き出した。
誰かが「埒が明かない」と言ったのを合図に、男たちは武器を放り出し、一目散に暗闇の中から逃げ出そうとする。息を切らしてドゥドルから逃げ出す男たちの耳が聞いたのは、ガシャンという何かの音。男たちが思わず立ち止まる。
逃げようとしていた男たちの前に立ちふさがったのは、先ほどまで倒れて動かなくなっていたはずの、メカニックアニマルだった。
トロッコを引くためだけに作られた、旧世界の動物とはかけ離れた姿をした機械仕掛けのそれは、明確な殺意を持って男たちを見つめ、カツン、カツン、と蹄を鳴らしている。今にも突進してきそうなそれの胸部は、機械部品が崩れ落ち、黒く染まったかつての動力であった魔鉱石が露出していた。メカニックアニマルが走り出し、男たちの悲鳴が響く。
男たちは気が付かなかった。
天井に空いた穴から地上の光が差し込むその場所の地面に、もう一つ、人が一人通れるほどの穴が開いていたことに。
その穴を覗き込むと、坑道よりもさらに下の地下の空洞が見える。その空洞の中には、真っ黒に染め上げられた大量の魔鉱石と、地面に座り込む少女のものと思わしき、白骨死体があった。
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