第22話 先を知ることは恐ろしい
「じゃあ……ベロニカは本物の魔女だったのか……?」
「確かに、不思議な力でカラスを操っていたけど……でも、ベロニカは自分のことをただの女だって……」
「ベロニカ?」
二人で話し始めたスーとメリアの言葉に、バアヤが信じられないという顔をして口を挟んだ。バアヤのその表情に、メリアとスーは困惑する。
「いま、ベロニカと言ったかい⁈」
「う、うん……」
「それは、ベロニカ・サントマリーのことかい⁈」
「い、いや、ベロニカとしか教えてくれなかったし、そこまでは……」
「右目に傷がなかったかい⁈」
バアヤの言葉に、メリアが「あ……」と呟いた。確かに、ベロニカの右目は傷つき、潰れていた。メリアとスーの反応に、バアヤは「なんてこったい……」と額を押さえる。
「なにかマズいのか?」
「私にもわからないよ。だが、一つ言えることは、ベロニカ・サントマリーは本物の魔女ではない、ということだけさね」
「ど、どういうこと?」
「ベロニカ・サントマリーは、魔女狩りによって処刑されかけ、命からがら下層に逃げ延びた、元上層貴族のただの女さ。美しい瞳を持っている、というだけの理由で魔女だとされた、可哀想な女さね。元々下層生まれの私とは違うが、境遇が似ていて、年が近かったからよく覚えている。追われる魔女を匿ってくれる人の所で、ともに暮らしたこともあった」
「ま、まって! おかしいよ!」
メリアが声を上げた。スーもメリアと同感だ。
「ベロニカがバアヤと同じ歳って、そんなのおかしい。私たちが見たベロニカは、少女にも見えたし、若い女の人にも見えた。そんなに年を取っていない……」
「……ベロニカは私と同じ歳さ。魔女狩りが行われていた時、私たちは二十代前半の若い女だった。私はいま、六十を超えているよ」
「それだけじゃないの。バアヤはベロニカをただの女の人だって言うけれど、ベロニカは……」
「明らかに普通じゃなかった。あれは、人じゃない」
口ごもったメリアにスーが助け舟を出す。スーとメリアの言葉に、バアヤは険しい顔を浮かべ、大きく息を吐いた。
「私だって、ベロニカの名を聞く前は、魔女狩りの生き残りの本物の魔女がとち狂ったんだと思ったさ。エルの団長が斬り殺したんだろう? 魔女狩りの歴史を経て、エルの騎士たちが持つ武器は、すべて銀で作られるようになった。魔女、という異質な存在を殺すために……だがね、ベロニカは本当になんの力も持たない、ただの人間だったよ。魔女を祖先に持つ私たちとも違う。ただの、可哀想な女だったんだ」
スーとメリアはバアヤの言葉が信じられなかった。自分たちに牙を向いてきた女は、どう考えても人間ではなかったのだ。それは、囚われていた子供たちに聞いても、そう答えるだろう。
「いったい何が起こっていると言うんだい……? ただの人間の女が魔女になる……しかも、人食いの魔女になる……見ようと思えば、見えるのだろう。私のこの不思議な瞳ならば。だが……先を知ることは恐ろしい。知らなくていいこともある。知りたくなかったことも……」
バアヤが静かに目を閉ざし、涙を流した。その涙は、かつての同胞であったベロニカに向けられている。メリアはバアヤの様子を見て、泣きそうな表情を浮かべると、バアヤに近づき、身体を優しく抱き寄せ、バアヤと共に涙を流した。
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