第21話 魔女狩り

 一連の騒動の後、メリアとスーは見つけ出した子供たちを連れ、バアヤがいる下層のスラムへと帰った。


 スラムへ帰ると、スーたちに連れられた子供たちをスラムの子供たちが迎え入れ、再開に喜びながら涙した。三日間、子供が三人もいなくなるという事態は、スラムの子供たちにとっても緊急事態だったのだ。


 そして、メリアとスーは事の顛末を伝えに、バアヤの元に訪れた。


「ふむ……やはり魔女が出たか……私とスティファニーが見たものは正しかったようだねぇ。喜ばしくはないが」


 スーとメリアの報告を受け、バアヤは険しい表情を浮かべた。


「しかもエルの団長、セリル・イントレイミまで現れるとはねぇ。これはなかなか大事になりそうだ。下層だけの騒ぎじゃなさそうだねぇ」


「あの……その団長さんが言ってた人食い魔女って結局何なの?」


「俺たちは肝心の魔女も、魔女狩りも詳しく知らないんだ」


 メリアとスーの問いかけに、バアヤは「もっともだ。なんてったって、魔女狩りは四十年も昔の話さね」と語り出した。


「私がまだピチピチの時の話さ。人食い魔女って言うのは、魔女とされた女たちの総称のことだよ。魔女は人を食う化け物だって言われたもんさ。あの頃はね、王の気が狂っていたとしか思えんのよ」


「王の命令だったのか?」


「さよう。現王のもう一つ前の王。つまり、今の王の父親はねぇ、それはプライドが高い王様だったのさ。今の王の身体が弱いのは、この国の者なら承知の上だろう?」


「そうなの?」


「メリアが知らないのは無理もないね。さて、現王は生まれつき身体が弱く、病に臥せりがちだった。だがね。前王はそれを消して認めなかったのさ。自分の息子がこんなに軟弱なはずがない! とね」


「そんなの……可哀想……だって、息子なんでしょう?」


 メリアが悲しげな表情をして言う。スーもその通りだと、メリアの言葉に頷いた。


「言ったろう。前王は狂っていた、と。息子の軟弱さを認められなかった王は、この国で一番の腕を持つという薬師を城に呼び、息子の身体を治してもらおうと思った。その薬師は本当に優秀で、巷では魔法を使っている、とまで言われていたのさ。呼び出された薬師は懸命に王の息子を治そうとしたが……薬師は病気を治すことは出来ても、生まれ持ってしまった身体の弱さを完全に治すことは出来なかった。それは病気ではないからねぇ。薬を処方し、少しでも身体が軽くなるようにしてやることしかできなかったのさ」


「それで十分だろ? あとは身体が成長して、自然に強くなるのを待つしかない」


「前王は、それで納得がいかなかった。自分の息子は生まれつき身体が弱いのではなく、病気を患っているのだと、そう、言って聞かなかった。そして、その病気を治すことが出来ない薬師に憤慨した。『お前は魔法を使えるのだろう。だが、息子の病は治らない。お前は王を陥れようとしている、魔女だ‼』と。そして……」


 バアヤは一度言葉を区切り、小さく息を吐いてから口を開いた。


「その薬師を邪悪なる魔女として、処刑した」


 メリアが信じられないというように目を見開き、手で口元を覆う。スーは酷く嫌そうに顔をしかめた。


「だが、問題はここからさ。王が魔女を処刑したことで、上層、下層、関係なく、魔女狩りが始まった。少しでも不思議な力を持っていると言われている女たちが、次々と、なんの罪もないのに殺されていった。魔女の噂には尾ひれがつき、魔女は人を食う化け物だ、なんて話まで出てきて、魔女狩りはたちまち盛んになっていったのさ。こうなれば、もう、王ですらどうしようもない。自分のたった一度の処刑が、様々な憶測と噂を作り出し、多くの女が殺されていく。下層の人々は貧富の差による上層への恨みを魔女にぶつけ、上層の王族たちは、魔女が自身らを貶める存在だと恐れ、魔女を殺した」


「……酷い……」


 メリアがかすれた声で呟く。その声が恐怖で震えていることに気が付いたスーが「聞きたくないなら聞かなくてもいい」とメリアに声をかけたが、バアヤに止められた。


「この話はメリアにも聞いておいて欲しい。大切な話だからね」


「でも……」


「大丈夫だよ、スー。大丈夫」


 メリアは少し青冷めているが、その瞳には「ちゃんと話が聞きたい」という意思が現れており、スーは「無理はしないでくれ」と言ったあとは何も言わなくなった。


「話を続けよう。軽率な自分の行動が国中を巻き込む大騒動になってしまったことに気が付いた王は、本来なら何の罪もない女を処刑したことが露呈するのを恐れ、国中に正式な命を下した。『人食い魔女を殺せ』とね。そうしたらもう止まらない。憎悪は憎悪を生み、悲劇は悲劇を生み、魔女狩りは進んで行った。そして、その中には本物の魔女が紛れ込んでいたさ」


「本物の魔女? 罪のない女の人が殺されていっただけじゃないの?」


「もし、ただの人間の女が殺されていっただけの歴史なら、魔女は銀の武器以外では死なない、なんて話が出るはずがないだろう? 人間の女は銀の武器でなくとも死ぬのだから。本当にいたのさ。銀の武器以外では処刑できない、本物の魔女が。そして、その魔女が私とスティファニーの祖先さね」


「……ん? ちょっと待て。おかしくないか? 魔女狩りは四十年前だろ? ていうことは、バアヤはすでに生まれている」


「そうだね。私は魔女狩りに右目を傷物にされた」


「でも、その時にまだ祖先である本物の魔女が生きていたんだろ?」


「本物の魔女はとても長生きなのさ」


 バアヤはスーの問いに、なんてことないと言うように答えた。


「本物の魔女たちは、人間の男と結ばれ、子供を産み、その子供が大きくなっても生き続けた。人間の男と魔女の間に生まれた子供は、徐々に弱まっていくとは言え、不思議な力を持っている。私とスティファニーのように。だが、その数は少ないね。魔女が人間の男と結ばれるのは稀なことだったさ。本物の魔女たちは長い間、世界から隠れて生きていた。それこそ、街の奥深くの日の光など一切入らない道の奥を、さらに真っ黒で塗りつぶして闇と同化させ、そこに秘密の隠れ家を作って暮らすほどに。だが、その存在が魔女狩りによって露呈してしまったんだろう。そして多くが殺された」

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